期末テストも無事に終わり、テスト明けの休み。
私と彼は一緒におばさんの病院へお見舞いにきていた。
もちろん、いつもと同じように行きつけの花屋さんで作った花束を持って。
「おばさん、来たよ!」
「あら、いらっしゃい」
おばさんは私と彼を暖かい笑顔で迎えてくれた。
あの日以来、おばさんの表情は段違いに明るくなってきていると思う。
「じゃあ私、花瓶差し替えてくるね」
「ああ」
私は病室を後にする。
彼と一緒にお見舞いに来ると、いつもこうやって2人だけの時間をわざとつくる様にしている。
今日も花を入れ替えて、そのまま中庭に向かっていた。
「はあ。気持ちいいなあ……」
季節は初夏。
中庭の木陰に腰をおろし、吹く風の気持ちよさに思わず目を細めた。
「あ、彩海ちゃん!」
高い可愛らしい声に、思わず顔を上げる。
そこにはあの事件の日に出会った、少女の姿があった。
「レミちゃん?」
「よかった!また会えた!」
レミちゃんは満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。
レミちゃんの母親が私に小さく会釈をしながら、後に続いていた。
「怪我、大分良くなられたのね」
「はい。あの日はすみませんでした。たくさん怖い思いをさせてしまって……」
あの日、泣いていたレミちゃん。
そしてそれを必死で庇っていた母親。
胸の痛むようなあの光景を思い出し、私は視線を地面に移した。
「どうして?彩海ちゃんすごくかっこよかったよ!」
レミちゃんは私の手を取る。
反動で思わず顔を上げると、そこには2人の笑顔があった。
「レミも彩海ちゃんみたいなヒーローになりたいなあ」
無邪気な笑顔。
華奢な肩に優しい手つきでレミちゃんの母親が手を添えた。
「奏出さんのおかげであの日あそこにいた人たちはみんな救われたわ。本当にありがとう」
「そんな……」
温かい言葉。
あまりの嬉しさに、思わず涙ぐむ。
私の父やおじさん達――活躍するヒーローたちが体を張って頑張る理由が解った気がする。
「ありがとう!」
きっとこの言葉と笑顔があるからだ。
「あ!王子様だ!」
「え?」
レミちゃんの言葉に驚き、思わず辺りを見回すと、そこには彼の姿があった。
「彩海ちゃんと王子様、お似合い!」
「え!?」
「彩海ちゃんを抱っこして出てきたとき、王子様すごいかっこよかったの!」
レミちゃんはうっとりするような眼差しで彼を見る。
彼は反応に困っているようだ。
その様子がなんだかおかしくて、私は思わず噴き出した。
「……おい」
「ごめん焦ちゃん」
横目で私を睨みつける彼。
そのやり取りを見て、レミちゃんの母親は微笑んだ。
そしてそっと私に耳打ちをする。
「彼氏さんカッコいいわね。とってもお似合いよ」
その言葉に頬に熱が集まる。
レミちゃんの母親は私の反応を見て、また笑みをこぼした。
「またね!彩海ちゃん!王子様!」
手を振り去っていく2人を見ながら、王子様という単語にまた笑いをこらえた。
肩が震えてしまい、彼はまた更にきつく私を睨む。
「ご、ごめん。だって、焦ちゃんが反応に困ってるのが新鮮で……」
少し不機嫌そうな仏頂面を浮かべて、彼は無理やり私から花瓶を奪う。
「病室に戻るぞ。お母さんも待ってる」
「うん!」
彼の後を追う。
動き出したと同時に、ポニーテールに結いあげている髪が揺れ動いた。
「……焦ちゃん?」
何を思ったのか、途中で彼はふと足を止める。
ゆっくりと私の方へ向き直った。
「お前、今日は髪型が違うな」
「それ、いまさらいうの!?」
彼の右手がゆっくりと私の後頭部に回る。
その感覚に反応して、小さく体が跳ねた。
やっぱりいつも通りに降ろしている方がよかったのだろうか。
「変……?」
彼は私の顔を覗き込む。
その眼差しに胸が高鳴った。
いつもなら恥ずかしさで眼を逸らしてしまうのに。
不思議と今はその瞳に吸い込まれそうな程、見とれている。
彼の吐息が唇にかかる。
鼻先に彼の香りが香った。
「可愛い」
彼が今何をしようとしているのか。
なぜだか不思議とわかった気がした。
私はゆっくりとそれに応える様に、瞼をおろしていく。
唇に伝わる彼の熱。
柔らかな、たわやかな口づけ。
心地よい感覚に、ただ身を委ねた。
kiss
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