合宿3日目。
個性強化としてお湯のプールに入りながら、"水"の方の個性強化に励んでいた。
蒸発している水分を液体に戻し続ける練習。
お湯のプールに入るのは、熱さや乾燥に弱いという特性を克服するため、という仕組みらしい。
ちなみに、腕には先日の個性制御用ブレスレットを装着している。
「人魚姫!歌うたって!」
「う、歌ですか?」
「そう!なんだか不気味な雰囲気になる歌がいいね!」
「不気味……」
頭に浮かんだのは日本の童話の歌。
思い出した順に歌っていけば、近くにいた耳郎さんがひっ、と声を上げた。
ピクシーボブは独特の笑い声をあげて肩を揺らしている。
「いいねいいね!前座はばっちり!」
「前座?」
ねこねこねこ……。
再びピクシーボブは笑う。
両手を口元に当てながら、とても楽しそうに。
「今日の晩はねぇ……クラス対抗肝試しを決行するよ!」
「肝試し!?」
思わず声を上げてしまった。
ピクシーボブは私に近づいて、満面の笑みを浮かべる。
「あなた、怖いの苦手なんだってね?」
「!!!」
「今日の夜が楽しみね!ねこねこねこ!」
ピクシーボブの言葉に、血の気が一気に引いていくのがわかった。
図星だった。
幼い頃からお化けとかホラーとか怪奇現象とか。
得体のしれないものに対しての恐怖心が人よりも強い。
肝試しなんて、以ての外だ。
「奏出、休むな。水が随分減っている。あと、ちゃんと歌を歌え」
ギロリと音が聞こえてきそうなほど、厳しい一睨み。
相澤先生の声に、しぶしぶと練習を続ける。
けれど夜の事を考えていたらモチベーションは下がる一方だった。
「奏出さん、大丈夫ですか?」
日中の個性強化練習が終わり、夕食時。
昨日に引き続き、今日のメニューの肉じゃがを作るために水を操っていた。
麗日さんは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「うん……大丈夫……」
「か、顔と言動が一致しとらん……」
肝試しなんてやりたいくない。
いっそ、この夕食がずっと続けばいい。
私の思いも空しく、皆は早々と夕食を平らげていく。
八百万さんが食器を洗い、私が個性を使って流していく。
その隣で緑谷君がせっせと水気を拭いていく。
手際のいい2人のおかげで、後片付けもあっという間に終わってしまった。
「腹もふくれた皿も洗った。お次は……」
「肝を試す時間だー!!」
芦田さんの元気のいい声。
しかしそれを制するように、相澤先生は言う。
「補習連中はこれから俺と補習授業だ」
「ウソだろ!!」
その言葉に、思わずはっと顔を上げた。
そうだ、その手があった!
「相澤先生!私もその授業、受講させてください!」
肝試しなんてするなら、座学を受講する方がましだ!
そちらに転じよう、そうしよう!
「奏出」
「はい!」
「まさかとは思うが……2年生のお前が苦手なものから逃げるわけ、ないよな?」
相澤先生はにっこりと微笑む。
その笑顔とは反対に、私の顔は盛大にひきつっていく。
あ、これはもう逃げられない。
そう、瞬時に悟った。
「この肝試し、お前には1人で回ってもらう」
「ど、どうしてですか!?」
「お前の父、ポセイドンさんからの要望だ。残念ながらこれは決定事項だ」
私は大きく地面に崩れ落ちる。
脳内には呑気に笑っている父親の顔が浮かんでいた。
「お父さんのバカ!バカ!バカ!」
「奏出さん、落ち着いてください!」
取り乱す私を落ち着かせようと、麗日さんが優しく宥める。
彼女に縋るようにしがみつく私を意にも返さず、ペア決めのくじ引きが傍で淡々と行われていく。
「ちょ、ちょっと……人魚姫?」
涙目になりながら膝を抱え込んで蹲っている姿に、ピクシーボブは苦笑した。
「本当は人魚姫が1番最初って言われてるんだけど……可愛そうだから、2番目にしてあげるよ」
「ピクシーボブ……!!」
本当は死ぬほど行きたくはないが、ピクシーボブのその計らいに救われた。
私は半泣きで安堵のため息を漏らす。
「1-Bの準備が少しかかってるみたいだから、休憩ね!15分後にはここに戻ってくるように!」
その声を合図に、生徒たちが散らばりだした。
私はひたすら自分を落ち着かせるように、大きく深呼吸を繰り返す。
「彩海」
ふと肩に触れる、暖かい手。
振り返れば、そこには彼がいた。
「焦ちゃん……どうしよう、私無事に帰れる気がしないよ……」
「お前、昔からホラーが苦手だもんな」
項垂れる私に、彼は手を差し伸べた。
「まだ時間がある。少し気分転換するぞ」
「焦ちゃん……!」
彼の手を取ると、2人で木々の間を縫って進んで行く。
人目に付かないところまでくると、彼は突然私を引き寄せた。
「彩海」
耳元で囁く彼の声色はとても優しい声音だ。
私はどうすればいいか解らず、されるがままに固まっている。
「髪、降ろせよ」
彼が言葉を放つたびに、耳に降りかかる吐息がこそばゆい。
胸がうるさく騒ぎ、頬は異常なほどの熱を帯びていた。
「ど、どうして?」
以前は可愛いと褒めてくれた、ポニーテール。
昨日、今日も私は髪を結んでいた。
ただ彼によく見てもらいたい、その一心で。
「周りの奴に見せたくない」
彼は先ほどよりも腕の力を強める。
「特に……」
彼は口を噤んだ。
私は不思議に思い、彼の方へと顔を向ける。
「焦ちゃん……?」
すると突然、私と彼の居場所が反転する。
樹の幹に体を押し付けられ、そのまま彼は私の唇を塞ぐ。
少し強引なキス。
私はそれに応えるのが精一杯で、息もうまく出来ない。
苦しくなって、無我夢中で彼の服を強く握りしめた。
「しょ、焦ちゃん……?」
吐息交じりの私の声が漏れる。
彼は私の首やうなじにも軽くキスを落としていく。
彼の唇が触れる度、私の身体は答えるかのように反応した。
「こんなところ誰かに見られたら……!」
「見せてんだよ」
「え!?」
「それに、これでもう怖くないだろ?」
彼は意地悪く笑う。
その笑顔は妙に色っぽく見えた。
「!」
ああ、なんて君はずるいんだろう。
そんな笑顔を見せられて、平然でいられるわけなんてないのに。
「ほら、行くぞ」
彼の手を取ると、自然と指と指が絡み合った。
それが心地よくて、嬉しくて、思わず口元が綻ぶ。
「……」
こちらを見つめる視線に気が付かないまま。
薄暗い森をゆっくりと抜け出した。
heart's beating
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