8月中旬、入寮日。
私は生まれ育った家を初めて出た。

「寂しくなったら雑誌を買えよ。お父さんにいつでも会えるからな」
「別にいいよ!!」

出る前にいつもみたいな父との茶番を交わした。
こんな事もしばらくお預けになると思うと少し寂しい気もするけれど。
父や母にこれ以上心配をかけたくない。
次にここに帰ってくる時には、今よりもずっと強くなって帰ろう。
そう心に誓うと、自然と寂しさは吹き飛んでいった。
けれど。

「……はあ」

思わずため息がこぼれる。
隣に並んで歩く彼は不思議そうに私の顔を覗き見た。

「焦ちゃん、私耐え切れないよ」

登下校・余暇時間。
家が隣だからこそ共有できていた、彼との時間。
入寮してしまえば、そんな貴重な時間が激減することは明らかだ。

「焦ちゃんと学校行くの、今日で最後かなあ……」

毎日の細やかな楽しみがなくなってしまう。
そう思うと正直悲しくてたまらない。

彼と一緒のクラスだったらよかったのに。
そうしたら登下校・授業・休み時間。
たくさんの時間を一緒に過ごせるのに。
彼と同じ学年に生まれなかった事を少し恨めしく感じる。

「そんなことかよ」
「そっ……!」

私には一大事なのに。
彼にはどうでもいい事なのだろうか。

「母さんの見舞い、行かねえのかよ」
「え?もちろん、今まで通り行くけど」
「1人でか?」
「焦ちゃんと一緒に行きたい!」

思わず感情が高ぶって、少し声が大きくなってしまった。
そんな様子を見て、彼は少しだけ口角を上げる。

「毎週必ず行くぞ」

彼がおばさんのところに行く日は大体日曜日。
つまり、休みの日は必ず彼との時間が出来るって事だ。

「うん!!」

あまりの嬉しさに彼と握っていた手を振り回してしまった。
少し迷惑そうに睨む彼。
けど今はそんなことも気にならない。

彼が私との時間を作ろうとしてくれている。
それが嬉しくてたまらないのだ。

「彩海?」

ふと名前を呼ばれ2人で立ち止まる。
後ろを振り返れば、そこには見慣れた少女の顔が飛び込んだ。

「七絵!!」
「相変わらずラブラブだね」

七絵は繋がれた私たちの手を目にし、ニヤりと笑う。
茶化すようなその笑顔が恥ずかしくて、思わず手を振りほどいた。

「ごめん邪魔して。どうぞ続けて?私はそれを眺めてるから」
「いや、いいよ!」

顔の熱が急上昇する。
慌てふためく私とは逆に、彼は大して表情を変えることなく七絵に会釈をした。

「おはよう、轟君」
「ども」
「大変だったね、色々と」

3人で再び学校へと足を進める。
他愛もない話を七絵が振ると、短い相槌だが彼は気兼ねなく答えていた。
以前よりも少し縮まったように思える2人の距離感。
あれ。2人ともこんな感じだったっけ。

「なんか2人とも、前より仲良くなった?」

思わず率直な感想を零してしまった。
私の言葉に彼と七絵は目を合わせる。

「まあ、あんたが敵に攫われた時とか連絡とってたからからね」
「え?」
「轟君、警察に保護された後とかも、全部律儀に報告してくれてたし」
「そうなの!?」
「ああ」

初耳だ。彼がそんな事をしていたなんて。

「何だよ」

嬉しい。今すぐにでも彼に抱き着いてしまいたほどに。
感極まり、私は彼を笑顔で見つめる。
それが照れ臭いのか煩わしいのかはわからないが、彼は私から目をそらした。

「焦ちゃ……」
「彩海!!!!」

彼にお礼を告げようとした途端。
再び私の名前を呼ぶ声にそれはかき消された。

「無事だ!!生きてる!!!」
「心配したんだよ!!」
「よかったあああ。彩海がいるうう!!!」
「きゃっ……ちょ、みんな!!」

クラスメイトの友達、3人組が一気に私に飛びついてきた。
あまりの勢いに押され負け、思わず後方に倒れそうになる。

「……っぶねえ」

両肩を包む、しっかりとした大きな手。
頭や背に感じる仄かな体温。
彼が私を支えてくれている。
そう判断するのに時間はかからなかった。

「焦ちゃ……」

付き合ってから何度も彼と触れ合っているはずなのに。
さっきなんて自分から抱き着いてしまいたいとか思ったくせに。
彼が私に触れている。
そう思うとなぜだか思考回路が止まってしまう。
どうして未だに、こんなに過剰反応してしまうのだろう。

嬉しい、恥ずかしい気持ちに体が固まってしまった。

「きゃー!!!」
「ラブラブ!!!」

クラスメイト達は甲高い声で騒ぎ出す。
その声に周囲にいた高校の生徒たちの視線が一気に集まる。

「轟と奏出さん、アツアツだー!!」

聞き覚えのあるこの声は、彼のクラスメイトの芦戸さんだ。
きっとこの辺りにいるのだろう。
囃し立てる声に、私の体はさらに硬直してしまう。

「よかったね。彩海」

よくない!
七絵の声にそう返そうにも、まるで金魚のようにぱくぱくと口を動かすことしかできない。

高校2年生の2学期。
図らずも周囲の注目を浴び、怒涛のスタートを切ることになった。

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