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病院を退院し、やっとまともに歩けるようにまで回復した頃。
驚くことに、私への特別カリキュラムは続行されていた。
だが、これは私にとっては好都合だった。
もとはこのカリキュラムをこなす目的は、帝督をレベル6にするということ。
それが中止されずに今もなお行われているということは、私に希望を与えていた。

"垣根帝督は生きている"

そのことを意味しているのと同じだと、思っていたから。










学校からの下校中、とあるホテルの一室に私はいた。
色々と調べまわり、唯一みつけた伝手を追い求めて。

「初めまして。って……女性のお客さん?」

赤いドレスを纏った華奢な少女。
私を見て警戒するように静かにドアを閉める。

「話し相手に連絡したってわけではなさそう……ね」
「さすがは元暗部。勘が良いのね」
「もうここまで突き止めたのね」

少女は足を組んでベッドの上に座った。
私は向き合うように正面へと立つ。

「そんなに怖い顔しないで。垣根の彼女さん?」
「へえ、帝督から聞いてたんだ?」
「少しはね」

少女はふう、とため息をつくと足を組みなおした。

「申し訳ないんだけど、私はもう暗部とは関係ない。垣根の情報なんて、これっぽっちももってないよ」
「本当に?」
「さあ、それはご想像にお任せするけれど……」

私は瞬時に動きだす。
ベッドに突き倒された少女は目を見開いて固まっていた。

「これはピンセット……?え、氷?」
「へえ。あれ、ピンセットって名前だったんだ」

帝督がつけていたような武器を模したものを右手に作ると、ベッドに思いきり突き刺した。
あと数ミリずれれば、少女の顔を貫通していたところだろう。

「私の能力、知らないわけじゃないよね?」
「知ってるわよ、心理定規。どうぞ、帝督と同じ距離にでも縮めてみたらいかが?」

少女は怯えた目つきで私を見た。
左手で少女の顎をそっと持ち上げる。

「ねえ、私は本来こんなこと好きじゃないの。早く知ってるだけのことは洗いざらい吐いてほしいんだけど」
「……知らない、本当に、知らないのっ。ごめんなさい」

涙ながらに訴える少女。
恐怖の色が浮かぶその表情に、嘘ではないという事がわかった。
わたしはため息をついて彼女を解放する。

「……そうみたいね」

少女は腰が抜けたのか、ベッドにあおむけになったまま動かなかった。
わたしは一時間分の料金を机に置いて、出口へと向かう。

「こんなのこと繰り返してて何になるの?あなたは生きてる……過去を振り返ってばっかりじゃ、明日は見えないままよ」

私はドアを開けて少女の方へ振り向いた。

「それでも、いいよ」

静かにドアを閉め、ホテルを後にした。