訪れた無音




男はカバネと言った。
カバネは混乱している私に、淡々と状況を説明する。

ここは地上ではない事。
倒れている私を『コノエ』という男が見つけ、助けてくれた事。
眠っている間に怪我の手当てをしてくれた事。

「やけにこちらを警戒しているが、別に取って食いはしない。怪我が治るまでゆっくりしていけ」

「まだ痛むんだろ?」そう言って、布団越しに私の左足を軽く握る。
走り出す激痛に悶絶していると、カバネは薄く笑った。

「静かにな。お前のほかにもケガ人が寝ている」
「私のほか……?」
「ああ。正確にはあと2人いる。1人はすでに目を覚まして……」
「カバネ様!女の子、目覚めたんスね!」

扉が開き、包帯と薬を持って男が現れた。
その後ろについて現れた人物を見て、私は目を見開いた。



「殺す!!!」

意識よりも先に体が勝手に動いていた。
近くに立て掛けてあった鎌を手にして、その人物目掛けて振り下ろす。
近くに飾ってあった花瓶が反動で落ちて割れた。

「あなたは確か、ヴィダと一緒にいた……」
「雑魚が気安くヴィダの名前を呼ぶな!!!」

部屋は狭く鎌が天井や柱に突き刺さったが、そんな物お構いなしに無理矢理振り下ろす。
天子は後ずさるように転んだ。

「死ねーー……!!」

馬乗りになり、トドメを刺そうとした瞬間だった。





「落ち着け。言っただろ。他にもケガ人がいると」

その一手は届かず、鎌が空しい音を立てて床に転がり落ちた。
カバネが後ろから私を抑え込んでいる。
まるで毛を逆立てている動物のように、自分とは思えないほどに荒い息をしていた。

「コノエ、アルムを連れて行ってくれ。このままだと部屋を壊されかねない」
「わ、わかったッス!」

抗う私に「だから落ち着けと言っているだろ、」とカバネが拘束する力を強めた。
負けまいと、こちらもさらに力を籠める。

「離せ!私はあいつを殺しにきたんだ!!仲間を傷つけたあいつを!!天子を!!!」

口を塞ぐカバネの手に噛み付く。口内に鉄の味が広がった。
足を抑えられたら腕を、腕を抑えられたら足を動かし抗い続けた。
カバネがベッドへと私を押し倒し、両腕を拘束する。

心臓がドクドクと脈を打った。
この光景には見覚えがあった。嫌という程に知っている眺めとそっくりだった。
『女』を組み敷いた瞬間の『男』の、忌々しい表情は――……



「お前、強いな。頼むから一旦落ち着いてくれ。せっかく治療した足がまた出血している」
「……ッ、」
「だから言っただろう、取って食いなどしないと。俺はお前に危害を加えるつもりはない」

その目は穏やかだった。
性の対象として見ている目ではない。私に訴える眼差しだった。

「まだ聞いてなかったな。名前は?」
「…………、リア」
「そうか」

カバネは名前を聞くと、「強くしてすまなかったな、」と言い、私から離れた。
初めての経験だった。
戸惑いと、動揺と、執着と、怨恨と、さまざまな感情が一気にせめぎあい、混沌としている。

「すまなかったな、リア」

うるさい。気安く呼ぶな。
私の声は届かない。堰を切って溢れ出したモノが、私の声を塞いだからだ。



カバネは何も言う事なく、ただじっと、私の側に座っていた。










あれから月日が流れた。足のケガも治ってきて、本調子を取り戻しつつあった。
すぐにでも天子を殺したいというのに肝心な鎌を隠されてしまい、またカバネが四六時中私の横にいるので、行動に移すタイミングを掴み損ねていた。
「もう殺そうとしないから大丈夫」と言っても、「お前、嘘が下手だな」と軽くあしらわれるのが落ちだった。

「リアさん、相変わらず殺気プンプン、ッスね!」

部屋に入るなり私を見て、コノエは笑いながら言った。
数週間前まではビビりながら接していたくせに、今となってはこれだから、コノエの適応力の高さを秘かに感心していた。
(ちなみに食事用に出されたナイフやフォークでも攻撃を仕掛けるので、食事の時はカバネに拘束され、コノエがまるで赤ちゃんにやるように食事を口まで運んでくれていた。そのぐらいから態度が緩くなったように思える)

「その態度じゃまだアルムくんには会わせられないッスね。カバネ様の監視は解けないッス!」

コノエはまた笑って、「もっと頭を冷やすッス!」と噛みそうなセリフを残し去っていった。
横にいるカバネは顔色一つ変えないまま、小説を読み続けている。



カバネは変な奴だった。
起きてから眠るまでーー……本当に文字通り、片時も私の側を離れない。
だからと言ってこちらに何かをしてくるわけではない。
まるで空気のように、ただ静かに、カバネはそこに居た。

時折いる事を忘れてしまう。
1人でいる感覚になってつい間抜けな行動を見られてしまい、ほくそ笑んだカバネをみて「そういえばいたんだった」と思いだす、ということが多かった。



イラつく。
ぬるま湯に浸かり続けているような、ゆったりとしたこの時間が、この空間に苛つきが止まらない。

ごめんね、みんな。
何してるんだって思うよね。みんなが死に物狂いで過ごしてるっていうのに。
本当にごめんなさい。ダメな奴で、本当にごめんなさい。

ヴィダ、オルカ。生きてるよね。ユニティーオーダーなんかにやられたりしないよね。
プラセル、時間がかかってごめんね。
でも必ず天子を殺すからね。それまで、絶対に死んだりしないでね。

「……早く天子を殺さないと、と言いたそうな顔だな」

見かねたのか、先ほどまで読書に集中していたカバネが口を開いた。
突然の事で目を見開いた。まるで私の頭の中を覗いているかのような発言だったから。

「その顔、図星だな」

カバネは薄く笑い、本を閉じると私に向き直った。
細い息を吐いて、こちらを見据える。

「悪い事は言わない。天子を殺すのはやめておけ。取り返しの付かない事になる」
「……はあ?」
「お前に何がわかる、と言いたげな顔だな。わかるさ。なんせ俺は天子の正体を知っている」

カバネの声が低くなった。
いつもの口調とは違う、重みのある喋り方に思わず身構えた。
私の変化に気づきつつも、カバネは続ける。

「仲間を傷つけた、と言ったな。実際に仲間がやられているところを見たのか?違うだろ。気づいたら倒れてた、仲間はそう言っていたんじゃないのか?」

息をのんだ。
カバネの言う通りだった。
何も話していないのに、まるでプラセルから聞いたかのような口調で、言う。
こちらの態度を肯定と受け取ったのか、カバネは静かに続けた。



「天子とは生きているだけで人を死に至らせる、呪術兵器。殺そうとすれば、逆にお前が死ぬ」



信じがたい言葉が耳を打つ。
あまりにも非現実的で、思わず笑えて来そうな話。
けれどカバネの真剣な眼差しが、これを本当だと物語っているようにも見えた。



Aoao