「おかえり。見張り、ボクがやるよ〜」
12地区に戻るとプラセルが出迎えてくれた。
いつもみたいにゆったりな口調で言う割に「あいつにはお礼、たくさんしたいんだよね〜」と物騒な言葉を漏らす。
「大丈夫?また黒焦げになっちゃうんじゃない?」
「あれはリベリオンの奴!天子がやったんじゃねーもん。大丈夫だって」
他愛もないやりとりをして、ああ、私帰ってきたなあって、いつも思ってたの。
こういう何気ない時間が、私は好きだったんだなって。
プラセルとオルカは幼いころから一緒にいた、いわば家族のような存在。
特にプラセルとは歳も近くて、弟みたいに思ってた。
些細な事で張り合って、小さなことでお腹を抱えて笑って、楽しいも、悲しいも分かち合って。
だから何が言いたいかって言うとね。
「私、意外と同胞意識が強かったみたい」
ヴィダがピクリと動いた。
触れている背中は返答をする気がないのだという事を物語っているように思える。
「正直、子供を作れしか言わない黒縄夜行には辟易してた。どうせこいつらも女としてしか私を見てないんだって。でも、プラセルとオルカは違う。私をちゃんとリアとして見てくれるもの」
もっとヴィダを感じたくて、両腕を回して更に密着するように抱き着いた。
ねえ、ヴィダ。
あなたはきっと知らないと思うけど。
数え切れないほど、この背中に抱き着いているのに、いつも初めてみたいな感覚で、私、とってもドキドキしてるの。
「ヴィダ。私、行くわ。これは鼻が利く私にしか出来ない事だと思うから」
しばし降りた沈黙は、衣服の擦れ合う音が埋めてくれた。
反動で緩んだ私の腕はほどかれ、突然の引力が働く。
視界は黒でいっぱい。嗅ぎなれた香りが私の全部を包み込む。
「死ぬなよ、リア」
頭と背中に回された手が微かに震えている。
やっぱり私、ヴィダが大好き。
強くて、カッコよくて、いつも自分の事じゃなくてみんなの事を考えている。
その強さでみんなを守ろうとしてくれる。
ボロボロな自分の事は、少しも省みないで。
なんて不器用で、優しい人なのかしら。
「ヴィダ、あのね、」
もっと緊張するかと思ったけれど、そうでもなかった。
まるで透明な糸で操られたかのように、導かれるように、自然と両手があなたの頬を包み込んでいたの。
呼吸をするように、瞬きをするように、とっても自然に私、あなたにキスをした。
「愛してるわ」
すぐに顔をうずめ直したから、どんな表情をしているのかはよく見えなかったけど、彼の手は再び優しく私を包み込んでくれた。
そっと、壊れ物を触るような手つきで。
優しく、大切そうに、愛おしそうに。
私がそう感じただけだから、本心はわからないけれど。
「オルカ、さっき、リアが来たよ。……出かけるって、言ってた」
「……そうか」
「夜中だからやだ〜とか、さ。前は言ってたくせに……あいつ、夜に出かけてんだよ。変な奴だよ、ね」
「まったくな。……他にはなんか言ってたか?」
「なんか、僕らのこと、……大好きだって、言ってた。変なの。そんなん、言わなくても伝わってるのに、ね」
私は第12地区を出た。
真夜中の明かりもない道を、1人でただ突き進んでいく。
見上げた星空には輝かしい月と無数の星が埋まっていた。
憎らしい光が突き進む道を照らしていく。
手になじんだ鎌の柄を握り直し、深呼吸をした。
勘を頼りに、自分を信じて再び歩みだす。
何度か振り返りそうになったけれど、ぐっとこらえた。
だってこの涙を風が運んでしまって、プラセルのところへ届けてしまったらいけないから。
「絶対に殺すわ。あなたをあんなに傷つけた天子を。待っててね、プラセル」
普段はあまり聞こえないはずの死者たちの声が「そうだ」と、力強く耳元で囁いたような気がした。
私が勘を頼りに辿り着いた場所は、森の中だった。その場所はオルカが手に入れた情報と一致していた。
目の前は断崖絶壁。
天子はこの崖からリベリオンのリーベルと共に飛び降りたらしい。
相当な高さだ。気が遠くなりそう。谷底が全く見えない。
十中八九、ここから落ちたら生きては帰れないだろう。
けれど私の勘は「奴らは生きている」と言ってきかなかった。
だからここまで来た。
仲間を傷つけた天子を殺すために。
プラセルは治す術がないほどの重体だと医者が言っていた。
どんな手を使ったか知らないけれど、絶対に殺してやる。
必ず私の手で、アイツの息の根を止めてやる。
絶対にーー……!
正直な事を言うとね、私、後悔したの。
頭や胸の中がざわついて仕方なかった。でもそれに気づかないふりをした。
きっとプラセルがやられた怒りなんだと、自分に言い聞かせていたの。
この時ちゃんと自分の事を信じていれば。
自分の勘を信じていれば、あなたに出会わなかったのに。
そうすれば私は、今まで通りの私でいられたはずだった。
そんなことはないさって、あなたなら言うかもしれないけれど。
私は崖から落ちた。
どこからともなく飛び込んできた銃弾が私の左足を貫き、反動で体が後ろへ投げ打たれた。
地上が遠のいていく景色を、風圧で浮く自分の血を見ながら、オルカに言われた事をぼんやりと思い出してた。
「ユニティーオーダーに腕利きのいいスナイパーがいる。そいつがまだ潜んでいるかもしれないから気をつけろ」って。
オルカの言った通りだった。
私、バカだから今のいままで忘れてたけど。
きっとオルカがいたら「だから言っただろ!これに懲りたらこれからは俺の話をちゃんと聞け!」なんて、怒られちゃうんだろうな。
そんな事を考えてたら、いつの間にか意識が飛んでいた。
だからどうしてこうなったとか、よく、覚えていないんだけれど。
「目覚めたのか」
目を覚ますと、見慣れない景色が広がっていて、
隣には見知らぬ男が一人。
私の顔を覗き込み、「生きていてよかったな」と小さく呟く。
まるで風船が割れたみたいな。
私の中で、何かが弾ける音がした。
Aoao