あるところに


『別に魔法が使えるからってなにも特別なわけじゃないよ。能力のひとつ!だってわたしは運動もできなけりゃ絵も下手だし、歌も別に上手くないしね』

ある晴れた日。彼女はそう言ってカラリと笑った。


『でも魔法が使えたら、それらを手に入れることはできるだろう?それってつまり特別っていうことじゃないか。それに運動や絵、歌は特訓をすればそれなりに上達する。けれども魔法を使えない人間が魔法使いになることはないんでしょ』

それってつまり、劣っているってことじゃないの。


真っ直ぐに目を見てそう言うと、彼女はぐっと詰まった。
コイツはそんなに頭がよくない。随分と年下の僕にすら言い負かされる。だけど、特別だ。·····だって魔法が使えるから。

そう心の中で呟いていると、彼女は困ったように頬を掻きながらぽつりと言った。


『・・・わたしはもともと魔法使いじゃないよ』
『! どういうこと? 魔法使いは後天的になれるものじゃないんだろう』
『まあそうなんだけど、ウーン。わたしはいろいろ事情があってね。·····ーーは、魔法が使えないわたしは嫌い?』

そう言って彼女は屈み、僕に視線を合わす。東洋人特有の黒い瞳が僕を映した。


『·····いま、使えているんだ。そんな仮定の話に意味なんてあるの?』
『あはは。まあ、それもそうかぁ』

彼女は笑う。
いつも、笑う。

まるで、太陽みたいに。ひまわりみたいに。




『でもわたしは、魔法が使えなかったとしてもーーのことが好きだよ』
『・・・魔法が使えない僕なんて僕じゃない。僕は生まれたときから特別なんだ』


何をバカなことを、そう言うと彼女は僕の手を優しく握った。


『·····勘違いしたらだめだよ、ーー。あなたは確かに生まれたときから特別。でもそれは、あなたが魔法使いだからなんじゃない』
『?』
『ーーがーーだから。あなたは特別で、わたしはあなたのことが大好きなんだよ』


そう言って彼女は僕を抱きしめた。ふわりと優しいにおいが香る。人に抱きしめられるのなんて初めてかもしれない、と思った。あたたかくて柔らかくて心地よくて、何かいままで欠けていたものが埋まるようなそんな感覚。
その背中に手を回したかったけれど、どうしたらいいかわからず躊躇う。そんな僕の髪を彼女は優しく撫で、歌うように言った。


『だいすきよ、ーー。ずっと、ずっとね』


その言葉に胸が熱くなり、咄嗟に彼女の服の裾を掴む。すると驚いたように一瞬息を飲んだ彼女は、すぐに僕を抱く腕に力を込めた。

ずっと笑っていた彼女が、初めて泣いた。



どうして泣くの、そう聞いたら彼女は───────








「リドルー!いま何時ー!?」


洗面所からアオイが叫ぶ。大方顔を洗い終えたのだろう。

「11時半だよ」

答えてやると、ありがとうと言いながらどたどたと着替えを始める音がした。

今日から夏休み。アオイはこれから一週間僕の“未来”の姿であるヴォルデモート卿の元で過ごす。ダンブルドアには友人のところに泊まると言ったらしい。よくやるな、と思う。

ずっとサボっていたせいで昨日遅くまで身支度をする羽目になったアオイは予想通り寝坊した。このままじゃ約束に遅れると朝から大慌てである。まあアイツのところに行ってほしくなくて僕も今日は起こさなかったんだけど。(そして起こしたとウソは吐いたんだけど)



ぼうっと窓の外を見る。空は青く輝いていた。夏休みのホグワーツはこんなにも穏やかなのか。昔あれほど渇望した、この地。


「どう!似合う!?」
「まあまあ」
「褒めてよ!」

アイツに贈られたワンピースを身に纏い、アオイは笑う。質のいいレースに縫い付けられたビジューが窓から差し込む光に反射して煌めいた。


アオイはそっと優しく猫の卿を抱きしめ、お出かけだよ〜と声をかける。その姿にふと昔を思い出しそうになり、僕は顔を背けて魔法で卿を入れるキャリーバッグを開いてやった。



君は知らない、あの夏の記憶。
僕の過去、君の未来。

一生交わらない、僕と、君の。




「リドル、」


けれどもそうやって君はいつも僕を呼んで笑うから。僕はどうしたって、君を求めて止まないんだ。



第二章
裏表ラバーズにて

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