「彩海」

何度目かわからないキスを交わした後。
彼が真剣な眼差しで私の名前を呼んだ。
そっと体を離し、距離をとる。
何を聞かれるのかはなんとなくわかっていた。

「あいつに何されたんだ?」

後で全部話すから。
そう言ったのは自分だ。
ちゃんと言わなきゃいけない。
そうとわかっているのに。

「……っ、」

彼ではない他の人と何度もキスをした。
深い深いキスを、何度も交わした。

恐い。
それを聞いたら彼が私の元を離れてしまうんじゃないかって。
ただ、それが怖くてたまらない。

「彩海」

暖かい、大きい手。
彼が私を引き寄せてくれている。
彼の左手が私の頭を撫でてくれている。
自然と肩の力が抜けていく。

カッコのついた言葉とか。
少女漫画みたいに甘い言葉とか。
そんな言葉、きっと彼は言えない。

けれど。
優しく触れる手付きとか。
優しい穏やかな目つきとか。
1つ1つの仕草が、私のことを好きだって伝えてくれてる気がする。

だから私も。

「あのね」

あなたを信じてみようと思えるの。

「荼毘が私に何度も……キスをした、の。それで最後に薬を嗅がされて……」

私の言葉を遮るように、少し強引に唇が塞がれる。
彼の舌が入り込む。
初めての、彼との深い、深いキス。
恥ずかしさ、戸惑い、いろいろな思いがあるけれど。

嬉しい。愛おしい。
その気持ちが勝っていく。

「なあ、彩海」

だめ。やめて。
そんな耳元でささやかないで。

「俺、お前のこととなると歯止めが効かねえ」

くすぐったい。
こそばゆい。
体がよじれていく。

「俺だけのものにしたい」

ずるいよ。

「……っ!」

そんな言葉、予想外だよ。

「焦ちゃ……」
「違うだろ」

再び重なる唇。
唾液のまじりあう音が響く。
恥ずかしくて、思わず顔をそむけたくなる。
けれど彼はそれを許してくれない。

「ちゃんと呼べよ」
「えっ……」
「さっき呼んでただろ」

顏がどんどん熱くなる。
そんな私の様子を見て、彼は笑う。
その笑顔がなんだかとても色っぽくて。
大人びてる表情に、なんだか目まいがしそうだ。

「……焦、凍」

名前を呼んだ瞬間。
彼がきつく私を抱きしめながら、激しいキスをした。
あまりも力強くて、苦しくて、息が詰まりそうで。
だけど、それがとても幸せで。

「っはあ、」

唇が離れると、自然と体が酸素を求めた。
脱力した体を彼に預ける。

幼い頃からずっと一緒だった。
ずっと知ってるはずなのに。

「焦……凍……」

まるで私の知らない人みたい。


「彩海ー!」


突然響いてきた母の声に、思わず咄嗟に距離を取る。
今、ここは私の家で下に母親がいるということをすっかり忘れていた。
なんてことをしていたんだろう。
色んなことに追いつけず、心拍数が一気に上がっていく。

「相澤先生がみえてるわよ。降りていらっしゃい」
「轟、いるんだろ。お前も来い」

母に続いて、相澤先生の声が聞こえた。
どうしてここに相澤先生が来ているんだろう。

「行くか」
「……うん」

2人で目を合わせて、ゆっくりと部屋を後にする。
先に行く彼の背中を見て、先ほどのことが頭をよぎった。

あのまま母が私たちを呼ばなければどうなっていたのだろう。

そう思うとなんだか心臓が煩く落ち着かなくて。
私たちは少しずつ大人になっているんだと。
そう、彼の逞しい後ろ姿を見て気づかされた。

grow up

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