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私は自分の中で、新たに生まれた自我と対話することが多くなった。
科学者たちは、それを妖精女王(ティターニア)と呼んだ。
妖精女王は、私に問いかける。

「ねえ、私に全部委ねちゃえばいいじゃない」
「あなたに預けたら、わたしはどうなるの?」
「幸せになるわ。絶対。保障する」

妖精女王は私をそっと抱きしめる。

「ねえ六花。あなたは一人でよく頑張った。よく耐えた。だからもう、いいじゃない。私が全部、受け止めるわ」

よく聞くたとえ話で、自分の中の天使と悪魔が囁いてくる、なんて話を思い出していた。
善良な自分が天使で、その横で邪な悪魔が囁く。
私の中に、天使はいる?


答えは、Noだ。
私の中にはただ一人、この妖精女王、悪魔しかいない。










「うーん。拍子抜けだなあ。攻撃してこないの?つまんないわあ」

妖精女王は肩をすくめながらかぶりを振った。
攻撃したいけど、六花を傷つけたくない、という思いが俺の中で勝り、あと一歩というところで攻撃をそらしてしまう。
さっきから一方的に攻撃を受けてばかりだった。

「可愛そうにね。さっきの悪意の垣根帝督だったら、間違いなく今の私を殺せてるのに。あんた、優しい善良の垣根帝督?だっけ?だから威勢よく攻撃もできないなんてね」

妖精女王は一瞬にして白い銀世界を作り上げた。
地下道一面が氷の大地へと一瞬にして姿を変える。

「めんどくさいから避けてたけど、しょうがない。あんたの未元物質を今演算して、融点を導いてみようかな」

六花の能力は、温度操作の能力。
物質のそれぞれの融点まで瞬時に温度を操作させて凍らせる能力だ。
大気中にある様々な物質の融点まで操作する訓練を絶えず繰り返していた六花は、以前俺の未元物質も固めようと試みたことがある。

「……残念だな」
「は?」

俺は口角を上げると、妖精女王に挑発的な態度をとった。

「俺は未元物質だ。普通の物理法則は通用しないんだよ。だからそもそも融点なんてもんは存在するかも定かじゃない」

以前六花が挑戦したときは、結局融点を見つけられずに根を上げたのだった。
俺はその時のことを思い出して融点の存在しない物質を作り上げた。
そんな俺を妖精女王は馬鹿にしたように笑った。

「そうね、あんたは無事かもね。でも周りにいるこの2人はどうなるのかしら?このままほおっておいたら、凍死しちゃうんじゃない?」
「……!」
「本当虫唾が走るわ。あんたは守る、なんて言いながらも、いつも自分のことばっかで周りのことを考えていない。その結果が、今のこの子を作り上げたのよ。まあそう意味では感謝してるわ。だって、あんたがいなかったら私は生まれなかったんだから」

俺はもう一つの可能性にかけることとした。
六花の能力の、もう一つの弱点。
それは、集中力が鍵となっている点だ。

「六花の絶対氷結は自分の視界に入ったその場所を演算して凍結させる。いわば、集中力が鍵だ。その場が見えなければ、凍結することは不可能。また、凍らせた状態を維持するのも、能力を集中して使い続けているとき。お前の集中を乱せば、俺の勝ち、だよな?」
「あーやだやだ。急に饒舌になっちゃって。こわいこわーい」

俺はカブトムシの姿へと変化し、そして未元物質で作り上げた霧で妖精女王の視界を遮った。
一瞬の隙をつき、目の前に再び垣根帝督の姿を現し、六花の首を両手でつかんだ。

「何、軽く閉めるだけさ。そしたらお前の集中は途切れるだろ」

妖精女王は苦しそうに顔を歪めることなく、恐ろしいほど冷静に、静かに瞼を降ろした。