「みんな、お疲れー!!」

荷ほどきも終了し、クラスメイト達と共同スペースで細やかな打ち上げをする。
持ち寄ったお菓子やジュースを片手に久しぶりの団欒を楽しんでいた。
ムードメーカーのクラスメイトが騒ぎ出し、周りがそれに便乗するかのように盛り上がる。
前まで当たり前に見ていた光景がなんだかとても久しぶりのように思えて、いつもよりも声を上げて笑ってしまった。
やっぱりみんなといると楽しいな。
辛いこともあるけれど、乗り越えられるのはみんなのおかげなんだとつくづく思った。

「奏出、ジュース足りてる?」

ジュースのペットボトルを持って寄ってきたのは稲妻君だ。
今年の体育祭、私の事を好きだと言ってくれた稲妻君。
焦ちゃんと付き合う事になった後でも、今までと変わらない態度で接してくれる。
とても優しい人。

「ありがとう」

稲妻君は私の隣に腰掛け、コップにジュースを注いでくれた。
並々に注がれたコップを2人で小さくこつん、と合わせた。

「奏出、今年の夏は散々だったな」
「まあ正直、あんまりいい思い出は少ないかな」

ストーカー事件。
林間合宿。
神野事件。
思い返せば、2年生になってから色々な事件に巻き込まれている気がする。
自分の悪運の強さに思わず苦笑した。

「すぐ2学期が始まるわけじゃねえんだから、ちょっとでもいい思い出作ろうぜ。せっかく寮も始まったんだし」

本当になんていい人なんだろう。
非の打ち所がない、っていうのはこういう人の事を言うんだろうなと思った。

「そういえば、奏出に前頼んでた本、覚えてる?」
「頼んでた本?」

そういえば稲妻君に貸してほしいと頼まれていた本があった気がする。
あれは確か。

「あ、発動系個性の本?」
「そう。それそれ。寮に持ってきてる?」

発動系個性の本。
父が以前に買ってくれた、個性強化の内容が書かれている本だ。
個性の鍛錬の時に参考にしていると言ったら稲妻君が貸してほしいって言ってきたんだっけ。
あの本は確か。

「ちょっと待ってて。確認してみる」

携帯電話を取り出し、お目当ての人物に連絡を取る。
すると大して時間をおくことなくすぐに返信が返ってきた。

『俺が持ってる。寮の部屋にある』

もちろん、連絡の相手は彼だ。
私は軽いタッチで画面を操作し、返信を打つ。

「稲妻君、ちょっと私取りに行ってくるね」
「どこに?」

稲妻君は私に問いかけた後、少し間をおいて納得したかのように頷いた。

「轟によろしくな」

私は頷いて席を立ち、浮かれた足取りで寮を出る。
取り急ぎの用でもないのに彼のところに出向く口実が出来た事が嬉しくて、つい急ぎ足で1-Aの寮へと向かってしまう。
ちょっとの時間しか離れてないのに、早くも彼に会いたいなんて。
私は相当、彼に夢中なようだ。
こんなありさまじゃ、バカップルって言われても否定できないと思った。


1-Aの寮に着くと、そこにはクラスのほぼ全員の子たちが集まっていた。
何やら蛙吹さんを取り囲んでみんなで励ましているようにも見える。
あれ、私来るタイミング間違えたかな。

「奏出さんだ!」
「奏出さん、お体の調子はいかがですか?」
「元気そうでよかったです」
「奏出さんと轟、アツアツだ―!!」

みんなに気づかれないようにしようと思ったけど、あっけなく麗日さんに見つかってしまった。
麗日さんの声をきっかけに、私を心配する声、気遣う声、もてはやす声と、さまざまな声が飛び交い、思わず苦笑してしまう。
この統一感のないにぎやかな感じ、少し懐かしいかも。

「彩海」

みんなの間を掻い潜るようにして、彼が私の許へと近づいてきた。
私の手を取り、寮の中へと進んでいく。
そんな様子を見て、俺も彼女欲しいな、なんて切実な上鳴君の声が聞こえてきた。
その声にも思わず苦笑しながら、連れられるがままに寮の中を進んでいく。

「焦ちゃん……頑張ったねえ」

あっという間に彼の部屋へとたどり着き、扉を開けば目の前には立派な和室が広がっていた。
たった1人で、しかも一日でこれをやり遂げたのかと思うと感嘆の声しか出ない。
本当、色々な意味で彼には勝てないとつくづく思う。

「本を取りに来たんだろ」

彼はいつもより素っ気なく、ぶっきらぼうな声で言った。
ああ、きっと疲れて眠いんだろうな。
タイミング悪い時にお邪魔しちゃったみたい。
早く本を受け取って帰らなくちゃ。

「これだろ」
「ありが……」

しまった。そう思った時にはもう遅い。
新品のぴかぴかの畳の上で、それは綺麗に、見事に足を滑らせてしまった。
こんな間抜けな転び方をしたのは小学生以来かもしれない。

「ご、ごめんなさい……焦ちゃん……!!」

まるで私が彼を床に押し倒しているみたいな構図。
いや、正確には押し倒してしまったのだけれど。


“寮に入って親の目もない今、ヤるチャンスなんていくらでもあるでしょ”


よりによって、どうして今、クラスメイトの言葉を思い出すんだ。
そんなつもりなんてないのに。
変に意識してしまい、一気に全身が熱くなった。

「おい、彩海。どけよ。起きれねえ」

分かってる。ここから立ち上がればいいって頭ではわかっているのに。
彼の胸板に手がくっついてしまったかのように、体がびくともしない。
彼の香りが鼻を掠めて、くらくらする。
付き合う前、雄英体育祭の時、直に触れた彼の胸板が瞬時にフラッシュバックした。

「……彩海?」

いつまでも動かない私を不審に思ったのか、彼は少し顔を上げてこちらを覗き見る。
やめて。みないで。
いつも私ばっかり意識して、過剰に反応して。
こんな私、見られたくない。

「……きゃっ」

あまりにも一瞬だった。
視界がぐるりと変わり、部屋の天井と彼の覗き込む顏が映りこむ。
神野事件の時、死柄木に同じように押し倒された事があった。
あの時は嫌で仕方なかったのに。
どうして焦ちゃんだと、こんなにも。

「彩海」

ドキドキが、止まらないんだろう。

ゆっくりと近づいてくる彼の顔。
彼の瞳の中に写り込む自分の顔が見える。
少し荒くなった互いの吐息が口元にかかる。
彼から目を逸らす事が出来ない。
このまま。私達。
最後までしちゃうの、かな。

「なんて顔してんだよ」

ごつん、と。
彼が私の額にめがけて頭突きをする。
唐突に襲ってきた疼痛に驚き、拍子抜けした私は、相当間抜けな顔をしているらしい。
彼は何事もなかったかのように体を起こし、小さな欠伸を1つした。

「早く起きろ。寮の前まで送る」
「う、うん……」

極度の緊張から解放され、軽い放心状態になりながらも体を起こす。
乱れた髪を整えているのか、彼が乱雑に私の髪を撫でた。
不抜けた私の手を彼が力強く引き、されるがまま、自然と体が立ち上がる。
雲の上を歩いているかのようにふわふわとした足取りで、まるで借りてきた猫みたいに静かになった私を、彼は何も言わずに連れていく。

自分の心臓の音と、互いの吐息だけが聞こえるような。
それはそれは、静かに更けた夜の道だった。

tention

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