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「悪い、便所に行ってくる」
「はーい」

俺は六花から離れると、けたたましくなる携帯電話に応じた。

「なんだ」
「何だかご機嫌のようだな、『未元物質』」
「そうでもねえよ。無駄話はいいから早く要件を話せ」
「『処女作品(ファーストサンプル)』に関連した依頼がスクールに来た。今日の夜から動き出せ」
「……ああ」

俺はため息をつくと少し回り道をして、六花の元へと戻った。
六花は遅いよーなんて言いながら、呑気に手を振っている。

「今日の夜ご飯、何にしよっか」
「悪りぃ、俺これからちょっと用事ができたわ」
「ええ、またあ?」

残念そうに六花はうつむいた後、振り切ったように笑顔を浮かべる。

「しょうがないね。帝督は第二位だもん。色々大変だよね」
「……じゃあな」

俺は六花の顔を見ないように背を向けて、家とは反対方向へ歩き出す。
また、させちまったな。
あいつには、あんな悲しそうな顔、本当はさせたくないのに。


「みてたわよ、噂の彼女」

スクールの溜まり場につくと、赤いドレスを纏った華奢な少女がニヤつきながら俺に話しかけてきた。

「たまたま私も今日買い物に出てて、あなたを見かけたの。そしたらびっくり。あなたが彼女にプレゼントを買ってるところを見られるなんて」
「……うるせえな」

俺は勢いよくソファーに座る。
電話を切った後、俺はさっきのスノードームの店に立ち寄った。
あいつにこっそりプレゼントしようと思い、購入したのだ。

「その様子だと、まだ渡してないのね。あのスノードーム」
「どうだっていいだろ」
「ふふ。あなたにもかわいいところがあるんだって、私なんだかうれしくなっちゃった」

この少女は『心理定規(メジャーハート)』という能力を有する少女だ。
能力の特性上なのか、他人の感情をあれこれ詮索するのが結構好きらしい。

「すっごくかわいかったじゃない、彼女。あなたにはもったいないぐらい」
「彼女じゃねえよ。どこをどうみたらあれが俺の彼女に見える」
「あら、少なくとも私には、お互いが好意を寄せてるようにしか見えなかったけど?」

こいつ相手に心理戦では勝てねえな。
俺は目の前のテーブルに足を乗せ、両ポケットに手を突っ込む。
右手の中にあるスノードームを握ると、くしゃりとビニールの包装が音を立てた。

「よし、行くか」

スクール全員がそろったことを確認すると、俺の合図で手配してあった車に乗り込んだ。
その車が向かう先はとある研究施設。
今日の仕事内容は、簡単だった。

「どうぞ、お待ちしておりました。こちらです」

到着すると、研究所の科学者たちは俺たちをある一室へと案内する。
電子キーでドアを開けると、そこには見慣れた風貌の少女が佇んでいた。

「…こんにちは、第二位。お久しぶりです」
「相変わらず気持ち悪いな、てめェは。」
「何を言ってるんだ、と聞き返してよろしかったでしょうか」
「あー。だからその変な敬語はやめろよ」
「無理です。私にはこの言葉遣いがもうしみこんでおりますので」

蒼南六花の見た目と、まったく同じ少女。
白いワンピースを纏ったその六花とそっくりな少女は、俺に頭を下げると大きく右腕を上げた。

「処女作品(ファーストサンプル)、準備完了です」
「よし、じゃあはじめてもらいましょう」

科学者たちはマイクを使ってアナウンスする。
俺はポケットに手を突っ込んだまま、後ろへと下がった。

「俺が手を出したら意味がねえからな。お前らでやれよ」
「……いいの?本当に」

心理定規が俺に目配せする。

「構わねえよ、こいつは丈夫だ」
「じゃあ、行くわよ」
「ああ、好きにしろ」

耳障りなアナウンスが、俺の耳に反響する。

「それでは、くれぐれも壊さないよう、お願いいたします。再生能力をみる実験ですので」

俺たちの今日の仕事は。
処女作品を、殺さない程度に痛めつけること。

「……クソくらえだ」

昼間の六花の楽しそうな笑顔と、別れ際の悲しそうな顔がフラッシュバックした。