甘い蜜に溺れる



「あと3回だ」
「いち、にい、さん」
「そうだ。この色がベストの状態だ」

どうも皆さんこんにちは、闇の帝王の本拠地にいますわたしです。あれだけ緊張し身構えていたのが嘘のように、ただいま帝王様に魔法薬学について普通にしっかりお教えいただいています。いやたしかに勉強しにきたけど本当にこんなちゃんとすると思わなかったから自分がいちばんたまげている。
友達の家で勉強してくるーみたいなやつってさ、実際ぜんぜんしないもんじゃん?????


「筋は悪くないがお前は根本が雑だからな。材料を刻むとき、鍋に粉末を入れるときのダマ、混ぜている際に鍋の端や器具についてしまう塊などにもっと注意しろ。そうすれば魔法薬学はそれなりにまともな点数を取れるようになるはずだ」
「はい!!!ありがとうございます」


ヴォルデモートさんの教え方は非常に丁寧でわかりやすかった。天才肌の人、賢すぎる人って物を教えるのは苦手なんだろうなって思っていたからけっこうびっくりしている。そういえばこの人は昔闇の魔術に対する防衛術の教師に申し出たことがあったはずだけど、実際なっていたら案外いい先生になったのかもしれないなと思った。いやまあもちろん彼の思惑は知っているからそんな妄想するのよくないってわかってるんだけどさ。



「・・・何を考えている」
「えっ?あ、いや何も!」


じっと顔を見つめられてわたしはハッとし、慌てて笑顔を作る。ああ、うーん、やっぱりリアルで対面するとこの瞳は少し苦手かもしれない。
本当に何もかもを見透かされてしまいそうで。わたしがわたしじゃなくなりそうで。


「一度休憩にするか」
「あ、はい!ありがとうございます」

ヴォルデモートさんが杖を一振りするだけで今まで使用していた鍋や薬品その他もろもろの器具が消えた。こんな魔法をわたしもいつか使えるようになるんだろうかと考えると到底無理な気がしてなんだか少し悲しくなった。
























「おいしい。ありがとうございます」


ヴォルデモートさんが入れてくれた紅茶はとてもおいしかった。杖を一つ振るだけで美味しそうなアフタヌーンティーセットが出てきて、まるで魔法使いみたいだと思った。いや魔法使いなんだけど。


(木苺かなあ)

くんくんと入れてもらった紅茶を嗅ぐと優しくて甘いかおりに包まれ、とても落ち着く。あまりにも快適すぎて、本当にこれでいいんだろうかという気持ちになってきた。しかしソファはふわふわで上質であたたかくて柔らかいし、目の前でただ黙って紅茶を口にするヴォルデモートさんは美しい。春になり暖炉はもう使われていなかったが、代わりに名前は知らないけれど見たことのあるかわいい花が飾られていた。窓から見える木々は青々としていて天気がいい。のどかだ。


「ヴォルデモートさん」
「なんだ」
「あの、このワンピース、ありがとうございます。気に入ってます。ヘアピンも」
「ああ」

既に通信時に言ったことだけれど改めてお礼を言おうと思った。ヘアピンは前に似合いますかと聞いたらそういうのは人を選ばん、とか言われたので(たぶん肯定である)このワンピースも似合っているか聞いてみようかと思った。同じような回答がもらえればいいなあ、なんて考えながら口を開く。


「ど、どうでしょう。ワンピース、似合ってます?」

個人的にはこれを着た瞬間ぱあっと顔色が明るくなった気がしたので似合っていると思っている。しかし普段こんなに可愛らしいものを身にまとったりしないのでどうにも緊張はしてしまっていた。彼はチラリとわたしに目線をやり、そのあとなんでもないかのように言う。


「ああ。お前のために選んだから当然だろう」
「!」


予想外の回答にわたしは少し驚く。ちょっと顔が熱いのでもしかしたら赤くなっているかもしれない。恥ずかしい。
ヴォルデモートさんからそんな言葉が出るとは思わなかった。それに、彼が黒色じゃなくて白色のものを贈ってくれたというのがなんだかなんとなく不思議だったから、わたしのために選んでくれたんだと知って胸の奥がこそばゆい感じがした。あ、どきどきする。



「・・・ヴォルデモートさんは」


いま、この雰囲気なら。

聞いてもおかしくないだろうか。



「どうして、わたしに。
そんなに良く・・・してくれるんですか?」


どきどき。どきどき。やっとのことで質問を口にしたわたしはティーカップを机に戻しヴォルデモートさんの方をじっと見る。
ヴォルデモートさんもわたしを見た。また赤い瞳とかち合う。

吸い込まれそうだ。
くらりとする。


ヴォルデモートさんがゆっくりと瞬きをした。その動きにすら目が離せない。美しい人だ。透き通るような白い肌には何ひとつとして粗がない。彼がまた瞬きをする。その音すら聞こえてしまいそうなほど長い睫毛。引き込まれる。

こんなに綺麗な人をわたしは見たことがない。リドルだって彫刻のように美しいし、当然ながらヴォルデモートさんとリドルは非常に似ているのに。なのに、全然違う。わたしもつられて瞬きをした。ヴォルデモートさんの目が少し細くなる。わらっている?きれいだ。もっと微笑んでほしい。そのためならなんでもできるかもしれない。あれ、でもどうしてこんなに端正なお顔のままなんだろう?本当ならーーーーーーー・・・


「ッ!?」


本当なら、そう思ったところで突然左耳が熱くなった。わたしはその温度に驚き体をびくりと揺らし、その勢いで耳に触れる。
えっ、何。なに?!なにがあった!?!?!?



「・・・初めて会った時からそのピアスをずっとしているようだが、それはいったいどうしたんだ?」

突然ヴォルデモートさんに聞かれてわたしは目をパチパチとさせる。え、これ?ピアス?ん?時空の管理人にもらったこれのこと?

しかし時空の管理人からもらいましたーなんて言えるわけないのでわたしはとりあえずとぼける。



「あ、これ、貰い物で。親からの」
「そうか。・・・珍しいもののようだ、大事にするんだな。そうやって肌身離さずつけておくといい」
「?は、はい。わかりました」


意味深な目で見つめられ、わたしは困惑しながらそのままピアスに触れつつ頷いた。な、なんで急に熱くなったんだろう。ていうかいったいなんの話をしてたんだっけ。

急にあたたかくなってぼうっとしてしまったのかな。まあ、昨日緊張してあんまり眠れなかったしな。だめだだめだしっかりしないと!そう思いながらわたしは紅茶に口をつけた。どうやら木苺のフレーバーらしい。甘くてかわいいにおいがするのに心を落ち着けてくれるので、不思議だなと思った。






















「あ、わたしもうそろそろ帰らないと」


夕暮れ時。
あのあとヴォルデモートさんに他愛もない学校での話を聞いてもらって、そろそろ帰るかという時間になった。

ヴォルデモートさんはとても穏やかにわたしの話を聴いてくれた。先生の話をしてもそんなことはなかったけれど、ホグワーツ自体の造りだとか装飾品の話をすると少しだけ目を細めるので、懐かしんでいるんだろうなあと思った。

もう少し一緒にいたかった気もしたけれど、でもゆとりを持って帰らないと万が一なにかあって夕食に遅れたら仕掛人たちが面倒だと判断したためそう切り出すと、ヴォルデモートさんもああ、と頷いてくれた。よかった。本当に特段何もなく、勉強を教えてもらって帰ることに成功した。ヴォルデモートさん、やっぱ思ってるよりいい人じゃん。



「あ、あの」
「なんだ」


帰る時間になり、ヴォルデモートさんがアブラクサスさんを呼び出す(なんかボタンみたいなのを押してた)のを待っているあいだに彼に声をかけてみる。
ヴォルデモートさんがこちらを向いてくれたので、わたしは勇気を出して口を開いた。



「ま、また・・・来てもいいですか?ここ」


どきどきしながらそう言うと、彼は唇に美しい弧を描いた。
あ、かっこいい。わたしはまるで溶けてしまいそうになりながらそう思う。リドルと、とても似ているのに。どうしてこんなに違うのか。



「ああ、いつでも好きにしろ」


返ってきた肯定にわたしは胸を高鳴らす。
ヴォルデモートさんといるのは危険かもしれないな、とわたしは頭の隅のほうでぼんやりと思った。



- 56 -