ほろにがホワイトデー


すうすう眠るアオイは寒いのか体を丸めていた。掛け布団の上の毛布が落ちてしまっていたのでそれをかけ直してやる。

あどけない顔はあまりに幼く、そっと髪を梳いてやると気持ちいいのか少し微笑んだ。たまらなくなって自分もとなりに寝転がり腕を彼女に乗せ軽く抱きしめる。

布団との密着度が高くなったことで暖がとれたのか、丸くなっていたアオイは少し体を伸ばした。自分に体温がないことなど重々わかっているのに、まるで自分が温めたかのような錯覚に陥る。


「(どうしたものかな)」


昔、そう、それこそ最初はこうやって側にいることこそが望みだったように思う。けれど人間の欲望には底がない。
アオイを簡単に腕にすることができるようになったこの体はあまりにも不便が多く、彼女が望むことを何一つだってしてやれないのだ。

魔法も満足には使えないし、自由に使える金もない。ただこうして、ずれた布団を戻したり魔法を教えたりするだけの存在。
いつかの約束を果たすにしたってこんな状態ではどうにも気が進まなかった。


そっと額に口を寄せるとアオイは少し身じろぎをする。何年何十年と経ってもちぐはぐなままの運命を呪わずにはいられない。


彼女の魔力を吸うと体だけでなく心まで満ちる気がした。だけどそれは一時的なもので、根本的な歪みを解決しないことにはこの虚無に終わりはない。

もう一度髪を撫でてやり目を閉じる。
規則正しく立てられた寝息を邪魔しないよう一度だけ軽く口づけをした。































んわぁああぁあ!!!
「うるっさ」


眼が覚めるとリドルが目の前にいた。
ここ最近そんなことがなかったので完全に油断していた。心底驚いて大声を出すとリドルは嫌そうに眉を顰める。いや嫌ならやめてくれんか???こちとら頼んだ覚えはないぞ???


「ちょっと何してるの!!!わたし何されたの?!」
「何って特段。君が経験していないことはしてないよ」
「ねえわたしわりとあなたにいろんなことされてますよね!?」


悪びれもなくそう言い放つリドルにわたしは目を白黒させる。わたしあなたに初対面でディーーーーーーーップなキッスされたの忘れてませんからね?これぜったいちゅうはされてるな???


混乱するわたしを無視してふぁあとあくびをしながらベッドの縁に腰掛けるリドル。わたしは念のため体に異常がないか、パジャマのボタンは外されていないか、変な痕はつけられていないかを至急確認した。よかった、特に異常は見当たらない。

ほっと胸を撫で下ろすと、リドルは呆れたように言った。


「別に布団剥ぐようなことはしてないよ。そんな勘繰らなくても」
「ねえそれ布団剥がずにできることはしたっていう自白だよね???」
「・・・早く用意したら?今日休みだけど朝ごはん食べられなくなったら嫌でしょ」
「(ぜったいそうじゃん!!!)」


全く急になんなんだ、そう思いながらも実際問題時間はギリギリなのでわたしは用意に取り掛かる。なんなんだいったい、発情期?まあ18歳男子の肉体ならしょうがないのか?実年齢いくつなんだって感じだけど。
そう思いながら着替えと洗顔・歯磨きをするため洗面所に向かおうと立ち上がるとリドルに呼び止められた。



「ねえアオイ」
「なに」
「ほしいものある?」
「ハァ???」


いきなり意味がわからないことを言われてただでさえ機嫌が悪いわたしは思いっきり怪訝な顔をする。そんなわたしを見てリドルはひとつため息をつき、続けた。



「今日、ホワイトデーでしょ」


予想外の言葉にわたしは目を瞬く。えっ、リドルそんな日本の文化知ってたの?
さっきまでの怒りも忘れてわたしは一瞬考えた。ほしいもの?ほしいものかあ。
ホワイトデーとしてなら普通にお菓子とかをもらえると嬉しいけど、でもリドルお金とか持ってないだろうしなあ。そう思いながら頭を掻く。


「別になにもいらないよ、っていうかよく知ってたねホワイトデー。あれいつものお礼だし気にしないで」
「一応ホワイトデーサービスのつもりでいつもと違う朝をプレゼントしてみたんだけど」
「ごめんそれは完全に厚意の方向が間違ってるからやめて」


そう言ってわたしは改めてリドルに背を向けて洗面所へと向かったのだった。リドルがぼふんとベッドに突っ伏して物思いに耽っていることなど知らず。































その後いつも通り仕掛人達と朝ごはんに行き、オートミールを食べているとふくろう達が郵便物を運んできた。
通販でも頼まない限り私には何も来ないので気にせずにいると(さすがにこの光景にも慣れたし)、何やらやたらと大きな包みがわたしの元へ運ばれてくる。今までなかったことに驚き、なんじゃこりゃと思いながら受け取ると他にも追加で小さな小包が三つやってきた。
なんだなんだ、と混乱しながら差出人の欄を見るもどれひとつとして記載がない。だが宛名は自分で間違いないので困惑する。
いや、わたし荷物送ってくるような知り合いいませんけど・・・。


「どうしたのアオイ、一人だけ遅れてクリスマスでもやってきたの?」


ジェームズもびっくりしながらわたしが抱く包みの山を見ている。そりゃそうだ、仕掛人の皆様はわたしに学外の知り合いがいないことを知っているんだから。
しかしそれでもこの一番大きい包みにはなんとなく思い当たる人物がいた。ゴシック調と厨二病とシックとゴージャスのちょうど中心に位置するような装飾、なおかつこの大きさ、そして無記名。もしかしてヴォルデモートさん?というかそれくらいしか検討がつかない。ただこんなに贈り物をされる理由はまったく不明である。

けれどもその名前が頭に浮かんだ時点で自分の部屋に帰ってからじゃないと確認できないや、とわたしは残りのオートミールを掻き込んだ。


「なんか大量に買い物したりした?差出人のない小包が4つなんてどうしたんだろう」
「まさか突然ファンがわいたとかじゃ」
「で、でも今日、特になんの日でもないよ、」

リーマス、シリウス、ピーターも驚きながら段ボールを見ている。そして最後のピーターの言葉にもしかして、とわたしは閃いた。


・・・これ、もしかしてホワイトデー?


実はホワイトデーってイギリスでも浸透してるの?と一瞬考えたが仕掛人やその他友人の様子を見るとそうではなさそうである。あまりにも普通の1日だったからこそ、リドルに今日がホワイトデーであることを言われたにも関わらずまた綺麗に忘れてしまっていたのだから。

しかしまあそれしかないだろう、プレゼントがこんなに送られてくる理由なんて。とりあえずわたしは食事を終えたので、よろよろと荷物を運びながらいったん自室に戻った。仕掛人達に手伝いを申し出られたが、予想通り差出人がヴォルデモートさんだったらまずいのでわたしは丁重に断って一人で部屋へ戻った。























「ひゃー、やっぱり」


大きな包みを開けてみると、中にはヴォルデモートさんの署名入りのメモがあった。
入っていたのはワンピース。めちゃめちゃかわいい春用のもの。まだイギリスは寒いけれど、それでも少しずつ春の気配を感じ始めていたのでとても嬉しかった。ふんわりとした白いワンピースは金糸で刺繍が施してありとても美しく、フリルがふんだんに扱われている。
ものすごいかわいいし高そうだけどいつどういうタイミングで着よう、そもそも着ていくところないぞ、などとと思いながらとりあえずハンガーで吊るしておいた。また夜に改めてお礼を言わないと。
しかし、あんなショボいクッキーでこんなステキなものをいただいてしまうなんて・・・申し訳なさでいたたまれなくなってきた。

次いで三つあるうちの一つを開くと、なんとルシウスさんからだった。紅茶の詰め合わせである。
メモが入っていたので読むと、「父上から日本の文化を聞いた」と書いてあった。なるほどアブラクサスさんに指導されたんだろう。そんな気を遣わないでいいのに申し訳ない・・・と思いながら、どこかルシウスさんのと似たような小包を開いてみる。中身はやはりアブラクサスさんで、こちらはお菓子の詰め合わせが入っていた。感謝。
せっかくなので今度ルシウスさんを誘ってお茶会でもしようかしら、と考える。いやまあめっちゃ嫌がられそうだけど。わたしも嫌だもん、間が持たなさそう。


そして最後の一つを開ける。
どこかポップでかわいい包みを開くと、中には可愛らしい文具セットが入っていた。差出人はアルバス・ダンブルドアである。
手紙が同封されていたので開けてみると、「バレンタインデーは美味しいクッキーをありがとう。君が勉学に励む役に立ちますように」と書いてあった。ありがとうダンブルドア。勉強頑張ります。



予想していなかったプレゼントの山にわたしはとても嬉しくなった。もちろんこんな大層な、申し訳ない、とは思いつつもやはりプレゼントをされるというのは嬉しいことだ。しかもどれもセンスがいいから尚更である。
せっかくだし、とわたしはヴォルデモートさんにもらったワンピースを手に取った。こんなにかわいいワンピース、似合わないかもしれないけれど一度着てみよう、と洗面所へと向かう。

そしてドキドキしながら袖を通したそれは、やはり非常にかわいらしくて心が踊った。自分はやっぱり女の子なんだなあと思う。ふわふわと広がるスカートにときめいてわたしは何度もくるくると回ってしまう。

そうすると扉の向こうからリドルが声をかけてきた。



「いつまで着替えてんの、出てきたら」
「えっ・・・でもかわいすぎて恥ずかしい」
「じゃあ脱いだら」
「それもいや」

そう答えるとリドルはハァーと呆れたようにため息をついた。しょうがないではないか、乙女心とは複雑なものなのである。
そう思いながらまたくるくると回っているとガシャッと扉が開いた。びっくりする間もなくリドルが覗いてくる。



「っわぁ!着替えてたらどうすんのよ!」
「着替えてないと踏んだから入ったに決まってるだろ。ふーん、いいんじゃない」


リドルはわたしの頭のてっぺんからつま先まで見てそう言った。貶されるかと思ったけれど素直に褒めてもらって拍子抜けする。
まあそりゃヴォルデモートさんとリドルは同一人物なんだから女に贈る服の好みもいっしょか。そう合点して洗面所から出る。ずっと着ていて汚したり皺になったらもったいないとは思いつつも、まだ脱ぐのは惜しかった。



「・・・よかったね。いろいろもらって」
「うん、お返しくるなんて思ってなかったからびっくりしちゃった・・・」



そう言いながらダンブルドアからもらった文具セットを見る。羽ペンや羊皮紙のセットもあったがマグルのわたしが勉強しやすいようになのか、普通のシャーペンとノートもあった。ありがたい、と思いながらノートをパラパラとめくる。

すべてのページの下部に「君の願いがすべて叶いますように」と印刷されていてなんだかあたたかい気持ちになった。



「・・・アオイ、僕からは何もいらないの?」
「え、リドルから?」


そのあとマルフォイ親子からいただいた紅茶セットとお菓子の詰め合わせを見ていると少し苛立った声色のリドルが言ってきた。
再度の質問に少し唸る。リドルからって難しい。彼に何を頼めばいいというんだ。



「うーん。いつも通り勉強教えてくれたらそれでいいよ。あっもうちょっと優しくしてくれたら嬉しいけど」
「・・・僕はいつも優しいだろ。他には?」
「他かあ」


なんて言うべきか困っているとリドルはじいっとわたしを見ていた。うーん、そんなに見られても困るんだけどな。本当に特に何もいらないし。ほしいものって難しい、そう思いながらダンブルドアにもらったノートにまた視線をやると「君の願いがすべて叶いますように」という文字がまた目に入った。

願いって、難しいよね。



「わかんないけど、これからもずっと一緒にこうやっていてくれたらいいよ」
「!」
「せっかくだしちょっと一緒にもらったお菓子食べない?紅茶もいれ・・・」
「本当にそう思う?」


いれるからね、そう言いながら紅茶セットと洋菓子のセットを手にして台所の方へ向かおうとするとリドルが突然背後から抱きしめてきた。

びっくりして固まっているとリドルは耳元に口を寄せる。



「君の願いがすべて叶いますように・・・か」


少しバカにしたようにリドルはダンブルドアからもらったノートブックに書いてある文言を読んだ。


その途端。



ガシッと突然右腕を握られる。どうしたんださっきから情緒が不安定だな、と思いながらリドルを見るとそのままリドルは目を閉じた。

何がしたいのかわからず、リドル?と名前を呼ぶも無視される。意味がわからん、と困りながら5秒くらい経った頃だろうか。



「できた」
「!」


右腕にはピンクや赤を基調として編まれたミサンガが出来上がっていた。



「どうしたのこれ」
「いま作った。お返しこれでいい?」
「いい?っていうかもうバッチリついちゃってるけど」
「簡単にはほどけないよ。意図的に切ることも不可能。願いが叶って切れるのを待つしかない」


なんだこの暴君、とびっくりしながらもまあかわいいから良しとするか、と思って見ているとリドルはわたしを抱く腕に一層力を込めた。





「君の願いを叶えるのは僕だから」




出来上がった紐を彼は愛おしそうになぞる。最近日本じゃ見ないけどミサンガってこっちじゃいまも人気なの?というかリドルの時代は人気だったのかしら。
そんなことを考えながらそれを見つめているとリドルはなぜか自嘲するように笑った。



「・・・こうやってずっと循環しているんだろうね」


その言葉の意味はわからないけれど、その声はあまりにも頼りなさげで。いつになったらいろんなことがわかるんだろうと思いつつ、わたしは黙って抱かれるままにしておいたのだった。




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