ぽとり落ちた琥珀玉

とある小さな島国の、日本という地に生まれました。

やたらめったら首相は代わるけれど、特に大きな争いごとも怖い出来事もない、平和な国です。




どこにでもあるような家に生まれ。


どこにでもあるような街に生きて。


どこにでもあるような学校に通い。


どこにでもあるような毎日の中で。



そして人並み、人並み以上の幸せに満たされておりました。


だけど。






ラッキーガールは転がって。


いまはもうどこにもいない。




どこにでもあったようなわたしは。


もうここではどこにもいない。






















「何者なんでしょうねー…わたしもよくわかってないんですけど。
むしろルシウスさんのほうが、知ってるんじゃないですか?」

「・・・」

「どうせヴォルデ…」

「あの方の名前を呼ぶな!」



青白い顔をさらに青白くさせて、ルシウス・マルフォイは言った。

なんだか少し意地悪な気持ちになる。
でもそれくらい当然でしょう。ここ最近は、ただでさえ自分だけで抱えきれないくらいに不明瞭なことだらけなのに。

以前わたしを騙してきた男に、こんな目でみられたら。


「・・・あのひとにいろいろ聞いてるんでしょ。わたしが知ってること以上のこと」
「…私は、貴女がマグル生まれだということくらいしか」
「げ。あのひとわたしがマグル生まれって知ってたんだマジか…

・・・じゃあなんでこんなにわたしに構ってくださってるんでしょうねえ」

あの最初の出会い、会話、それらを思い出して息をつく。
よかった、あの日下手な嘘をつかなくて。

最もそんな度胸わたしにはなかったけれど。
そう思いながら呟くと、ルシウス・マルフォイは声を荒げた。


「それを知りたいから聞いているのです!父上に聞いても何も教えてくださらないし…」

「あらぁ。ルシウスさんもたいへんですね」

「たいへんですねって…」



イライラと眉間に皺を寄せるルシウスさん。
あーなんかこのひと相手に構えていたのあほらしくなってきた…そもそもこの人も、わたしより年下の、肝っ玉の小さい男なんだ。

優しくしてやるか、と息をついて口を開く。

「わたしは何の答えも持ってません。…わたしだってもどかしいので大目に見てください。

あとお父様の件。別に断る必要もないのでまあどうぞお好きに。わたしはいつでもいいです」

「・・・」

「では、他に用がないならこれで。」


くるりとルシウスさんに背を向ける。
彼は何か言いたげだったけど、まあ無視した。


…ぎいいぃ。

空き教室は古くて、扉を開けるときも閉める時も少し嫌な音がする。


あーあ。

なんだろ。



なんか。胸がぽっかりして。

何かを求めるように、そう、それは浜辺に投げ出されて酸素を求める魚のように、まぬけに口を開く。




「ねえリドル」
『なんだい』

「…なんでもない」



きっとリドルは答えをくれない。

言いかけてやめたら追求してくれないかな、なんてチープな少女漫画みたいな展開を期待してみたけどそんなことはなかった。
わかっていたけれど、自分の浅はかさがいやになってため息をつく。


別にわたしは悲劇のヒロインでもなんでもないのに。




溶け出した琥珀の色


口ずさんだうたを、耳にすることはもうきっと二度とないんだろう。


わたしはどれほど多くのものをあの世界に置いてきてしまったんだ。



世界の最後に傘を差す


いつかこんな歌も忘れてしまって。


そのうちどんどん世界と離れて、断絶して、消えてしまうのだろうか。




声はもう 泣きやんだ


























似合わないけれど、なんともセンチメンタルな気分だ。
もうそろそろ戻らないと朝ごはん食いっぱぐれるんだけど、なんだか戻る気になれない。

なんなら授業もサボりたいくらいの気分だ。心弱すぎ。豆腐メンタル。


はあ、とため息をつく。

そのときだった。


「アオイ?」
「ん?」

声をかけられ振り向くと、そこにはリーマスがいた。
顔色があまり優れない。


「あれ、リーマスおはよう」
「おはよう。
どうしたの?このへん空き教室ばっかりでしょ、迷った?」
「あ………うん。梟小屋の帰りに」
「そう。見つけられてよかった。
いっしょに戻ろうか、ごはんまだでしょ」
「ありがと・・・」



目をパチパチするとリーマスは優しく微笑んだ。
…やっぱり疲れてる?

まだ幼いのに、笑顔によって作りだされた皺すらも濃く感じた。目の下のクマもひどい。
ふつうに心配になる。

リーマスこそ、どうしてこんなところにいるんだろう。



「リーマス、なんかあった?」
「え?」
「しんどそう、かなって」
「…そんなことないよ」


そんなことなくはないぞ、と思いながらも深追いするのも失礼かなと口をつぐむ。
でもやっぱり気になって、チラと顔を盗み見ると彼もこちらを向いていたようで目が合った。


「そんなこと言う君のほうが疲れていそうだ」


リーマスは力なく、くしゃりと顔を歪めて笑った。
そっとしておいてほしそうな雰囲気に、遅ればせながらようやく察する。



…ああ、きっと。


「(もうすぐ満月なんだ)」






納得したわたしは、何故だか勝手にシンパシーみたいなものをリーマスに感じて。

きゅっと自分の拳を握りしめて、同じようにくしゃりと笑った。




「今日のごはん、おいしいといいね」
「…そうだね」

「あったかいものあるかな」
「・・・僕はコーンスープが飲みたいな」
「わたしはかぼちゃかな」


そうか。



リーマスも、どこにでもあったはずのしあわせをとりあげられて。



いろんなことをあきらめながら生きているんだ。
まだ子どもなのに。


きっとわたしなんかの迷いとは比べてはいけないほどの、重みを。



「こっちの冬は寒いけど、やっぱり雪はきれいだね」
「…アオイの住んでたところはここまで降らないんだっけ」
「うん。だから雪合戦したいな」
「ジェームズたちとやったら擦り傷じゃすまないよ」
「あはは!たしかに」


君の苦しみとわたしのおセンチを、いっしょになんかしないけど。


核心にはふれないで、ただお互いの傷はなんとなく察して。
日常みたいな会話で誤魔化しながら世界に溶け込むのは、わたしにとってはありがたかったから。



「(願わくば、きみも)」



ほんの少しでも安らぎを。

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