「彩海、出かけるか」
家についてアイスを食べていた時。
彼の発案に思わず手にしていたスプーンを落としそうになった。
「焦ちゃん……!?」
こんな風に誘われることなんて今まで皆無だった。
そんな彼が私に出掛けようと言ってくれている。
まるで夢みたいだ。
「行く!!」
「即決かよ」
少し呆れたように笑う彼。
だって、嬉しくて。
どこだっていい。彼とどこかに行ける、それはとてつもないご褒美だ。
本当は警察にも無用な外出は避ける様にと釘を刺されているけれど。
寮が始まる前に荷物を買い足す、という名目で母からも承諾を得た。
翌日。私は気合を入れて身だしなみを整えた。
はず、だったのに。
「よし。行くか」
出発前から私は疲弊していた。
今のよし。という言葉はそれじゃあ出かけよう、というニュアンスである接続詞の言葉ではない。
それならいい、という許可を意味している言葉だ。
事の始まりは30分ほど前に遡る。
「よし!できた!」
姿見に映る自分の姿に、思わず手元に小さいガッツポーズを作る。
悩みに悩んで選んだ、新しいフレアスカート。
足が綺麗に見える様に少し高めのヒールがあるサンダルを選んだ。
彼は服装に関して強いこだわりがあるわけではない。
私の微細なこだわりなど気づいてくれないだろう。それでも。
少しでも私の事可愛いって思ってくれないかなって、期待している自分がいるのだ。
「焦ちゃん!おはよう!」
約束の時間になり、彼の家の扉を開けた。
丁度スニーカーの紐を結んでいる彼の姿が目に入る。
私の姿を見た瞬間、彼はその動きを止めた。
「新しいスカート履いたの。可愛いでしょ」
「……お前」
次の瞬間。彼はひどく冷たい目で私を睨む。
「着替えてこい」
「え?」
あまりの剣幕に、思わず後ずさりした。
彼は私を追い詰める様にじりじりと間合いを詰めてくる。
「そんな短いスカート、誰に見せつけるつもりだ」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「そんな目立つ格好してどうする。今すぐ着替えろ」
丈が短すぎる。
胸のラインが出すぎ。
鎖骨が見えすぎ。
彼の指摘を1つずつ改善した結果。
パーカー、マキシワンピース、足元はスニーカーという格好でやっと許可が出た。
「じゃあバス停に行くぞ」
彼は何事もなかったかのように歩き始める。
よたよたとした足取りで彼の後ろをついて行った。
折角おしゃれしたのに。頑張った努力が水の泡だ。人魚だけに。
……何考えてるんだろう、私。
「焦ちゃん?」
突然、何か思い出したかのように彼は後ろを振り返る。
忘れ物でもしたのだろうか。
「ん」
真っ直ぐに私に差し出される手。
この間と同じように、指と指を絡めて手を繋ぐ。
すると彼は安心したかのように満足げに歩き始めた。
その一連の行動に胸がぎゅっ、っと締め付けられる。
何今の。かわいい……!!
まるで小さな子がお菓子をもらったみたいな、無邪気な表情。
彼の満足げな表情がとても愛おしいほどに可愛かった。
おかげで疲労感が一気に吹き飛んでいく。
「焦ちゃん、今日はどこに行くの?」
「木椰区のショッピングモール」
「やった!あそこ私好き!」
大型のショッピングモール。
色々なお店があって、回るだけでもとても楽しい場所だ。
以前は七絵と一緒に回ったんだっけ。
「彩海は何買うんだ?」
「新しいタオルが欲しいな。焦ちゃんは?」
「俺は色々だ」
その色々が気になるんだけど。
まあ行けば分かるからいいか。
「そういえば寮ってベッドみたいだね」
「ああ」
「焦ちゃんが洋式のお部屋って、なんか新鮮だね」
彼の家は全体的に和風で古風な作りだ。
それゆえに、彼の部屋もまた然り。
畳にお布団という生活スタイルで過ごしている。
「まずは畳を買わないとな」
思わず自分の耳を疑う。
聞き間違いだろうか。
今、畳を買うといったような。気が。
「焦ちゃん。私、ベッドは2つも要らないからね」
「……どうして俺の考えてた事がわかるんだ」
やっぱり。
部屋のベッド、私の部屋に追いやろうとしてたな。
きっと彼は寮の部屋を和室にアレンジするつもりなんだろう。
おじさん譲りの1度決めたら貫き通す頑固さが、こんなところで顔を出している。
「今日は大荷物になりそうだね」
そう考えると、逆にラフな格好の方が都合が良かったかもしれない。
今日は彼の買い物がメインになりそうだ。
そんなことを思いながら、やってきたバスに2人で乗り込んだ。
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