ノスタルジックな憂鬱



ーーー懐かしいという感情は、どうすれば払拭できるのだろうか。


イギリスの二月はいつだって天気が悪い。
にやけた顔でアブラクサスが運んできた、不器用に小包に入れられたクッキーを一つ摘んでヴォルデモート卿は思った。


今の時間はホグズミードにいるだろう。窓の外の粉雪ちらつく曇り空に視線をやる。
今日アオイがとあるグリフィンドール生と二人で出歩くことは知っていた。癪に触るが特段気には止めない。どうせあの女は自分の手中にある。


とはいえ眉間に皺が寄るのを感じながら、不細工なクッキーを口に入れた。

素人の作る菓子というのは、どれもこんな野暮ったい味がするのだろうか。甘ったるくてどこか懐古的で、齧るとほろりと粉が舞いそうになる。

記憶の中のそれはもう少し自分好みの味だったように思った。きっとそうなるよう調合していたんだろうと思うと長い息を吐きたくなる。


・・・彼女は無知を装うのがとにかく苦手だった。純情ぶった作り笑顔を何度くしゃりと潰してしまいたくなったことか。

世の不条理を綺麗事で塗装し、丸めてまるで輝くものかのように見せてくるあの女は詐欺師然としていた。
それも、処女を装う母親のような、滑稽で矛盾したものだった。

あとどれくらいの年月が経てば本物のお前と出会うのか。いつ歯車は噛み合うのか。その頃お前はどれ程汚れているのか。そもそも、本当に、噛み合うことなどあり得るのか。


見つかるはずないと思えば見つかった。見つけられてしまったこともあった。そのくせ何の言葉もないまま互いに全てを遮蔽した。





















「わあー、かわいいお店ー!」

リーマスに案内してもらい到着したカフェは、とても可愛らしく雰囲気の良いものだった。
路地裏というわかりづらいところにあるため、他の店ほどは混んでいないようだ。隠れ家的なお店なんだろう。木製の小さな扉には取っ手がついていて、リーマスがそこを握って開けてくれる。先に入るよう促されたのでそれに甘えて店内に飛び込むと、少し湿度の高いあたたかさに包み込まれてホッとした。外は本当に、凍てつくような寒さだった。


「何名様ですか?」
「2名です」

わたしたちの存在に気づき声をかけてきた愛想のいい店員に穏やかな笑顔で返したリーマス。寒かったようで鼻の頭が赤い。きっとわたしも同じだろう。はやく温かいものを飲んであったまりたい、と思った。ぶるりと体が震える。本当に寒いのには弱い。


「寒かったでしょう。そこの暖炉の前のお席にどうぞ」

それを見た店員に特等席を勧めてもらい、これ幸いとリーマスとそちらに向かった。こんなにいい席が空いてるなんてついている。いそいそと腰掛け暖炉に手をかざした。
あったかい・・・。暖かさで心までほぐれた気がする。パチパチと薪が燃える音は、耳まであたためてくれる気がした。防寒具を脱ぐ間も惜しんで暖をとるわたしにリーマスはクスリと笑う。ちょっと恥ずかしくなったので、とりあえずマフラーを外してコートのボタンに手をかけた。


「寒かったね」
「本当に・・・暖炉ありがたいね」
「ラッキーだったね。あ、コートとマフラーもらうよ」
「わっごめん!ありがとう!」


それを見たリーマスがハンガーを持って声をかけてくれた。頼りっぱなしで申し訳ないな、と思いながらもお言葉に甘える。
まだこどもなのに本当にできる男だな・・・。わたし何もやってないのに・・・スマン・・・。


「なに頼もうか?僕はクリームブリュレにしようかなと思うんだけど」
「あー、美味しいって人気なんだよね?わたしもそれにしようかなあ…」

ごく自然な仕草でメニューを向けてくれるリーマス。たしかにクリームブリュレが一番人気なようで一押しというコメントが書かれていた。
しかしその下にバレンタイン限定メニューのガトーショコラがあり、それも非常に美味しそうで惹かれる。

うーんとわたしは大人気なく口を尖らせて考え込む。限定という言葉はどうしてこうも魅力的なのか・・・。

そうしているとリーマスがクスクスと笑った。それに反応してメニューから目線を外しリーマスのほうを向くと、彼は優しげな瞳でこちらを見ていた。


「ガトーショコラも気になる?」
「ハッ!なぜわかるの!!」
「ふふ、そりゃガトーショコラとクリームブリュレを見比べてそんなに難しい顔をされたら誰だって気づくよ」
「は、恥ずかしい…」

そんなにわかりやすかったかしら、と両手で頬を包むようにするとリーマスが優しく笑った。・・・やっぱりカッコいいなあ、めっちゃいい子だし。彼氏にするならこういう男を選ぶべきなんだろうなあと思う。トンクスの気持ちがわかるような気がした。ごめんな、こんな素敵なリーマスとわたしみたいなちんちくりんがデートなんてしちゃって…!でもまだ君生まれたか生まれてないかくらいの年齢のはずだから許してな・・・!!


心の中で謝罪していると、リーマスはわたしがまだ悩んでいるんだと思ったらしくまた苦笑した。はっいけない、決めないとと思考を慌てて戻す。どっちにしようともう一度悩み始めたとき、リーマスはまた柔らかく笑った。


「まったくしょうがないなあアオイは。でも僕もガトーショコラは気になるから、よかったら半分こする?」
「えっいいの?!」
「うん、アオイがよければ」
「願ったり!!!」


勢いよく頷くと彼はまた笑った。リーマスと一緒にいるとなんだか穏やかな気持ちになる。レギュラスと一緒に勉強をしているときもそんな感じになるんだけど、本当に癒してもらっているんだろう。ありがたい。

そしてわたしたちは店員さんにガトーショコラ、クリームブリュレ、キャラメルラテ、カフェラテを注文した。





















暖炉に手を向けてあたたまったり、店内をキョロキョロしては可愛らしいインテリア雑貨を見つけて嬉しそうに報告してくるアオイはかわいらしくて、なんだかまるで付き合いたての彼女とはじめてデートに来たかのようなくすぐったい気持ちになった。

女の子とふたりでカフェに来るなんて数ヶ月前だったら有り得なかったのになあ、なんて考えるとなんだか不思議なきもちになる。突然現れたアオイは、いつのまにか当然のように僕たちと行動を共にしていた。
魅力的な女性だと思う。ちゃっかり女遊びはしながらも、恋愛事にはとんと無頓着だったシリウスが好きになるのも、・・・わかる。

口をつけた水がレモン水だったことに気づき、喜ぶ彼女は年上にしてはあまりにも幼く見えた。

でも別に浮世離れしているわけでも、ぶりっ子だとか天然だとかってわけでもないんだよなあ。小さな幸せを見つけるのがうまいというか、ポジティブにハッピーに生きているというか。


僕なんかには眩しすぎるな、と純粋にそう思った。だけどそれで終われないのは、時折ちらりと彼女から顔を出す苦悩や苦心に勝手に親近感も抱いてしまっているからだろう。
だからきっと僕はいまこうしてしまっている。本来なら、僕みたいな半狼が女の子とふたりでどこかに行くなんてあってはいけないんだという分別がついているはずだから。やめておけ、傷つくだけだし無意味だと、わかっているはずだから。



「お待たせいたしました」

気分が落ち込んでしまいそうになっていると、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
先程頼んだラテができたようだった。店員に礼を言うと、アオイはそれより大きな声で被せてきた。同じタイミングだったね、と思わずクスリと笑ってしまう。どうしてこんなに気持ちが浮かんだり沈んだりしてしまうんだろう。誤魔化すようにラテを飲み込む。
じんわりと口内に広がるほろ苦さが少し切ない。

そのまま黙って啜っていると、アオイがおずおずと口を開いた。


「…本当に今日はつれてきてくれてありがとうね!いろいろいっぱい調べてくれたんだよね、きっと。
ちょっと疲れてるよね?ごめんね、わたし任せっきりにしちゃって」

眉を下げた彼女に申し訳なさを感じる。ああ、ちがう、僕は僕の勝手で落ち込んでいるだけで・・・なんて返そう、適切な言葉を脳みその中で探る。


「いや、ぜんぜん、あの、その・・・こちらこそ一緒に来てくれて本当に嬉しいんだよ!ありがとう」


少しつかえながら言ったその言葉は本心だった。
もっとうまいことは言えなかったのか、そう思うと少し頬が熱くなる。それを見てアオイは嬉しそうな顔をした。そして機嫌よく一口自分の頼んだラテを口に含む。

そして、飛び跳ねるように体を震わせ目を見開いた。


「!!!すっっっっごいおいしい!」


あまりの勢いにびっくりする。そ、そんなに?大げさでは?なんて思いながらじっとアオイを見ると目がキラキラ輝いていた。
・・・これは本当に、このラテに感動しているようだ。


「ね、リーマスもこれ飲んでみない?きっと疲れも吹っ飛ぶよ!いやわたしが疲れさせてんのかもしんないけど!!」

突然勢いよく話したアオイは自分のラテを僕の方に渡してくる。少しその圧に飲まれながらも、いいの?と聞くとおいしいから!と頭をぶんぶん振ってきた。

・・・一瞬しおらしいことを言っていたのに、次の瞬間にはこれだ。
なんだかもう、いろいろ考えるのが馬鹿馬鹿しくなって少し笑ってしまった。
お言葉に甘えて飲んだラテは思っていたより甘くあたたかく、喉元を通って腹の底まであたためてくれるような感覚がする。
僕のも飲む?と自分の分をそちらにやると、アオイはとびきり嬉しそうに礼を言った。

…5歳も年上のアオイがこんなにわかりやすいんだから、僕ももう少しくらい素直に生きてみてもいいのかもしれない。
ふとそう思って、いやそういうわけにもいかないだろうと思い直して、でも・・・とまた思考の海に沈みそうになったタイミング。

また店員が見計らったかのように頼んだガトーショコラとクリームブリュレを運んできた。今度の匂いは鼻腔を通って食欲のほうをくすぐってくる。

興奮したように頬を染めて顔中に期待を浮かべるアオイを見て、ああ、やっぱりもうちょっと僕も素直に生きるか・・・と、今まで一度も選ばれたことのない選択肢が初めて勝利するのを感じた。

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