"焦ちゃん!!!!"

彩海の泣き叫ぶような、悲鳴のような声。
俺にさし伸ばす手が遠のいていく。


「……っ!」

目が覚めると、自宅の見慣れた天井が目に入った。
あの日から何度も見ている、夢。
目覚めると尋常じゃない汗の量にいつも驚く。

「彩海……」

名前を呼べば、いつも笑顔であいつは顔を出す。

昔からそうだった。
あいつはいつも俺のことばかり気にかけていて。
どんなに俺が冷たくそっけない態度をとっても、いつも隣にいた。

けど今、その姿はここにはない。
合宿の夜、俺の目の前であいつは攫われた。
彩海に無理やりキスをするあの光景が目に焼き付いて離れない。

「……彩海」

あいつに届かなかった左手を、力強く握る。
俺は準備を済ませると、緑谷達が入院している病院へ向かうために家を出た。


「焦凍」

突然名前を呼ばれ、足を止める。
振り返ればそこには海王ヒーロー、ポセイドンの姿があった。
つまり、彩海の父親でもある。

「今日もJr.の見舞いか?」
「はい」
「毎日熱心だな。いいやつだ、お前は」

いつもなら明るく笑ってるはずのその笑顔は、どことなく違う。
目元が全然笑っていない。
表情からあまり睡眠もとれていないんだろうということが分かった。

「焦凍。お前にはいつも迷惑をかけてすまねえな」

突然、真面目なトーンで話し始めた。
それに俺は黙って首を横に振る。

「迷惑なんかじゃないです」

俺の返答に、少しだけ口元を緩ませた。
その表情はどことなくあいつに似ている気がする。

「いじめっ子の時もストーカーの時も、お前はいつも助けてくれただろ?彩海、いつもその話するんだわ」
「はい」
「彩海にとってのヒーローはお前なんだとよ」

おじさんは大げさに肩を落として、わざとらしい態度で俺の肩に手を回した。

「こんなにかっこいいヒーローを父親に持っておきながら目もくれず!失礼な女だよ!全くよ!」
「はあ」

いつものようなハイテンション。
甲高い笑い声をあげて、一息つく。

「お前が無茶したら、あいつが悲しむ」

そして俺の頭に手を乗せた。

「もちろん、それは俺もな」

眉を少し下げて笑うその顔は、とても優しい表情だ。

「お前は無事でいてくれよ。あいつのヒーローなんだからよ」

おじさんは念を押すように頭を二度軽く叩くと踵を返した。

「じゃあ俺、これから仕事行ってくるから。焦凍も気を付けて行けよー」

こっちを振り返ることなく、おじさんは片手を上げて去っていく。
その広い背中を、俺はただ後ろからそっと見送る。

おじさんはわかってる。
俺がしようとしていることを。
わかっていて、俺を呼び止めたんだ。

こっちを見えているわけでもない。
きっと俺の声も聞こえてはいないだろう、けど。

「おじさんも、気を付けて」

おじさんの言葉を深く胸に刻み込むように。
激励の言葉を添えて、俺は深く頭を下げた。


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