思い出を日常に溶かして

「ルシウスさんおはおー」
「?!」


次の授業の前にトイレに行こう、そう思って一人お手洗いに向かう途中で少し離れたところにルシウスさんを見つけた。
誰もいないし、わたしのほうが年上だってもう言ってあるし、なんか誰もいないところだと変に恭しく接されるからちょっと試しに砕けてみた。


「アオイ、様。おはようございます」
「ふへー、とって付けたような様呼びとかもろもろいらないですー。わたしも敬語やめるんでルシウスさんもやめません?」
「しかし」
「まあ人がいるところだと偉そうだけど」
「・・・なんの用で」


眉を顰めるルシウスさんに少し笑う。うーん、やっぱりこの人とはどう仲良くしたらいいのかイマイチわからない。
まあ、別に仲良くなる必要もないっちゃないのかもしれないけど。



「住所教えてくれません?送りたいものがあって」
「我が家にですか?」
「我が家に、っていうか・・・アブラクサスさんと、ヴォ・・・」
「その名前を言ってはいけません!」
「・・・例のあの人、にー」

闇陣営の前くらい別にいいのでは、と思いながらもすごいお顔で咎められたからとりあえず合わせておいた。
正直お名前呼ぶくらい、いいじゃんと思うんだけどなあ、ほんと。

名前すらも恐れられたいなんて自己顕示欲があまりに強すぎるように思う。ヴォルデモートさんの本質はそこにあると理解しているつもりだけれど、どうしても鏡越しに映る彼とはリンクしなかった。


「・・・何を送る気で?」
「あ、手作りのお菓子ですー。バレンタインなので」
「は?」
「例のあの人、がマルフォイ家を経由して渡せって言ってきたので、住所聞かなきゃと・・・」



普通に事のあらましを説明すると、ルシウスさんはより一層眉間の皺を濃くしたのだった。
まあそりゃ、うん、そうだよな・・・。

闇の帝王に手作りお菓子を送りたがるような女、どこ探したってわたしくらいしかいないもんな・・・。


「バレンタインが近いので。あ、ルシウスさんにもあげますね、お菓子。義理チョコって言って、日本ではお世話になっている人にチョコレートを渡す文化があって・・・」


にこにこしながら話してみると、ルシウスさんは大きくひとつため息をついた。


「・・・本当に、よくわからない人だ」


メモに住所らしきものを書かれて渡され、そのまま去られた。
ウーン、やっぱりこの人とは距離が縮まる気がしないなあ(わたしも思わず敬語に戻っちゃった)。




















魔法薬学の時間は嫌いだった。

正直一般的なジャパニーズ女子高生が虫を刻んだりすり潰したりという行為を楽しんでできるわけがない。まだ釣りとかが趣味で生き餌とかを使う経験があったならなんとかなったのかもしれないけど、残念なことにわたしは釣りは趣味ではなかった。

それでもまあ、魔法薬学はいまのところ他の教科よりはまだ成績がよかった。めちゃめちゃ細かくて厳しくて楽しくなくてグロテスクなお菓子作りをしているような感じだ。
お菓子作りでも最初は簡単なものから始めて慣らしていくべきだけれど、初心者でもレシピに完全に忠実に従えたらとびきりのショートケーキを作れる可能性もまあなくはない。

他の教科はそもそもの基礎を知らないとどうにもならないという点で分が悪すぎるのだが、魔法薬学だけはまだ頑張れば基礎がなくてもできる可能性がある。まあそれでもメレンゲってどれくらい泡立てればメレンゲとして成立してるのかを知らないとお話にならないみたいに、基本が抜けているから出来は酷いもんなんだけど。



「ぐへー」
「おいおい大丈夫かよ」
「ぐへー」


予定では若草色になるはずだった液体は、何がよくなかったのだろう。混ぜても混ぜても混ざらない、あまりにも意思の強すぎる白い斑点模様のついた暗い緑色のものとして完成された。うまく混ざれば色だけはそれらしくなりそうなのになー。


なんとか混ざってくれないかなー、クソー、と思いながら魂の抜けた顔で鍋をかき回していると半笑いのシリウスに声をかけられる。くそっこのイケメンが半笑いやめろよいっそ普通に笑い飛ばせよ。


「惜しいなあ、でもアオイ筋はいいと思うよ?どの教科よりも良い出来じゃないか」
「そうかなあ」
「もっと基礎を慣らしていったら、どれくらい赤色になれば混ざったことになるとか、どのくらい泡だてばちょうどいいとかがわかるようになるんじゃないかな」
「ムムー」


その様子を見ていたらしいリーマスがいつものような優しい笑顔で励ましてくれた。彼の鍋の中の液体は綺麗な若草色になっている。ついでにいうとシリウスのものも。

はー、日本にいたときはわりと学校での成績はいい方だったんだけどなー、と思いながらため息をついた。


今日は帰ったらお菓子を作るし、チョコチップクッキー作りでストレスを発散しよう。
ありったけのもやもやとうっぷんをクッキーに込めてやるぜ・・・!(そんなクッキー食べたら体調悪くなりそうだな)






























「んー、こんなもんかなあ」

甘い匂いが部屋を包む。お菓子を作るのは好きだけど、焼き菓子はいつも焼き加減に少し不安になる。慣れ親しんだ家のオーブンじゃないから、余計。

授業が終わったあと、いつもならみんなとのんびり遊んだりするけど今日は部屋に直行して現在お菓子を作っている。
実はいよいよ明日がバレンタインデーなのだ。今日中には作り終えないと。


こんなものでいいかなーと悩みながら焼きあがったクッキーを取り出した。うーん、我ながら美味そうである。


「できたの?」
「うん」
「食べていい?」
「バターと馴染むまでだめー」


改めて焼き加減を確認していると、リドルが覗いてきた。うん、まあこの感じなら大丈夫だろう。そう思いながらわたしは第2弾を焼く準備に取り掛かる。


「どんだけ焼くの」
「いっぱい」


その様子を見ていたリドルはため息をついた。



「そんなに媚を売りたい相手がいるの?」
「はは、クッキーくらいで媚売れるんなら安いもんだな。違います〜」

わかっている、最近リドルは機嫌が悪い。
わたしがリーマスとホグズミードに行くからなのか、ヴォルデモートさんにお菓子をあげるからなのか、その他大勢にお菓子を作っているからなのか、それとも全部のせいなのかはわからないけど。



「なんかさ、懐かしいのよ。もうずいぶん昔のことみたい、友達とこうやってお菓子作って交換してたのが」
「・・・」
「ここはイギリス、国が違うから当然文化も違うんだけど。なんかやりたくなっちゃったんだよね、もう友達とは誰も会えないから」


天板の上に生地をいい感じに置けたので、改めてオーブンに入れながら話した。
こういう弱音みたいな本音を漏らすと、リドルはいつも少し押し黙る。



「どうせリドルに一番に渡すんだから、しっかり美味しく食べてよね。あ、ホワイトデーは3倍返しでお願いします〜」
「馬鹿じゃないの、僕はプレゼントの用意なんてしようがないけど」
「ご飯作ってくれるとか、マッサージとかでいいよ!」
「勉強なら今までの3倍教えてあげるけど?」
「いや、それは、いいや・・・」



軽口を叩けるこの関係はとても楽だった。

わたしの元いた日本でも、わたしのいないあの世界でも、わたしの友達たちはまたいつも通りお菓子を交換しているのだろうか。懐かしい光景を思い出して、少し泣きそうになるのをリドルの手前、こらえた。



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