オルカとヴィダがここにいてくれたらよかったのに。
難しい話はわかんないから、2人がわかりやすくかみ砕いて説明してくれないと、理解できないよ。
カバネは1000年以上生きていると言う。
死に嫌われていて、死ねない体になったと。それは天子の呪いを解呪した代償らしい。
これだけでもよくわからないのに、その『天子』だったというクオンは更に難しい言い回しをする。
「リアはクロユリみたいな人だね」
「は……?」
「君がそうなろうとしているのかもね。色を変えるだけで大分世界が変わる。君はそれに気づかないフリをしているんだ」
「クオンさんの話は雰囲気で感じ取ってくれればいいッスから」とコノエが言っていたけど、ますます意味が分からなかったので、考える事を放棄した。
やつらの話は本気にしていなかった。
だって意味が分からなすぎるし、おとぎ話みたいにふわついている内容が多くて、こちらをバカにしている気さえしてきたから。
とりあえずわかったのは、こいつらは浮世離れしていて、私が地上で見てきた奴らとはどこか違うという事。
1日1日を持て余す様にして過ごし、生にしがみついていない様子にひどい苛つきを覚えた。
「こちらの素性も明かしたんだ。そろそろお前の話も聞かせてくれないか」
まるで思い出したかのようにカバネが言う。
なんで私がそんなことを話さないといけないのか。
お前らとなれ合う気など、毛頭ないというのに。
「相変わらずつれないな。食事の時は案外可愛らしいんだが……」
うるさい。勝手に言ってろ。
「野菜が苦手なんだろう。えらいな。毎回黙って出されたものを全て平らげるなんて。ここの食事は野菜がメインだから、お前には荷が重いだろうに」
黙れ。お前たちみたいに食べ物がありふれているわけじゃないんだ。
イラつく。
生きるのが当たり前みたいな言い方をして。
ムカつく。
死に物狂いで明日に繋いでる私たちの事を知りもしないで。
特にカバネはクオンと話す事を避けていて、いい口実代わりに私が使われているような気さえして、そんなところも気に食わなかった。
相変わらず1人になる事を許されず、大半はカバネが、交代でコノエやクオンが私の側に必ずついた。
こいつらも、天子も、いつか必ず殺す。
そう心に決めて機会を伺っていたんだ。
ここにきて、1か月は経った頃だった。
向こうも気が緩んでいたのだろう――……カバネが新しい本を取ってくると席を外した。
願ってもないチャンスだった。私は部屋を飛び出した。
鼻が利いてよかった。なんとなく、私の探し求めているものが隠されている場所が直感でわかったからだ。
奥深く、丁寧に鍵をつけられた倉庫に辿り着き、扉を蹴飛ばした。
そこには、見慣れた鎌が立て掛けられていた。
「やっと見つけた」
久しぶりに手にした鎌の感覚がずしりと乗る。
そう、この重みだ。
命を奪う、重み。
「鋭いな、お前」
後ろから声がした。振り向かなくても分かった。
この1か月間、うんざりとするほど一緒の時間を過ごした相手だったから。
「私もね、呪われてるから」
なんでここにいておかしくなったか分かった気がする。
私が生きているって確認が出来てないからだ。
強くないとこの世では生きられない。
生まれながらに弱者として生まれた私でも、この世界で生きていいんだと言う事を証明しないと。
「黒縄夜行の、深い深い呪いにねっ!!!!」
久しぶりの重みが、とっても心地よかった。
空気を切る鈍い音にゾクゾクした。
肉体を切り刻んで舞う血が綺麗で、惚れ惚れする。
ヴィダ、オルカ、プラセル。待っててね。
早くこいつらを殺して、みんなのところに帰るから。
「お前、12地区の人間か」
「知ってるの?嬉しい!こんな薄暗い地下にも私達の事、伝わってるなんて!」
「なるほど。それでその強さか。合点がいく」
「は?何言ってんの?」
ギリギリと音を立った。鎌を握る力を強めたからだ。
この私で合点がいく?ふざけんな。知ったような口を利きやがって。
「ヴィダの方がもっと深い呪いにかかって苦しんでる!!!!
ヴィダの方強い!!!!!!!!!!!」
気持ちよく振り切った鎌は、男の頭を吹っ飛ばした。
転がった頭を眺めると、何かが胸を圧迫するような感覚に陥った。
返り血を全身に浴びる。嗅ぎなれたはずの鉄の匂いが、やけにきつく感じる。
「そういえば初めてね。あなたが眠っているところを見るのは」
閉じられた瞳にかかる髪を撫でるようにかきあげる。
わずかによっている眉間の皺を撫でて、ああ、苦しかったのね、なんて柄にもない事を思ってしまった。
ーー……いつしかの忌まわしい記憶がチラつく。
よかったのよ。私はいい事をした。
だったあんな痛みや苦しみを感じ続けるくらいなら、いっそすぐに死ねた方が楽だもの。
「あなたといると胸のざわつきが止まらない。これはきっと、あなたからは離れろって言ってるのね」
耳元で『そうだ、こいつからは離れろ』と声がした気がした。
収まらない胸騒ぎを振り切るように、私は踵を返した。
天子を殺すため、勘を頼りに突き進んでいくと、ある部屋が気になった。
ドアノブに手をかけた瞬間、鳥肌が立った。
カバネのではない、違う鉄の匂いが漏れ出ている。
それも2人ほど。すでに誰かが殺られている。
どこの誰かは知らないが、同じような人間がいる事は確かだった。
「……へえ、おもしろいじゃん」
湧き上がる武者震いを抑え、勢いよく扉を開けた。
奥の方で人影が動き、物陰に身を隠したのが見えた。
「出て来てよ。遊びましょ?1か月、ずーっと暇だったの」
床に転がっていたのはコノエとクオンの死体だった。
先ほど漂っていた血の匂いはこの2人のものらしかった。
眺めていた隙を狙って、物陰から銃弾が飛び込んでくる。
「だから、出て来いっつってんでしょ!!」
「なっ……!!」
瞬時に間合いを詰め、鎌を振り下ろす。
突然の事に驚いた男はよろめきながらも必死で避けた。
「お前、黒縄夜行のリアか!死んだはずじゃ……!」
「勝手に殺さないでくれる?てかお前、誰?」
「クソッ!!」
再び飛んできた弾丸を鎌で打ち返す。
後ろに飛び間合いを取ると、再び男は身を隠した。
「さっきから隠れてばっかりでつまんないじゃん。ねえ、弱いから銃を使うんでしょ?直接う戦ったら勝てないからってさ。じゃあ生きてたらダメだよねえ?だって、弱いんだから」
鎌を持ち直す。鼻を頼りに隠れた物陰に突き進もうとした瞬間だった。
視界が塞がれる。銃声音が響き、覆いかぶさるようにして何かが目の前に現れた。
銃弾は目の前のそれが受け止め、そのまま私たちは床に倒れ込む。
「死んだ…………やった、やりましたよ、リーベルさん!!あの黒縄夜行を殺した!俺は、弱くなんか、ない!!!!」
男の声が遠くなっていく。
嗅ぎなれた鉄の匂いと、生暖かい何かが私を包むように触れている。
嘘だ。だってこいつは、私がさっき……
「殺したはずなのに、と言いたそうだな」
カバネは笑った。
銃弾で貫かれたというのに、何事もなかったかのようにこちらへ微笑んでいる。
「なんで死なない。私は首を撥ねたのに。今だって銃で心臓を撃たれたのに、なんで……」
「言っただろ。死に嫌われてるんだ、俺は」
「何それ。バケモノ。死に損ない」
「ひどい言われようだな」
撃ち抜かれたはずの胸元が、目の前で塞がっていく様を見た。
ただ痛みにじっと耐え、漏れ出た苦しそうな息が私の耳元に触れた。
死ねない?
じゃあ、あなたにはただひたすら痛みだけが降りかかるの?
持て余していると思っていた時間は、向き合うしかないものだったというの?
「なにそれ……なんのよ、それ……」
「お願いだから静かにしていてくれ。いい子だから」
なんで。
私に触れていいのは強い人だけ。ヴィダだけなのに。
こんなよくわからない奴に触られたくなどないのに。
温かさと、心音と、包み込むような自分以外の香りが広がるこの感覚は、ひどく覚えのある懐かしいものだった。
そう。私が生きていると、実感できる瞬間――……。
カバネは、唇を重ねる。
存在を確かめるような、丁寧な仕草で指を絡めて。
私がカバネを映した事を確認して、それに応えるように2度目のキスが降りてくる。
なんで私、こんな事をしているだろう。
なんで私、こんな奴を受け入れてしまったのだろう。
どうして、こんなに切ない気持ちになるんだろう。
どうして、私はーー……。
『だから離れろと言っただろう』
『今ならまだ間に合う。早く逃げろ』
『よそ者に気を許すな』
『お前は黒縄夜行だ。それ以外のものと交わっては決してならない』
普段はあまり聞こえないはずの声がたくさん降りかかる。
逃げ出そうとするのにカバネが優しい声で私の名前を呼ぶと、不思議と力が入らない。
ふと脳裏に浮かんだヴィダと、カバネの顔が重なる。
なんだか胸が苦しくて、悔しくて、涙が溢れた。
Aoao