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季節は流れ、9月。
夏の暑さが少しずつ落ち着きはじめたこの時期に、私は美琴ちゃんに呼び出された。

黒子ちゃんから連絡があったあの日から少しして、彼女は戻ってきた。
何回か連絡を交わしたが、なかなか会うことはできなかった。
やっと予定が合った今日、メールの案内通りに、廃棄工場へと足を運んでいた。

『六花さんのことについて、お話があります』

十中八九、実験のことを嗅ぎ付けた、ということだろう。
ついに本格的に動き出さなければならない時が来た。
思わずため息が零れる。
廃棄工場のドアを開けると、そこには見慣れた少女が佇んでいた。

「久しぶり、美琴ちゃん」
「六花さん……」

美琴ちゃんは思いつめたように暗い表情を浮かべている。
その表情が、私の直感が間違いでない事を物語っていた。

「今日は、お話があって六花さんを呼びました」
「うん。話って、なにかな?」
「信じてもらえないかもしれないけど、でも実際に今、起きていることです……。実は……六花さんには……」
「クローンがいます、ってこと?」

美琴ちゃんは目を見開いて、私を見た。
やっぱり、私の直感は的中していた。
絶対能力進化計画は凍結されたと科学者は言っていた。
美琴ちゃんのクローン、妹達の命は救われたと。

私は笑顔を浮かべようとしたけど、目元が思うように動かなかった。

「ね?私たち似てたでしょう?数は全然違うけど、同じ遺伝子レベルの妹がいるなんてそうそうないことじゃない?」
「六花さん、なんで……」
「私のクローン、処女作品(ファーストサンプル)は、私が了承したうえで作られた試作品だもの」

何を、言っているの?
美琴ちゃんは声にならない、吐息交じりの声で呟く。

「私は美琴ちゃんみたいに優秀ではないから、科学者たちはたくさんクローンを生み出しても意味がないって判断したみたい。だから、私は1人しか妹がいないの」
「ちょっと……六花さん、何言ってるかわかって……」
「わかってるわ。あの子は殺すために作られたんじゃない。私があまり実戦で戦うことを拒むから、対戦上のシュミレート演算を行うために気まぐれで作られたクローンなの」

あまりにも淡々と語る私に呆気を取られているのだろう。
美琴ちゃんは茫然として私を見ている。

「殺されはしない。いつも殺す寸前まで痛めつけられるだけ。自己回復能力機能なんてものを作ってもらってるから、いくら傷ついても大丈夫って話だけど……」
「……それ、本気で言ってるの?」
「ええ、本気よ。あの子は痛覚も存在しないから何度でも立ち上がるし……サンドバックみたいなものね」
「あんたねえ!!」

美琴ちゃんは一気に間合いを詰め、私の胸ぐらをつかんだ。
激しい剣幕。
美琴ちゃんは怒りを露わにしている。

「美琴ちゃんはさ、自分だけが被害者って思ってるんじゃないの?」

正義感が人一倍強い、優しい女の子。
だからこうして、自分と関係のない事でも親身になって寄り添おうとしてくれてる。
でも、それはね。

「確かに無断でDNAマップを使われて、目の前で大量に妹たちが虐殺されてたらそりゃあ気が狂うわよね。よく作戦を凍結できたなあって、そこは称賛するわ。でもね、凍結できたからって科学者たちが絶対能力進化を諦めると思った?」

私にとっては、偽善でしかないの。

「そんなわけないじゃない。ここは学園都市よ?科学は常に進歩していく。そんな中で、今の現状に慢心するわけ、ないわよね。ましてや絶対能力の計画(プラン)をただ一つだけにしぼるなんて、絶対にありえない」
「それは……」
「甘いのよ考えが。あなたの成功を喜ぶ人もいれば、それに泣く人もいる。全員が幸せになるなんて、ありえないの」

美琴ちゃんの手の力が緩んでいく。
私はその上に自分の手を重ねた。

「簡単な事。今度は美琴ちゃんから私の番になったってだけ。ただそれだけよ」
「だから、私が……!!」
「まだわからない?半端な覚悟で簡単に人の事に首を突っ込まないで。迷惑なの」
「そんな……!私は……!!」

美琴ちゃんの言葉を遮るように、足元を凍らせて自由を奪う。

「これ以上、私のことを詮索するっていうなら、いくら美琴ちゃんでも容赦しないわ」

私は集中力を研ぎ澄ました。