何かに気づいたことをかんぺきに隠せるほどうまくはない。
ただその“何か”がリドルにとってきっと都合のいいものではなかったから、彼は何も言わずいつも通りヴォルデモートさんと通信をする準備をただ見ていた。
わたしはいつ、どうやって、タイムスリップするのだろうか。
こんな世界、何が起きたっていまさら驚かないけど。
手ぐしで髪を整えて、鏡に向き合う。
「…こんばんは、ヴォルデモートさん」
鏡の中の麗人は、いつも通り射抜くような瞳でわたしを見つめた。
『…具合はどうだ』
「はい、もうばっちりです!
ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
げんきげんき、と両手で握りこぶしをつくればヴォルデモートさんはそうか、と無表情に頷いた。
…ねえ、心配してくれたんですか???
ほんとうに?
それはほんとうに、本心で?????
「それから、とっても素敵なヘアピンありがとうございました。これから毎日つけますね」
『フン』
さっきアブラクサスさんに渡されてさっそくつけたヘアピンをヴォルデモートさんに見せる。
似合いますか、と聞くと、そういうものは人を選ばん、と言われた。確かに。
「ほんとに嬉しいです。つけるのがもったいなくて、ずっと見ていたいくらい」
『・・・』
「ほんとにほんとにありがとうございました」
どうしてこんなものをくれたのか、とかは聞いてはいけないんだろうとなんとなくわかっていた。
昔はあんなに何も考えず、思ったことを口にしていたのに。
どんどん考えることを覚えていく。こうやって大人になるのだろうか。
…これから何が起こるんですか。
あなたはどうしてわたしとこうやってつながりを持つのですか。
どうしてそうやって、わたしみたいな何も秀でたところのない人間に良くしてくれるんですか。
知ってるの?
何か、知ってるの???
例えばわたしが異世界から来た女であること。
そしてわたしがこの世界の未来を、なんならありとあらゆる始まりから終焉までを知ってしまっていることを。
あなたは何を知っているの?
知っているからこうやって、わたしに良くして、手駒になるようにしているの…?
『…明日も早いだろう。体調のためにも今日はもう休め』
「はい、そうですね」
もちろんなにひとつだって口に出せるわけがなかった。
どんどん大人になることを覚えて、ずる賢くなって、勇気を失っていく。
いつかわたしの首元にある紅いネクタイは、くすんでしまうのではないだろうか。
「おやすみなさい、ヴォルデモートさん」
『ああ。おやすみ』
ヴォルデモートさんはまた先に消えてしまった。
でもいつだってちゃんと、『おやすみ』って言ってくれるんだよ。
…寝る準備をしなきゃ、と立ち上がる。
ヘアピンを外してもう一度見ると、きらめく夜空の中、外の天気と同じように満月が神々しく輝いていた。
リーマス。
ごめんね、と思うのは無責任なんだろうか。
わたしは何も悪いことをしていないけどあなたに申し訳なく思っている、だなんて。それが結局本心で。ひどく身勝手で辟易する。
できることならいくらでもあるのに。
ダンブルドアに与えられた部屋で、今日もわたしはリドルと朧げな現を溶かしヴォルデモートさんとのつながりを深める。
いつか世界が大きく動くとき、わたしはどこに立つのだろう。
「アオイ!!!おまえもう大丈夫なのか?!っていうかおまえなんでマルフォイと!それからスニベルスと!はこばれ!妖精の呪文!ほんとは夜に問い詰めたかったんだが!無事か?!そんでなんでマルフォイ!んでスニベルスにはこ…ちゃんと風呂はいったか?!?!?!?!」
「ごめんシリウスちょっと整理してから話して」
朝。起きて談話室に行くと、すごい勢いでシリウスにまくしたてられた。
朝っぱらからげんきだなこいつ。何言ってんのかわかんないんだけど。
「いやだから体調は大丈夫なのかどうしてマルフォイのやつといっしょにいたんだなんでスニベルスなんかに運ばれてるんだ汚い!!!!!あいつほんときたねえぞ絶対ひとりで鼻くそとかほじって食ってるようなやつだぞ風呂!!!風呂ちゃんとはいったか?!」
「そういうことかよ。入ったよ。あとべつにセブルスは不潔じゃないわよ。」
「セブルス?!」
「お前もしかしてな、仲良く、なかよ、」
「く、なる予定だよ」
「「なるなよ!!!!!!」
そのあとジェームズとピーターも来て、ジェームズまでセブルスアンチに加わってきた。リーマスはまだ医務室かな。っていうかおいおまえらそんなことよりわたしを心配しろよリリーを見習え。
「…なんでそんなに嫌いかなあ、すっごいいい子だったよ、口下手で感情表現はへたそうだったけど」
「いやキモい」
「生理的に受け付けない」
「女子かよ」
ピーターが苦笑している横でわたしは彼らにため息をついた。なんだそれ。
「まあそれもあるけど、あいつは闇の魔術にお熱だからなあ」
「エバンズにもお熱だろ」
「もうほんとそこもキモーい僕やんなっちゃ〜う」
「「黙れよ」」
いやーんと気持ち悪くからだをくねくねさせるジェームズをわたしとシリウスで殴ったあと、シリウスはすごい険しい顔をしてわたしに向き直った。
「とにかく、お前あんまりスリザリンには関わるなよ。あの寮のやつは基本的にほとんど例のあの人っつー前に話した史上最悪の魔法使いに傾倒してんだ。
お前は出生っつーか事情っつーか、そういうのが人と違うんだから気をつけねえとだめなんだぞ」
「はーい」
「わかってねえだろ」
生返事をかえすと、シリウスはぐっと近づいて口を耳元に寄せて来た。ちょっと近くてドキっとしたけどそんなことよりその後の言葉に心臓が激しく脈打つ。
「異世界の情報なんて、誰でもほしがる。例のあの人だってほしがるに決まってる。
もし知られてみろ、どんな手を使ってお前から取れるだけのものを取ろうとするかわからないぞ…お前がなんにも持ってなかったとしてもだ」
「・・・」
「わかったらあんまりぼーっとしてんなよ」
くしゃ。
シリウスはわたしの頭を撫でるように髪を乱した。
「・・・」
「あれ、アオイ、そ、そのヘアピン、かわいいね」
思わず黙ってしまっていると、気を遣ってくれたのだろうかピーターがそう言ってわたしの耳元を褒めてくれた。
・・・わたし、なんて。
とっても、簡単だよね。
「あーもう!パッドフットが怖いこと言うからアオイがビビっちゃってるじゃないか!」
「え、あ、わりぃ」
「シリウスの言った通りだから、気はつけてほしいけど!
ちゃんと僕ら、アオイのこと守るつもりでいるんだから安心してね。魔法もどんどん教えてあげるし」
「守る…?」
「うん!あいつなんか卒業したら僕たちとダンブルドアでこてんぱんさ!
それより体調は大丈夫?」
「あ、そうだよ!体調もう大丈夫なのか?」
守る。
そんなことばを言われてわたしは思考が停止してしまった。
守る、なんて。
わたしこそがいまもっとも中途半端な立場にいるのに。
「体調、は・・・もう、大丈夫だよ。
ていうか遅いよ」
「ハハッ、いやあ顔見たら元気かどうかなんてすぐわかっちゃうからね。アオイはわかりやすいのがいい」
「・・・」
「あれ、困った?」
ジェームズがどこまでも快活に笑う。
わたしはあなたたちの未来を、終わりを、普通に物語として読んで。少しくらい悲しんだとしても、次の日にはけろりとして。
受け入れていたのに。紙の上の出来事だったのに。ぜんぶ。
ぜんぶ。
こんなにも、熱を持って。
「…ううん。おなかすいた、ごはんたべたい」
「そうだね、はやく大広間に向かおう」
守るなんて言ってもらう資格、わたしにはない。
でもきっと彼は本気なんだろう。
本気でヒーローなんだ。ばかめ。はやくそのくるくるの髪の毛を直せ。
…わたしが未来を、現状を、告げたらどうなるんだろう。
むしろ、いま告げてしまえばみんなでいろんなことを回避できるの?
そういうことを考えるたび、腕のバングルが存在感を放つ。
シャラン。
シャラン。
不可能だ。
ホグワーツの廊下はほんとうに寒く、隙間風は生理痛が重いこのからだには厳しかった。
体調が悪いから元気が出ないんだ。そうそう。生理だから。やっぱほら生理中って情緒不安定に、なるし…
なるし・・・・・・。
「(それとこれとは関係ないっつーの…)」
わたしが心をどこに置いてもわたしの立ち位置はここ。宙ぶらりん。
遠い未来だからって、いろんなことに目をつぶって。ただ今のためだけにいきるのは意気地なしのすることだろうか。
「・・・」
張り付いた薄っぺらな笑顔が寒さで凍っていくような気がした。