「やっぱここにいたか」
リビングに降りると、髪の毛をまとめてスーツを着た相澤先生がソファで待ち構えていた。
いつもと違うその雰囲気はまるで別人だ。
2人並んで向かいに座ると、相澤先生は彼を軽く睨みつけた。
「お前の家に行ったら奏出のとこに行ってるって親父さん怒ってたぞ」
「まあ、返事は決まってたんで」
「お前な」
呆れたように相澤先生はため息をついた。
話の趣旨がみえない。
一体何の話をしてるのだろうか。
私の様子に気が付いたのか、相澤先生は聞いてないのか?と話を振ってきた。
「今度から寮が始まるんですって」
「え!?」
母は呑気に、寮制度のお知らせと書かれた紙を私に差し出した。
消印から見て、少し前に届いている。
「なんで教えてくれなかったの?」
「だって最近のあなたを見てたら、お願いしますなんて言えそうになかったもの」
その言葉に思わず押し黙った。
穏やかな表情を浮かべている母だけど、心配をかけていたということが痛いほど伝わってくる。
なんだか申し訳なくなって、視線が自然と下に移った。
「けど大丈夫そうね。焦凍君のおかげで」
母の言葉に頬が一気に熱くなった。
深い意味はないということはわかっているのに。
先ほどの彼との出来事が一気に頭をよぎる。
穴があったら入りたい、とはこういう気持ちを言うのだろう。
「どうして相澤先生がここに?」
彼の声に思わず顔を上げる。
確かにそうだ。
本当なら担任の先生が来るのが筋なはず。
なのにどうして相澤先生がここに来たのだろう。
「まあ成り行きでな」
先生のその言葉に思わず目を丸くした。
合理性を何より求める先生から成り行きなんて言葉が出るなんて。
私には少し、不自然に思えた。
「思ったより元気そうだな」
先生は私を見て言った。
荷物をまとめ、ゆっくりとソファから立ち上がる。
「ではそろそろ失礼します」
「あら。もう少しいても構いませんのに」
「次のお宅も控えてますから」
旦那さんにもよろしくお伝えください。
そう言い残し、先生は私の自宅を後にした。
リビングに残った私たちの前に、母は笑顔で2つのアイスカップを差し出す。
「お母さん、これどうしたの!?」
私の大好物。
少しお高い、高級アイス。
普段はなかなか強請っても買ってくれないのに、どうして今ここにあるのだろうか。
「相澤先生から頂いたの。娘さんが好物と伺ったので、なんて言ってね」
「え?」
「娘さんを危険な目に合わせてしまいすみませんでしたって頭を下げていかれたわ。お父さんからも聞いてたけど、本当にいい先生ね」
先ほどの先生の言葉が頭に浮かぶ。
"まあ成り行きでな"
全然違うじゃないですか、先生。
「彩海、急ぐぞ」
「焦ちゃん?」
「お礼、言うんだろ」
「……うん!」
彼は私の手を引く。
2人で急いで家を飛び出し、辺りを見渡した。
少し離れたところに路上駐車している車が目に入る。
「たぶんあれだな」
「うん。……あっ!」
先生が乗っていると思われる車が動き出す。
自然と握り合う私たちの手は力が強まった。
彼の走るスピードは速くて、足がもつれそうだ。
走っている私たちがみえたのか。
車は少し端に寄り、ゆっくりと停車した。
やっと追いついた時には少し息が上がってしまった。
「元気そうでよかった、奏出少女」
「オールマイト?」
後部座席の窓が開いたと同時に目に入ったのは相澤先生とオールマイトの姿だった。
オールマイトは私たちを見て勢い良く親指を立てる。
「アツアツだね!青春だ!」
一気に駆け巡る羞恥心。
力強く繋いでた手を一気に離した。
照れを隠すように1つ咳払いをして、先生たちを改めて見据える。
「あのっ、相澤先生」
まだ息が整っていない。
途切れ途切れになりながらも言葉を紡いだ。
「今日ここに来たのって……」
「奏出」
私の声を遮る、先生の声。
きっと先生はわかっているんだ。
私が何を言おうとしているのか。
私が何を言いたいのか。
全部、全部。
「楽しみにしてるよ」
先生は少しだけ笑った。
合宿出発前のあの時の顔と同じ。
優しい、暖かいまなざし。
隣の彼は少しだけ驚いた表情をしている。
きっとクラスの子たちの前では見せたことのない一面だったのだろう。
「あとお前ら。プライベートに関して口出しするつもりはねえが、寮が始まってもはめ外すなよ。何か事が起こってからじゃ遅いんだからな」
相澤先生の言葉に思わず赤面をした。
イイね!甘酸っぱい、青春だね!
なんてオールマイトの言葉から、きっと彼も同じような反応をしているんだろうと思った。
「じゃあな」
車がゆっくりと進みだす。
その様子を彼と並んで見送る。
「じゃあ戻るか」
差し出される、彼の左手。
私の右手と彼の左手が重なり合う。
どちらともなく互いの指を絡め合った。
「焦ちゃん、ありがとう」
彼は何も言わず口角を上げた。
その表情はきっと、私の言葉を受け取ってくれた合図だ。
「早く戻らねえとアイス溶けちまうぞ」
「そうだ!忘れてた!」
再び私たちは走り出す。
少しだけ先に進む彼の左手は力強くて。
きつく、けど優しく私の手を包んでくれている気がした。
wreathe
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