滑稽だねと笑っておくれ

暗い場所。
ここはどこだ。

なんか気味が悪い。わたしここ嫌いだ。



水の音がする。でも何も見えない。

ここは、・・・どこだ。





『ごめんね、約束、守れなかった…』



どこかから声がする。掠れた声。暗い声。

何かに絶望したような…。




『アオイさん・・・』



だれだ。

わたしはこの声を、・・・知らない。


















「目が覚めましたか」
「・・・ここは」


白い。なに、ここ。

ここは…どこ。

さっきの暗い場所は。




「医務室です。ひどい生理痛で倒れたようね。いつもなの?」
「医務室……。あ…いや、」
「とりあえずこれを飲みなさい」


そう言って渡されたピンク色の飲み物を口にする。まずくはない。なんかローズヒップティをだいぶ濃くしたみたいな味。

ぼーっとしながら考える。ああ医務室。ここは医務室。じゃあたぶんこのひとがマダム・ポンフリー。

おお…はじめて見るなマダム・ポンフリー・・・。


「廊下で倒れたところを同学年のミスター・スネイプが運んでくれたのよ。感謝しなさいね」
「え・・・んえっ!?はこ…運んでもらったんですかわたし」
「まあここの近くだったから。誰か呼ぶまでもなかったんでしょう」


マダム・ポンフリー、やっぱ優しそうなひとだなあとか思っているとものすごいことを知らされた。え、え。運ぶってあの、もしや物理的に?物理的に運搬された?よねたぶん。

あのスネイプ少年に…ひぇえ…!



「どう?体は楽になった?」
「あ、はい…だいぶ…」
「環境が変わったことも大きいんでしょう。疲れも溜まっていそうね、しっかり休んでおくのよ」
「あ…ありがとうございます…」
「今日はとりあえずもう少し寝ておきなさい。薬の効果で少しぼーっとしてきているはずよ、起きたときには体もすっきりしてるわ」
「ありがとうございます…」


確かに…なんだろう、よくわかんないけどすごく眠い。
ふわふわゆらゆらしている。きもちい。

「おやすみなさい。お大事にね」



そしてわたしはまた目を閉じた。起きたらスネイプ少年に、お礼、おれい、を・・・・・・・
















「…アオイ?」

囁くように呼んでみた。薬の副作用で尋常じゃなく重い体はまだ睡眠を欲している。

スネイプがアオイを背負って医務室にきたときに目が覚めて、それからもう一度眠ったけれど…また起きてしまったようだ。アオイと入れ違いらしい。


にしてもスネイプにもそんな人間らしい一面があったことには少し驚いてしまった。失礼かもしれないけれど、ちょっと結びつかない。まあ倒れたのがパッドフットやプロングスなら見捨てるどころか確実に呪いのひとつやふたつはかけておきそうだけど。



僕が毎月眠っているベッドのみっつ向こう。
マダム・ポンフリーはおそらくアオイが目覚めるか1時間半経つまでは確実に彼女のベッドを覗かないし、僕のところもさっき確認にきたところだ。
まだ来ないだろう。


どうやら女子特有の月のものらしいから心配するほどではないのかもしれないし、マダムも大丈夫だとは言っていたけれど、それでも僕の友達だ。少し顔を見て安心したかった。

…今日狼に変わる僕が、近づくほうが危ないのかもしれないけど。でも、薬、飲んでるし。



シャッ…


あまり音を立てないようにしてカーテンを開くと、アオイはそこですやすや眠っていた。
確かにいつもより顔色が悪い。


「寝てる?」

一応確認に聞いてみる。うん、寝てそう。ちょっと口あいてるし。

・・・改めて見ると、幼いなあ。どうがんばっても5つも年上には見えない。


それから。



「(かわいい…)」



いやまあ、わかっていたけれど。光の加減でキラキラ輝く髪とか、さらさらだし。目とかまんまるだし。いつも笑ってるし。


…よく、あんなにいつも。笑っていられるよなあ。


あの空き教室で見かけたとき。彼女はいつもより小さく見えて。
きっと寂しいんだ。笑ってはいるけれど、ひとりぼっちだと思っているんだ。誰もそれを傲慢とは言えない。僕だって同じだ。

ひとりぼっちだと苦しむ誰かを他の誰かが笑ってしまったら、そのひとは本当に独りになってしまう。


そっと、手をのばす。
少しずつ赤みがさしてきた、彼女の頬に、触れた。


「お大事に」



僕はこれから悪夢を見る。せめて君は優しい夢を。


夢の中くらい僕たちに、優しくしてくれたっていいじゃないか。













「ん」
「…目が覚めたかい」
「うん…なんででてきてんの、」
「なんとなく」

実体化してわたしのとなりに立っていたリドルを見上げる。

なんかいい夢を見た気がする。あんまり覚えてないけどリーマスがいた。お菓子くれたような感じの夢。優しさに感動した夢だった。

そういえばリーマスははじめて会ったときから食べ物くれた。ていうかなんかわたしが疲れてたりしゅんとしたら甘いものくれたりする。ほんと優しい。リーマスにも改めてお礼を言おう…。


「いま何時かわかる…?」
「4時くらいだね。もうすっきりした?」
「うん」

んー、と伸びをする。それはよかった、とリドルはわたしの横に腰を下ろした。…そしてなぜかほっぺをさすりだす。

「え、なにどうしたの」
「別に」

別にって。
…なんかよくわかんないけど不機嫌だ。心配させたのかなあ。


「…怒ってる?」
「…なんでそう思うの」
「え、えー…体調管理不足だから…?授業欠席しちゃったし…」
「・・・まあ、そんなとこかな」
「えええ。うーんごめんなさい…?」


仕方ないじゃないかある程度は。と思ったけどため息ついてるリドルを見るとなんか言う気失せた。
たぶんこれが理由で怒ってるんじゃない。むしろ見当違いすぎて呆れられているんだと思う。

はー。こいつほんとめんどくせえなあ…。言えよ。言わなきゃわかんねえよう。


そんなこんなでマダムに聞こえないよう小声で会話していると、カーテンの向こう側から物音がした。

話し声が聞こえる。



「あらミネルバ。そうね、もうそんな時間ね」
「ええ。何も問題はなかった?」
「大丈夫よ。呼んでくるわ」


マクゴナガル先生の声がする。ん、何?わたし?わたし急に倒れたから寮監だし来てくれたの?

なんとなく寝たふりをしようとまた横になって丸くなる。


「ミス・シーナは大丈夫なのね?」
「あの子は大丈夫。そろそろ目覚めると思うわ、夕食も普通にとらせて構わないわよ」
「そう。それはよかった」


あれなんか違うっぽい。まあ別にただの生理痛だしな。ってことはうーん、他に体調悪いグリフィンドール生でもいんのかなぁ。

はて、と思いながらまだわたしの頬をさすっているリドルの顔を見上げると、なんかものすごい怖い顔で向こうを見てた。ええ。なにほんと怖いんだけど帝王様。


とりあえず黙って向こうの声に耳をすませる。




「具合はどう?ミスター・ルーピン」
「問題ないです、先生」
「では行きましょうか」


するとリーマスの声がした。あ。え?あっもしかして叫びの館行く?あ、満月の日ってもしかしてここでお休みしてんのかな…いちばん体調悪いだろうし…


日暮れまではまだあるけど、変わってしまってからでは遅いから。きっと今から行くんだろう。みんなと自分の安全のために、ひとりぼっちになれるところへ。

じゃあこれからリーマスは眠れない夜を過ごすの?そんなの悪夢みたいだ。ていうかほんと信じられないんだけどこれからリーマス狼になるの?かわいそうなんてすごい勝手な言葉かもしれないけど、かわいそうすぎる。


「・・・」
「なに。アオイがそんな顔する必要ないだろ」
「………う、ん」


でもそんなこと言われたって。リーマスは今からひとりぼっちになるんだよ。
なんだかすごくよくわかってしまった。ジェームズたちがアニメーガスになろうとしたこと。やっぱりもうなってるのかな。身勝手なのはわかってるけど、なっていてほしいとさえ思った。さっきまで危ないことしないでほしいとか考えてたくせに。リーマスが一人で苦しんでいるのは、とても嫌だった。


「・・・」


何か、なんでも。
わたしにもできること、あればいいのに。

リーマスとマクゴナガル先生がいなくなる音を聞いていた。
コツコツ言っているのはたぶんマクゴナガル先生の足音。た、た、っていうのはリーマスの足音。


この足音は今から変わるのだろうか。
満月の夜。暗い屋敷で彼は。これからひとりで。


「(たまったもんじゃないな)」


これが無力ってことなんだ。わたしは何もできないんだ。
きゅっとスカートの裾を握った。

もしもわたしに力があったら。わたしだってきっと間違いなく、アニメーガスになっていた。



なんであんなに優しいひとが、こんな苦しまないといけないの…




「・・・ッ、」





そこまで思ってやっと気づいた。リーマスが狼人間になったわけ。


「(グレイバック…)」




そうだ、簡単だった。リーマスは、犠牲になったんだった。

誰かの悪意の。誰かの、身勝手の。



誰かなんて、ごまかした。

いまここにいる、あなたの。

わたしが無力を嘆いて握った、このスカートに入っている鏡で繋がるあなたの。




顔が、見れなかった。



「アオイ?ちょっとほんとに思いつめすぎじゃないの」
「・・・ん」

涙が出そうだった。っていうか溢れてきた。

なんで今までわかってなかったんだろう、自分の立場を。
わたし騙してるんだ。ヴォルデモートさんにもリドルにもいいかっこして、ホグワーツのみんなのこと、騙してるんだ。

ぜんぶ知ってるのに。何も知らないみたいに、へらへらして。



「…あんな半獣のために、アオイが泣く必要ないだろ」
「そんなことないよ…リーマスのことそんなふうに言わないで…」


違う、わたしは。リーマスのために泣いてるんじゃない。
わたしの涙を拭う温度のない指を享受した。

わたしは君を騙して、君に騙されて生きている。

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