目の前には、たぶん100本くらい入ったバラの花束をわたしに向けて跪くジェームズがいる。
彼はキラキラと目を輝かせ、こう言った。
「急に呼び出してごめん。でも・・・僕押さえきれなかったんだ。
アオイ!僕と、付きあっ」
「黙れエイプリルフール小僧」
「ねーーーーーーわかってんならちょっとくらい乗ってくれてもいいんじゃないのーーーーー!?」
そう。
本日は四月一日である。
ホグワーツ魔法魔術学校は今日も平和だ。突然ジェームズに校舎裏に呼び出されたときはいったいどうしたんだと思ったが、わざとらしくバラの花束を構えられた瞬間ピンときた。コイツはそういうやつである。
「まったく。わたしだから勘違いしないけど他の女の子にやったら傷つくかもしれないよ、やめなさい」
「だからアオイにやってるんだよ!」
「はーそうかいそうかい」
ジェームズはわたしがたしなめてもどこ吹く風でニコニコしている。まあ確かにジェームズがわたしに告白してくるなんてあり得ないので、エイプリルフールじゃない他の日にされたところで「どうした?リリーに告白するつもりか?フィードバックがほしいのか?」としか思わないだろう。
やれやれ、とため息をついていると苦笑したジェームズが改めて花束を渡してきた。
「まあでも実際これはあげるよ!ちなみにこのバラお菓子でできてるんだ、ぜんぶ食べられる」
「え、いいの?まじで?」
「こういうのに付き合わせてしまった女の子にはそれなりのお礼をしなくっちゃね!」
ウィンクをされたのでわたしは遠慮なく受け取ることにした。じゃあ一緒に食べようか、とわたしはベンチを探す。少し歩いたところに見つけたので、ジェームズと二人でそこへ向かった。
「わーほんとだ、ぱっと見わかんなかったけど近くで見たらちゃんとお菓子だね、すごいよくできてる」
「だよねー。これ一回誰かにやってみたかったんだー」
バラの花束は薄い焼き菓子やチョコレートなどで作られていてとってもかわいかった。わたしはジェームズと並んでそれを一本ずつ取りボリボリ(茎が飴細工だった)と食べる。
「でもなんでまたわたしに?」
「ああそうそう、日本ではバレンタインのお返しをする文化があるってこのあいだ知ってさ!遅れちゃったけどちょうどいいかなって」
「え、こんな豪勢なものもらうと申し訳ないなぁ。ありがとう」
「こちらこそあのときはおいしいクッキーをありがとうね」
どうやら先日ホワイトデーの日にわたしがいろんな小包をもらったことを疑問に思って調べてくれたらしい。なんというか、お返しなどもらわない前提だったので自己満足にしょうもないものを配り歩いていたからちょっと気が引ける。まあでもとてもかわいくて素敵なプレゼントなのでせっかくだしありがたく喜ぼう、もう食べちゃったし。おいしい。
「しかしアオイ、一瞬たりとも真に受けなかったからちょっと傷ついたよ」
「ええー?あんなの真に受けるひといる?」
「ちょっとくらい悩んでくれてもよかったと思うけどなあ。悩まれた場合の謝罪もかねてこの花束奮発してるのに」
「そりゃー残念だったね」
ケラケラと笑うとジェームズはむくれた。お馬鹿さんだなあ、そう思っているうちに花びらの部分にたどり着く。チョコレートでできている薄い花びらは味も良かった。元いた世界にあればインスタ映え必至アイテムであろう。
「・・・やっぱあれ?僕じゃ恋愛対象に見れないから真に受けないのかい?」
「はあ?」
「僕じゃ、っていうか年下は恋愛対象外?一応僕たち5つくらい離れてるしね」
突然少し雰囲気が変わったジェームズにびっくりする。一瞬マジでわたしの好みを探られてるのかと思ったけれど、まあジェームズだしそれもないだろう。よくある世間話のひとつか、と思い直して口を開いた。
「んー。まあ13歳と18歳はねえ、冷静に考えると離れてるなーって感じするよね。みんな大人っぽいから普段はあんま思わないけど、恋愛ってなるとまたちょっと違うかも」
「基本的に同い年のほうがいいの?」
「うーん、どうだろうねえ・・・」
少し身を乗り出すかのようにして好みのタイプについて聞かれてびっくりする。同い年かあ、どうなんだろうなあ。あんまりそういうのについて考えたことがないというのが本音である。
ぼんやり悩んでみたが年下が嫌かと言われるとよくわからない。しかし同い年だからと言って7年生とかとどうこうなりたいかと言われるとそんなこともない。いや、そもそもその学年に知り合いいないんだけどさ。
人間はいろんな面を持っている。わたしが実際18歳でも自称しているのは13歳だし、みんなもわたしを13歳だと思って接してくれているんだ。
そう考えるとこのまま誰かと深い関係になったりしたら本質と微妙にズレが生じてしまうような気がする。この状況で恋愛とかって相当難しいのでは。
「とりあえず嘘ついてる状態じゃ恋愛できないから、わたしの本当の年齢とか生い立ち知ってるひととじゃないときついかなあ。・・・ていうかそうなると一生彼氏できる気がしないな」
「それじゃあ僕たち仕掛人しかいないじゃん、候補になるの!」
「いやー、あんたらと恋愛はないでしょー」
「でも僕ら以外でそれに当てはまるひといる?ダンブルドアは別でしょ、さすがに」
そう言われてわたしはグッと詰まる。なぜってそれは、該当者が他にもいるからだ。リドルとヴォルデモートさんが。ついでに言うとルシウスさんとアブラクサスさんも知っている。そんなこと口が裂けてもジェームズには言わないけれど。
まあこの四人がわたしの生い立ちというかバックボーンについてどれくらい知っているかがわからないからなんとも言えないんだけどさ。
「・・・アオイってさ、どんな人が好きなの?」
「どんなって?」
「ほら、優しい人がいい〜!とか面白いひとがいい〜!とか」
「そりゃあ優しい人も面白いひともいいなあと思うけど・・・なにジェームズ、今日はやたらと掘り下げてくるね」
「ちょっとリリーに迫る際の参考にしようと思って!」
「わたしの話聞いて参考になるとは思えないけどなー」
しかしまあ、花束を受け取ってしまった手前それなりにちゃんと答えなきゃいけないような気がして考える。好みのタイプかあ。そういうのって漠然としてるよね。実際好きになってしまえばどうしようもなかったりするし。タイプなんて所詮タイプでしかないのだ。
「うーん、難しいねえ。結局好きになるときはなるもんだろうし」
「つまんないなーその回答。こっちに来るまでは彼氏とかいなかったの?」
「いやー、一応それっぽいイベントがまったくなかったわけではないけどそれどころじゃなかったというか・・・」
「っていうのは?」
「忙しかったっていうか・・・(オタク活動に)」
そう。振り返るとわたしの青春は基本的に2次元もしくは2.5次元で染まっていたのだ。しかもリドルに夢中だった。完全にリドルに青春を捧げた学生時代だった。
いやまあまさかそんなわたしがトリップしてリドルと同居みたいなことになるとは思わなかったんだけど・・・なんか出会い頭にちゅうされたしな・・・。
しかしなんというかリドルは推しとして恋をしていたというか、違う次元のひととして好きだったのでいまのリドルのことはそういう目でまったく見ていない。それもどうかと思うけど。
いやでもリドル、ホークラックスでもなさそうだし謎の存在だし、なんかどう考えても未知の物体すぎてそんな目で見ていいのかっていうのもある。そもそもそんな目で見ちゃってどうするの?一緒に住んでるのに気まずくなるだけだし、もし仮にわたしがリドルを恋愛感情で好きになって、万が一うまくいって付き合えるような状態になったとしてもリドルは現実に存在しているわけではない。
彼はわたしの部屋に住む地縛霊みたいなもので、それ以上でも以下でもないのである。
「恋愛かー、難しいなー。ジェームズはいいねえ好きな女の子がいて」
「何その年上とは思えない発言」
「いやーわたしにはまだしばらく無理だわ。そもそもこっちの世界に来てまだ日も浅いから覚えなきゃいけないこといっぱいあるし、勉強もたいへんだし、それどころじゃないなあ」
「ま、それもそうか」
わたしはうーんと唸りながら答え、二本目のバラに手を伸ばす。やはりよくできたそれは手の中に収まっていてもかわいらしく、女子としてときめかないわけがないなあと思った。
「・・・そういえば、日本って告白してから付き合うんだっけ」
「ん?ああうん、基本的にはそうだね。こっちはそうじゃないんだよね」
「うん、気づいたらそうなってるもんだからね」
「ひぇーーー文化の違いすごい」
イギリスというか外国は基本的に告白という文化がない。デーティングというお試し期間みたいなものがあって、それを経て付き合うのだ。具体的にいえば二人でデートを重ねていって、なんとなくそんな感じになり、手をつなぐようになりハグするようになり体を重ねるようになり・・・みたいな感じだ。
そういうのも日本人的にはあんまりよくわからないから他国で恋愛するって難しいなあと思う。
「こっちじゃよっぽど望み薄な相手にしか告白はしないからなあ。まあさっき僕はやったわけだけど?アオイに」
「あらじゃあ途中で遮らないほうがよかったかねえ」
「まったくだよ!もったいない」
プンプン、と効果音が立ちそうな感じでジェームズが言ってくるのが馬鹿みたいでわたしは笑った。
いやあでもやっぱり日本人としては言葉がほしいな。付き合ってからじゃないと手を繋いだりハグしたりとかもできないし(リドルにはしょっちゅうハグされてるけど)。こっちでは付き合う前に体も重ねてその相性まで含めて判断したりするみたいだけどさあ。
「告白なしで付き合うってすごいなーってわたしは思っちゃう。言葉がないとわからないことってあるじゃん」
「そうかな?僕は愛情表現は言葉だけじゃないって思うけど。感じるものだけで十分だったりしない?」
「ほー・・・新しい・・・」
そういうの、気持ちを態度で表すのが苦手な日本人には難しいから告白って文化が生まれたのかもしれないなあと考える。
言葉はなくても愛情は表現できる、・・・か。
ふとわたしは自分の腕についたバングルとミサンガを見比べる。
バングルはリドルがいつだってそばにいるということの証であり、ミサンガはリドルいわくずっと一緒にいようという印だそうだ。
そう考えているとわたしは、リドルから相当な愛を受けているのかもしれない。
いやむしろそうなると、毎日忙しいだろうに欠かさず夜にわたしとの時間を作ってくれているヴォルデモートさんからも・・・。
「(なんていうのは思い上がりか)」
あの人が、リドルが、わたしに求めているものはいったいなんなんだろう。
きっといつかはわかるんだろうけれど、その蓋を開いて中身を見るまできっとわたしとあのふたりの関係は平行線で宙ぶらりんなままだ。
はやく知ってしまいたいとは思う。けれど知ってしまっては戻れないのだろうとも思う。
それでもパンドラの箱を開けてしまうのが人間という愚かな生き物だ。
わたしは、もし、そのときがきたら。
いったいどうなるんだろうか。どうするんだろうか。
そんな思考の海に潜っていると、ジェームズがいつも通りの明るい声を出した。
「まあでも楽しみだな、アオイがどんな人に恋をするのか」
「ええ、そう?」
「うん!気になる人ができたらまずは僕が面接してあげるよ、アオイ男運なさそうだし」
「ちょっともう痛いところつくのやめてくんない?」
そうやってくだらないことで笑っているうちに二本目のバラを食べ終えたので、談話室に持って行ってみんなで食べようということになった。
ジェームズとずいぶんあたたかくなった校庭を歩く。春の匂いがする。
いつかわたしにもこの世界で好きな人ができて、その人と恋をして、付き合ったり結婚したり子供を産んだりするんだろうか。
わたしはここで家庭を築いて天寿を全うするんだろうか。
「(なんというか、想像つかないなあ)」
まだどこか、この世界に馴染みきれてはいないらしい。
「たったたたたいへんですヴォルデモートさん!わたし!なんと!成績不良でホグワーツを退学になります!」
『そうか。では今すぐ荷物をまとめてマルフォイ家に向かえ、俺様の屋敷で一から厳しく魔法を見てやろう』
「え、エイプリルフールですようヴォルデモートさん・・・」
『嘘をついていいのは午前中までだったはずだが?』
夜の通信の時間。
せっかくだし何かヴォルデモートさんに嘘をつきたいなあと思ったのだけれど至極冷たく返されて(いや逆に手厚いのか?)わたしは完全に小さくなるしかなかった。
嘘をついていいの午前中までって知ってるけど、ヴォルデモートさんとは夜にしか話せないからいまつきたくなったんだもーん・・・。
「ごめんなさーい」
『フン。くだらないことを言うんじゃない、まあ退学にさせられたほうが都合はいいかもしれんがな』
「いやですよう、ホグワーツちゃんと卒業して立派な大人になりたいです」
『・・・ほう、そうなのか』
縮こまりながら言うとヴォルデモートさんはこちらに視線を寄越してきた。なんだかその目線が意味深な気がしてわたしは首を傾げる。え、そんなにわたしがちゃんと卒業するの変なのかしら。
『卒業してどうしたいんだ?何かしたいことでもあるのか』
突然そう聞かれてわたしは言葉に困る。今日はなんというか普段ちゃんと考えていないことをよく聞かれる日だなあ。
「いや、そんな特段何がしたいとかはまだないんですけどー・・・やっぱり学校は卒業しておきたいなあ、みたいな」
『そうか』
「まあこの成績じゃ無事に卒業できるかどうかも謎ですけどねえ」
たははー、と頭を掻くとヴォルデモートさんはやれやれといった顔をする。この人は表情筋が固いが、毎日通信をしていればさすがにいまどういった感情なのかは少しずつ読み取れるようになってきた気がする。だいたいあれだけど、呆れられてるかちょっと不機嫌かちょっと嬉しそうかの3パターンだけど。
そういえば、一番最初にリドルとお屋敷に行ったときはあれだったな、けっこう怖い感じもあったな。やっぱ迫力ある人だし。いまはそんなに怖いとか思わないんだけど。
そう少し前のことを考えているとヴォルデモートさんが口を開いた。
『イースター休暇で一度屋敷に来るか?』
「えっ?」
『ホグワーツの抜け道ならいくつか知っている。場所によってはアブラクサスを迎えにいかせよう。その際に勉強なら見てやらんこともない』
突然のお誘いにわたしは目を見開く。え、え。イースターはたしかにお休みだけど、でも誰も学外には出ないし、わたしが消えたのみんなにばれちゃうのでは・・・?
少し悩むも好奇心が勝る。この前ワンピース送ってもらったからそれも着て見せたいし。それに、どちらにせよまたヴォルデモートさんとはちゃんと会って話したいなと思っていた。ずいぶんよくしてもらってるし、やっぱり、その背景が気になる。
「ば、ばれませんかね・・・ご、ご迷惑でないなら、行きたいです」
『そうか。では諸々手配しておこう、また明日以降に詳細を伝える』
「は、はい!」
ホグワーツを抜け出してヴォルデモートさんに会いにいくなんて、本当にまずいことだとはわかっていた。
だけどどうにも止められない。パンドラの箱だって玉手箱だって、開けてみるまでただの箱。
わたしはゴクリと唾を飲む。
川の水も、入ってみるまでほんとうの深さはわからない。
好奇心は猫をも殺すという言葉が頭に浮かんだけれど、わたしは気づかないふりをしてヴォルデモートさんに笑顔を返した。