「やぁぁあああぁっと終わったーーーーーーー!!!!!そしてわたしも終わったーーーーーーーー!!!!!」
テスト用紙を回収され、もう口を開いていいと言われた瞬間わたしは大きく伸びをしてそのまま机に突っ伏した。もーーーームリムリムリムリ疲れた疲れたつっかれた!人生でいちばん勉強した気がする、死んだ死んだ死んだ!!!
「お疲れ様。ハンデがある分アオイは本当に大変だったよね·····まあ僕もそんなに自信があるわけではないけど」
「ううん、テスト直前までほんといろいろ教えてくれてありがとうねリーマス·····」
そうしていると左隣に座っていたリーマスが優しく声をかけてくれる。ああほんと君は世界でいちばんいい男だよ·····なんて考えていると、右斜め前に座っているシリウスも話しかけてきた。
「前日にめちゃめちゃマグル学教えてやったのは俺だけどー?お礼になんかねえのかよ」
「えーーーなんか買ってほしいもんでもあるの?通販できるお菓子とかになるけどそれいる?」
「·····いらないな。金はありあまってるし」
「シリウスは疲れきっているわたしをイラつかせてどうしたいの???」
眉間にシワを寄せながら言うとシリウスはハハッと快活に笑う。こうやっていると、イケメンなんだよなーほんと·····なんて思いながらわたしは筆記具をカバンに仕舞った。はー疲れた疲れた。ここのところ毎日徹夜続きだったしきょうはもう部屋戻って寝よー。そう思いながら大きな欠伸をしていると、少し離れた席に座っていたジェームズが早速立ち上がってこちらに寄ってくる。
「ねえ今日これから久しぶりにハグリッドのところ行かない?最近ご無沙汰だったしさあ」
「あーそれいいな。結局なんだかんだでアオイのことちゃんと紹介できてないまんまだしちょうどいいんじゃね?なあアオイ」
「え、ムリ。わたしこれから帰って寝る」
「はあ!?」
にこにこしながら確認してくるシリウスを一刀両断すると、彼は信じられないといった具合に大きな声を上げた。
「お前テスト終わったんだぞ!?そんなのもう遊ぶしかねえじゃん!」
「いやテスト終わったから寝たいんだよあんたわたしが最近何時まで起きてたと思ってるのもう限界よ」
「はは、確かにアオイすごいクマだね!こりゃ年齢もごまかせな」
「黙れジェームズ」
地を這うような低い声で言うとジェームズは怖い怖い、とシリウスの後ろに隠れる。まったく、本当こういうところがガキなんだから·····。
・・・それに、ハグリッドに会いに行くのは少々躊躇われるのだ。それはほんの数ヶ月前、わたしがこの世界にトリップしてきてすぐのこと。まだこの環境に慣れないわたしに少しでも知り合いを増やしてやろうとみんながハグリッドに紹介しようとしてくれた。そこで初めて彼に出会ったわたしは突然ぎゅっと涙ながらに抱きしめられ、・・・「アオイ」と何度も名前を呼ばれた。
けれどもきっと何か都合が悪かったのであろうリドルに、ハグリッドもろともみんなの記憶はかき消され。おそらく服従の呪文にかけられたハグリッドに追い払われてそれきりになっている。(とはいえわたし以外はちょこちょこ彼と会ったりしていたみたいだけど)
あの日わたしはきっといつかタイムスリップをするんだと確信した。そしてそこでリドルとハグリッドと出会うことも。そんなわたしがまたここで、彼と接していいのか悩んでしまう。・・・だってわたしのそばにはいつも·····いまも、リドルがいる。忘却魔法だけでなく禁じられている服従の呪文までかけてしまったハグリッドに、もう一度会っていいものなのか。危害はもう、十二分に加えてしまったあとなんだ。わたしは奥歯を噛みしめた。
・・・だけど、傍観者ではいられないと·····逃げてばかりではいられないと、そう身に染みているのも事実で。
「·····まあでもせっかくだし、ちょっとだけ顔は出してみようかなあ。すぐ帰って寝るかもしれないけど」
「そんなに眠いならハグリッドの家のソファで寝たらいいじゃん。たまにピーターそこで寝るよな·····っていうかなんならお前もう寝そうだな」
「僕も最近徹夜続きだったから·····いや、きょうは仮眠を取るつもりが気づいたら朝だったからわりと元気・・・なんだけど」
「わたしいまめっちゃピーターに親近感わいたわ·····」
またか、と笑うジェームズ・シリウス・リーマスとは違いわたしは深く深く頷いた。リーマスはもともとコツコツ勉強をしているから直前に焦って詰めたりしないし、ジェームズとシリウスは天才肌で乗り切ってしまうタイプ。
そんな中でずっと落ちこぼれをやってたピーター、まじで心が強いと思う·····わたしならムリだわ、と思いながらもう一度大きなあくびをした。
「おおーよく来たなアオイ!コイツらから話はよく聞いとるぞ、よろしくな」
二回目に会ったハグリッドは、あの日の涙なんてまるですっかりなかったかのように太陽のような笑顔を向けてくれた。·····あの日忘却魔法がなぜか効かなかったわたしは、少しだけそれに胸を痛めつつ笑顔を返す。
「こんにちは、ハグリッド。よろしくね」
「おうおう。おめえら今日までテストだったろ、お疲れさん。紅茶でもいれてやるからまあくつろいでいってくれや!そういやケーキもあるぞ」
「そのケーキほんとに食べて大丈夫なやつ?」
「大丈夫なもん以外置いてないに決まっとるだろうが!·····多分」
悪戯仕掛け人のみんなは、我が物顔でソファに座りくつろぎ始める。ハグリッドもそれに慣れているようで、特に何も言わず紅茶を入れてくれた。
・・・ああ、何を忘れさせてしまったんだろう。わたしとハグリッドにこれから何が起こるんだろう。いまのわたしはただ申し訳ないと感じるだけだけれど、もしかして未来のわたしは悲しむことになるんだろうか。
だってあんな涙ながらの抱擁、いままでの人生でされたことなんてないし。現時点じゃ憶測しかできないけど、相当仲良くなっていたのでは·····なんて考えてしまう。
「ほれアオイ。砂糖もいるか?」
「あ、うん。ひとつだけお願い」
「おう」
そんなことを思い巡らせているうちに、ハグリッドは角砂糖をひとつマグカップの中に落としてスプーンでぐるぐるかき混ぜて渡してくれた。彼の大きな手の中にあるとおもちゃみたいに小さかったそれは、わたしの手元にくると普通のマグカップだったのでなんだか視覚的に混乱する。
不思議だなーと見つめながらそれを口にすると、ハグリッドのほうから視線を感じた。
「・・・?おいしいよ、ありがとう」
「ああ。あ、いや。なんかおめえさん、知り合いに似てる気がして·····」
「えっ?」
そう言ったハグリッドはもじゃもじゃの髭に手を当てて、うーんと首を傾げて考え込む。
「いや·····でも・・・うーん、気のせいかな。誰だったか全く思い出せん」
「・・・そっか」
もしもここで彼が何かを思い出していたら、きっとリドルがまたひどいことをしていただろう。そうは思いつつも、わたしはなんだか少し残念で。黙ってその紅茶をまた啜った。
「で、お前さんらはホリデーはどうするんだ?」
「僕は家族でフランスに旅行するんだ!」
「そーそー。ジェームズがいないせいで今年は逃げ場がねえ」
「僕の家でいいならたまに遊びにおいでよ、シリウス」
「そうする・・・サンキュー·····」
ハグリッドに休暇の予定について聞かれて、にこにこのジェームズとは裏腹にシリウスは大きくため息をつく。そうかぁ。シリウス、家が嫌いだもんなあ·····苦労してるよね、ほんと。ちなみにピーターはソファで寝落ちしました。
「アオイはホグワーツにいるんだもんな。俺もそうできたらいいのに」
「まあ誰も生徒のいないホグワーツにいたところで暇だしシリウスがいたほうがわたしもうれしいけどねえ」
「いつでもここに遊びにきたらええ。俺はずっとここにおるからな」
「ありがと、ハグリッド」
とか言いつつもたぶん、ホリデー期間はちょこちょこヴォルデモートさんに会いに行くことになる。まあリドルは怒るだろうけど、それはもうほとんど決まったことだ。·····どちらの陣営にもいい顔をして、二兎を追う者は一兎をも得ず・・・になりそうな気も、するけどね。
「まあでも新学期の買い出しはせっかくだしみんなで行こうぜ。手紙書くよ」
「うんそうだね、楽しみ!」
「あーあ、お前の世界のスマホとやらがあったらいいのになあ。未来のマグルすげー」
シリウスは紅茶をすすりながらハグリッドには聞こえないように小さな声でわたしに言った。ハグリッドは嘘をつけないから、わたしが異世界から来たことは秘密にしておくことにしたのだ。
「あはは、でも手紙のやり取りなんて友達とすることないからわたしは楽しみだよ」
「そ?たりーじゃん」
彼は片眉を上げてそう言う。まあわたしも筆不精なほうだからわからなくはないけど、本当に面倒くさそうだったので思わず笑ってしまった。
・・・もうすぐ、ホリデーかあ。この世界にやってきて、なんだかんだでもう半年。あっという間に月日が流れて目が回るようだった。
3年生、終わってしまうのか。なんだか少し寂しいし、どうにも焦ってしまう。この世界に慣れるだけで精一杯だった。どう立ち振る舞っていくかも決めきれないままに。
「そうだアオイ、手紙出すときは地元で気に入っているお店のお菓子もいっしょに送るね。きっと気にいると思うんだ」
「本当!ありがとう、楽しみ〜」
「僕もフランスの写真いっぱい送ってあげる」
「写真よりおいしいものがいい」
「えー?全く色気がないなあ」
こんな穏やかな毎日を、ただひたすら。来年も、再来年も、続けていけたらいいんだけれど。わたしはそんな夢を思い描きながら、ぐるぐるとマグカップの中の紅茶をティースプーンでかき混ぜた。