彼の生々しい感触が、しっかりと残っている。

"もう怖くないだろ?"

囁く、優しい声音。
彼の言葉が頭を過る。
もう少し、先ほどの余韻に浸っていたい。
けどそれは、あっけなく目の前の光景にかき消されてしまう。

「いやああああ!!!!」

今は肝試しの真っ最中。
数々に襲い来る仕掛けに、すっかり疲弊しきっていた。

「もう無理!無理です!消えたいです!」
「ちょっと、落ち着いて。あちきだから」

どうにか中間地点までたどり着いた。
姿を現したラグドールに安心し、脱力した私は膝を抱え込んで座り込んでいた。

「ほら、次の子達が来ちゃうよ。早く行かないと」
「行きたくないです!ずっともうここにいる!一緒にいてラグドール!」
「こりゃあ重症だね」

まるでいじけて駄々をこねる子供みたい。
自分でそうは思っていても、足が震えて動かない。
頭の中ではここに来るまでの恐怖体験が脳内を駆け巡っている。

道のりはあと半分だ。
それを乗り越えれば終わる。そう、わかっているんだ。
けれど1人でこの先を乗り越える気力は、もう残ってはいなかった。

「彩海?」

聞きなれた声に、思わず顔を上げる。
そこには怪訝そうにこちらを覗き込む彼の姿があった。

「焦ちゃん!!」

あまりの感激に、咄嗟に彼に抱き着いた。
驚いたように彼は私を受け止める。

「よかった……」

心細く不安でたまらなかった感情は、一気に紐解けていく。
彼に抱き着く手の力が自然と強まった。

「会いたかった……」

自分でも驚くぐらい、素直にこぼれた本音。
私の目からは涙が滲み出ていた。

「お、おお……」

少し困ったようなリアクション。
彼は私をなだめる様に、頭を数回叩いた。
その感触に、恐怖心が少しずつ和らいでいく。

「いちゃついてんじゃねえ!!クソが!!」

その一声で、ふと我に返る。
そこには仏頂面の爆豪君が、眉間に皺を寄せながらこちらを睨んでいた。

「爆豪君!ごめんなさい!」
「わーわーうるせえんだよ!」

恐怖のあまり、すっかり忘れていた。
今は合宿中の肝試し。
私たちだけがここにいるわけではないのだ。
初日も同じような理由で爆豪君は苛立っていたのに、また同じようなことをしてしまった。

「とにかくよかったね。残りも頑張るんだよ」

ラグドールに見送られながら私は2人についていく。
恐怖心はまだ消えないが、1人よりは断然ましだ。

「ごめんね。私が邪魔することになっちゃって……」
「人魚がなにビビってんだよ。お前の存在の方がホラーだっつーの!」
「ひ、ひどい!」

相変わらずの言いよう。
私はショックを受けながらも遠慮がちに2人の後に続いていた。
すると彼は私の方へ振り返り、視線で合図を送る。

「え?今?」

無言で首を縦に振る、彼。
わかった。そういう意を込めて頷き、髪をゆっくりと解く。
その様子を確認すると、彼は再び前に向き直った。

どうしたんだろう。
確かにさっき、髪を降ろせとは言われたけど。
わざわざ今、言わなくたっていいのに。

「おい、ギョジン……」

入れ替わるように、私の方へと振り向いた爆豪君は足を止める。

「何?」

私に向ける視線は、何かを言いたそうに見えた。
けれど爆豪君はそれを飲み込むように、口を噤む。

「……なんでもねえよ」

その表情は、少しだけ悲しそうに見えた気がした。

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