「とりあえず座れ」
「え」
「聞こえなかったか?」
「あ、いや…失礼します……」
黒色のふかふかそうなソファは暖炉のそばにでーんとあった。そこを顎で指されておずおずと向かう。
え、すわる…座るの?ゆっくり尋問形式?議題は魔法界の未来について?ええええ
ぎこちなく腰掛け、可能な限り背筋を伸ばし行儀よく手を膝のところにおいてまばたきを繰り返していると、ヴォルデモート卿はゆったりとした動作で黒色のローブを揺らめかしながらわたしの向かいに座った。
ひ、ヒィ。美しい。美しいよ…!!!!!
「・・・紅茶でいいか」
「え!や、あの!おおおお構い無く…!!」
慌てふためくわたしの言葉など気にも留めず、ヴォルデモート卿は杖を振る。
突然現れる紅茶。いいにおい。うまそう。ロイヤルミルクティー。ロイヤルミルクティーすき。すきだけど。
「まあ飲め。変なものは入っていない」
「あ、は、はい…!あああありがとうゴザイマス…!!!」
そして彼は自分用にももうひとつ紅茶を出した。
ヴォルデモート卿も紅茶飲むんだ…甘くはなさそうだけど……
熱かったのでふぅふぅしながら飲む。甘すぎず豊かな香りが鼻孔をくすぐって、めちゃくちゃおいしかった。ほっとする味。もうなんだよこれ・・・
「気に入ったか」
「は、はい…!ありがとうございます」
「・・・そんなに萎縮するな」
そう言ってヴォルデモートは優雅に足を組んだ。
うわあああ美しい…どうしようたすけてリドル………
心臓がばくばく言って、カップを持つ指先が震える。
カタカタと音を立ててしまっているのが情けなくて思わず心の中でリドルに助けを求めた。
瞬間。
『で、何の用でアオイをここまでつれてきたんだい』
「っぅわあ!!!」
軽い気持ちだったのに、本当に聞こえた青年の声。
先ほどまではなかった圧倒的な“存在感”が隣に実体を持って現れる。
びっくりした。本気でびっくりした。紅茶こぼすかと思った。なんなのリドル開心術使った?
突然現れたリドルは至極当たり前のように、わたしの隣で悠々とえらそうに腰かけている。
闇の帝王は何か汚いものでも見るかのように深く眉を顰めた。
「・・・目ざわりな奴だな。お前に用はない、消えろ」
「アオイにだって何の用もないだろう」
「それを決めるのはお前ではない」
酷く冷たい声だった。
まあでも確かに闇の帝王がわたしなんぞに用事があるとは到底思えないのでリドルに気持ちはわかるし加勢したいくらいの勢いだ。
でも変に口を挟むと殺されそうな圧を感じた。
わたしはただただ小さくなってふたりの様子を見守る。
「無駄に年だけ重ねたのに結局捨てきれなかったのかい?情けないね」
「捨てたからいまお前がそこにいるんだろう?この出がらしの屑めが」
「僕に向かってそれを言うのかい?御しきれなかった能無しが」
「(なにこれ)」
救世主かのように出てきたリドルは、結局わたしそっちのけでヴォルデモートさんと言い争っていた。
一層重く冷たくなった空気に頭が痛い。
この人たちもとを辿れば一人の人間なのに、なんでこんな揉めてるの?なんなの同族嫌悪?
はっもしや若かりし自分と大人になった自分のジレンマ・・・これが真のジェネレーションギャップでは・・・。
このふたりのお考え本当に意味わからないし、帰りたいけど口を開く勇気もないのでわたしはただ紅茶の水面を見つめるだけの置物と化す。
しかし本当にいい匂いだなあ。自室で本読みながら飲めたらサイコーなのに・・・とわたしの吐く息に合わせて微かに揺れる紅茶を見つめる。
すると隣のリドルから少しいらだったような声をかけられた。
「聞いてるのかい?アオイ」
「へっ!あ、はい!なんでしょう!!!」
うわやばいぜんぜん聞いてなかった、と顔を上げるとリドルはひとつだけため息を落としわたしの瞳を見つめて囁く。
「だから、こんなやつといるよりとっとと帰って僕と部屋でゆっくりしたいよね?って言ってるの」
「はあ?!」
現実逃避をしていた自分を棚に上げて、何バカなこと言ってるんだと素っ頓狂な声を上げた。
ちらりと横目で見ると、ヴォルデモートさんは先ほどの何十倍も濃い皺を顔に刻んでいる。
「…そうなのか、アオイ?」
「え、えええ…!いやあの、ええと、」
ほんとどうしてこんなことになったのまじ意味わかんない。
でもこれを否定したらまるでわたしがここにいたいみたいじゃないか?
いや、でもヴォルデモート卿がわたしについてどこまで知ってるのかは気になる……変なこと言ってリドル怒らせたくないけど……
「・・・そ、そうですね、まあリドルくんのことは一先ず置いておいたとしても自室は非常に落ち着きます。
が、まだ、あの、お会いして間もないので、その、ご用件・・・?みたいなものがあるのであれば、ぜひお伺いさせていただきたく存じます・・・???」
これはつまりリドルの助け舟を断ったということだ。
恐る恐るリドルの様子を窺うと、白い目でこちらを見た後ひとつため息をこぼされた。
「…勝手にすれば」
つーん。
ワオ、取りつく島もない。
そう言ったリドルは、腕も膝も組んでそっぽを向いてしまった。
な、なんてめんどくさい男だ、こいつ・・・!
ひくひくと口元が痙攣するのを感じながらも、気を取り直してヴォルデモートさんに話しかけてみる。
「あの、えっと、それでヴォルデモートさんは…あああじゃない間違えた!ヴォルデモート卿!すみませんホントわたし英語ぜんぜん堪能じゃなくて!申し訳ございません!!!」
やってしまった。心の中ではヴォルデモート卿と呼んでいたにも関わらず、自分がいままで誰かをそんな敬称で呼んだ経験がなさすぎてうっかりさん付けにしてしまった。フランクすぎるでしょ自分!!!
おそらく真っ青になっているであろう顔を必死に上下に動かして平謝りする。
もういやだ・・・しんどい・・・殺すならひと思いにやってほしい・・・。
震えているとヴォルデモート卿はひとつ息を吐いた。
呆れたようなそれに、上下運動を繰り返す頭を止める。
見つめると、形のいい唇が静かに動いた。
「さん付けで構わん」
「えええええホントですかありがとうございますすみません…!」
「いいから少し落ち着け。何のためにそれを出してやったと思っている」
「あ、アリガトゴザイマスおいしいです…!」
よくわからないけれど怒っていないらしい。
とりあえず落ち着かないと、と言われた通り素直にもう一度紅茶に口をつける。あったかい。あーでも緊張しすぎて味わかんなくなってきたヴォルデモートさんこっち見すぎだよおぼろろろ…
「・・・18歳と言ったか。それにしてはホグワーツに在学したことはないようだが?」
「あ、はい…次の学期から編入します…」
「ほう。何年生にだ?」
「三年生です」
「魔法を使った経験は?」
「ないです…」
とりあえずヴォルデモートさんにされた質問に答えていくが、彼の目的がわからん。ていうか素直に答えていったらわたしがマグル生まれってこともろばれすると思うんだけどいいの?いいの???ていうかだからなんでわたしここにいるの???異世界から来たことバレてんじゃないの?
「今まで何をしていたんだ?」
「い、今までですか?えっと日本で普通に女子高生を…」
「マグルの学校だな」
「あ、はい、えっと、か、家庭の事情で…」
意図がわからない問いに答え続けることがこんなにもストレスだとは思わなかった。
何がしたいのかさっぱりはっきり言ってほしい。どうしてこの人はわたしと会話をしているの。忙しいんじゃないの?暇なの?闇の帝王って。
「…それで昨日こちらに来たのか」
「は、はい・・・」
どういうふうにごまかしたらいいんだろうか…えっと、えっと、魔女とマグルのハーフで父ちゃんの要望で18までは学校行けって言われたとかそんな感じ・・・?
しかし嘘をつくことは不可能であろう圧を感じる。
下手な偽証は命取りだろう。
喉がカラカラになるのに、紅茶に口をつけるタイミングすらも悩んでしまい為すすべがなかった。
沈黙が痛い。
せめて何か話さないと、そう無理やり口を開いたときだった。
「死喰い人にならないか」
「えっ」
「死喰い人にならないかと言っている」
し、くい、びと。
必死で次の手になる会話の切り口を考えていた脳みそに、その言葉はかなり遅れて届いた。
死喰い人・・・
えっ、
「で、デス・イーターですか!?」
「そうだ」
と、突然何を言い出すんだロード・ヴォルデモート!
えっわかんないわかんないわたしをそんなもんにしたところでぜんぜんまったく彼にメリットがあるとは思えない!!!
混乱したわたしは目を白黒させる。
あんなに乾いていた喉も、驚きのあまり仕事をしたのか思っていたより大きな声がでた。
「で、ででででもわたし魔法なんて使ったことな…」
「俺様が教えてやろう」
ホグワーツの間抜けな教師どもよりはいいと思うぞ、なんてヴォルデモートさんは不敵に笑う。
えっ。あっかっこいい。じゃない!えっと、
とにかく現状を整理、ヴォルデモートさんの真意を理解、と頭を回転させていたら、今度は隣から声がした。
「・・・さっきから黙って聞いていたら何を言ってるの?アオイを死喰い人に…?
どれだけ強欲なんだ!!」
あ、リドルの存在忘れてた。
一瞬そう思うも、なんだか怒っている様子の彼にさらにどうしたらいいのかわからなくなる。
なに!?なんで怒ってるの!?!?
ああまぁ確かに未来の自分がこんなへっぽこを自陣営にスカウトしてたら頭いかれたと思って怒るか!!でしょうね!
「フン、出がらしとは言え欲を持つこと自体を恐れるなど…情けないことこの上ないな。
俺様はすべてを手に入れる」
「ふざけるな!!」
ばりん!!!!!
「わっ!」
ヴォルデモートさんのカップが割れた。えええ。えええええ。
これリドルだよねリドルが怒ったからだよねえええわたしのカップは無事でよかった……っていうか、なに、え、こわい。
いや怒るのも当然だわとか思ったけど怒りすぎじゃね。カルシウム不足かよ。
びっくりして固まっているとヴォルデモートさんはリドルを一瞥し無言で杖を振ってカップの欠片とこぼれた紅茶を跡形もなく消す。
「怒りで魔法を爆発させるなど7歳の子供か?」
「フン、その年になってまだ学生時代から何も変わっていないほうが情けなさすぎて反吐がでるよ」
「そんな口を聞いていいと思っているのか」
「それはお前が決めることじゃない」
「ほう、そうか。では…」
バンッ!!!
今度は何かが爆発するような音がして目をつぶった。
少しして恐る恐る目を開けたら、リドルが、・・・消えていた。
「なっ…」
「これで静かになるな。アオイ、隣に来い」
「・・・」
わたしは口をパクパクさせながらもそれに従うしかなかった。
もうやだ魔法世界怖い泣きそう