01


「やぁ恵に名前、よく来たね! 今日はテスト返却日って言ってたっけ? どうだった?」
「普通です」
「まあまあでした!」
「そっかそっか」

授業が終わり、伏黒くんと共に五条さんに呼び出された場所へ向かった。そこは外れにある廃ビルで、おどろおどろしい雰囲気である。そんなところで目隠しをした190cmの長身男性が「前の任務が早く片付いて時間余ってたんだよね〜」とか言いながらタピオカミルクティーを飲んでいたのでちょっと視覚情報に混乱した。昨日も思ったけど、ちょっとこのひと変わってるよなあ。

「今日はこっちも実地試験ってことで! 恵の実力はわかってるけど名前の方は確認してみたいんだよね。今日は僕の担当生徒と合流してもらって、任務に着いてもらおうと思ってるんだ」

ほら見て、バシバシに呪霊の気配するでしょ? よくここまで放置したよねぇと五条さんは笑う。楽しんでないかこのひと·····と思ったが、伏黒くんは慣れっこみたいで特に気にせず話を続けた。


「誰が来るんですか?」
「真希。恵もやりやすいでしょ」
「まあ」

これから来るのは真希さんという方らしい。年が近い女の子の呪術師かあ。ちょっと会うのが楽しみだ。どんなひとなの? と伏黒くんに聞いたら「呪具使いでめちゃくちゃ身体能力が高い」と返ってきた。あんなに強い伏黒くんがそう言うなんて、真希さんという方、相当なのでは·····。

なんてドキドキしながら待っていたら、五分と経たないうちにポニーテールで眼鏡をかけた背の高い美人さんが現れた。見た瞬間、歩き方からしてただものじゃないとわかる。身のこなしが、ものっすごく軽い·····。


「待たせたか?」
「うんもうめっちゃ待った一時間くらい待ったぁ〜」
「それは五条先生がたまたま暇してただけでしょう。俺たちはいま来たところです」

呆れ顔で言う伏黒くん。そうか、と言ったポニーテールの女の子は、次に「なんだコイツ」とばかりにわたしを見た。それに反射でにこりと笑ってなるべく元気よく挨拶をする。

「はじめまして、苗字名前です」
「·····禪院真希だ」
「よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げてみた。しかし顔を上げると禪院さんはこちらを向いておらず、面倒くさそうな顔で五条さんを見ている。


「·····おい悟、私は何も聞いてねぇぞ。誰だコイツ」
「あ、言うの忘れてた。名前は恵の同級生で、力があるんだけど呪術師のことはなんにも知らないひよっこなんだ。今日は実力をどんなもんか確かめようと思ったんだけど、同性だし面白そうだから真希にも付き合わせようかなって」
「面白そうで人を呼び出すんじゃねぇ。·····あーでもひよっこか、なるほどな。だからこんなにぽやぽやしてんのか。遠足にでも行くのかと思った」
「えんそく」

そ、そんなにわたし、緊張感がないかな·····?! けっこうドキドキしてるんだけどな·····?!?! そう思いながら思わず頬を押さえていると、まあいいかと禪院さんはため息をついた。·····なんか、このひとのことを禪院さんって呼ぶの、すごくよくないような気がするんだけど·····なんでだろう? 五条さんが真希って呼んでたからかな·····。

最近時折襲われるこのデジャブみたいな感覚に少し首を傾げる。そんなことをしていたら、禪院さんがわたしを見定めるような目をしながら聞いてきた。


「呪霊祓ったことはあんの?」
「あ、はい! 一応」
「どんくらい?」
「えっと、30体くらい·····です」

また少ないって言われるだろうか·····。そう思いながら禪院さんのほうを見ると、彼女は二度瞬きをした後ふぅんと呟いた。


「思ったより経験積んでるんだな。何にも知らないお嬢ちゃんかと思った」
「·····わたしそんなにぼーっとして見えます?」
「かなりな。なぁ恵」
「·····ノーコメントで」

なんだよ、と禪院さんは伏黒くんの腕を肘で突く。仲が良さそうである。·····しかしノーコメントって伏黒くん、それはもはや肯定してるようなもんじゃないかい? じぃっと伏黒くんを見ると彼は気まずそうに目を逸らした。あっこの、やっぱりぼーっとしてると思ってるな!
文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけれど、その前に禪院さんが首を鳴らしながら口を開く。


「じゃ、とっとと片付けにいこうぜ。名前は何ができんの?」
「呪霊操術が使えます! あと空手やってます!」
「へぇ。どんくらい強いの?」
「伏黒くんの足元にギリ及ぶくらいだと思います!」
「じゃあダメダメだな」

その言葉に伏黒くんがうっとなっている。えっじゃあつまりもしかして、禪院さんって伏黒くんより本当にハチャメチャ強いのかな·····? 身体能力が高いとはさっきも聞いたけれど、呪術師ってすごいんだな·····!

そんなことを思いつつ禪院さんを見つめていたら、五条さんが声をかけてきた。

「じゃ、三人仲良く頑張っておいで。僕は帳下ろしとくから、いってらっしゃい」
「はいよ」
「いってきます!」

その言葉を合図に我々は進んでいく。二日連続でバケモノ退治をするのは初めてだ。でもきっと伏黒くんや禪院さん、五条さんはこんな感じの毎日を送っているんだろう。そう思うと素直にすごいなと思う。わたしは毎回本当に必死で、逃げ出したくなるのをなんとか妹のためにと堪えていたから。

伏黒くんが索敵のためにとまたわんちゃん·····玉犬を出した。わたしも急な敵襲に備えて前回同様まりも(仮)と画用紙(仮)を頭上に浮かべる。禪院さんはなんだか長い槍のような武器を持っていた。そしてそのタイミングでタマちゃんがわたしの隣に現れる。


「コイツらなんだ?」
「このまりもみたいなのは敵にすぐ気づくためのもので、画用紙みたいなのは襲われたときに身代わりになってくれるんです」
「ふぅん。この子供の呪霊は?」
「タマちゃんって言って、この子は·····なんだろう、守護霊みたいな感じです·····」
「はぁ?」

意味がわからん、と禪院さんは首を傾げる。抽象的なことしか言えないわたしを見兼ねた伏黒くんが代わりに説明してくれた。


「この呪霊、他者に反転術式を使えるんですよ」
「へー、便利な呪霊もいたもんだな」

禪院さんがタマちゃんをじっと見る。タマちゃんは相変わらず、どこか遠くを見るような目をしながら唇に小さく笑みを湛えていた。


















ビルの中に足を踏み入れ、ある程度歩いた頃合で、先に進んでいた伏黒くんの玉犬が大きく吠えた。どうやら最上階に特別厄介そうな呪いがいるらしい。

何気にもう既に弱っちい呪霊·····飲み込む気にもあんまりならないようなものとは何度かエンカウントしている。というかほとんど禪院さんが祓っていった。めちゃくちゃ強くてびっくりする、動きが見えない。

「呪力の込め方も我流だな、名前。無駄が多いし自分の動きにうまく乗せられてない」
「はっ! わかります!?」
「別途訓練したほうがいい。空手はいま習ってんのか? 悪くはないけど結局そういうのはスポーツの一環だから·····、なっ!」

そう言いながら湧いて出たムカデみたいな呪霊に禪院さんは槍を突き刺す。本当に体力がわたしとは比べ物にならない。伏黒くんだってサクサク呪霊を祓っているのに、彼が霞むくらい禪院さんが強い。

「禪院さんは·····」
「苗字で呼ぶな。真希でいい」
「あっはい! 真希さんはあんまり見たことない動きをされますけど、何を学んでるんですか、っと!」

そのタイミングでこっちにも呪霊が飛んできた。おっと、と後ろに下がってわたしはパックマンみたいな呪霊を出して迎え撃つ。この子は自分より呪力の低いものならペロリと食べてくれるし、その力を自らに蓄積することができるので、なかなか便利なのだ。

「基本は中国拳法。他にもいろいろあるけどな、お望みなら鍛えてやろうか?」
「ぜひっ!」
「·····冗談のつもりだったんだけどな」

まぁいいか、と真希さんは呟く。なんだか禪院さんと呼ぶよりこっちのほうがしっくりきた。にしても禪院って苗字、かっこいいなあ·····。

「恵のついでにいじめてやるよ。名前も高専入るんだろ?」
「あっ、それはまだわかんないんですけど·····! 親はこういうの知らないから、そもそもどう説明するかってところから始まるし·····!」
「そうなのか? 悟が連れてきたからてっきり入学するんだと思った」
「する方向で考えてはいるんですけどね〜」

でも本当、どうやって親を説得したらいいんだろうなぁ·····。なんて思っていると、今まで黙って呪霊を祓っていた伏黒くんがおもむろに口を開いた。


「苗字は別に入る必要ねぇだろ。成績も悪くないし家もまともなら普通の高校に行けばいい」
「えっ」
「ある程度修行だけつけてもらって、自分と妹さんを最低限守れるようになればそれでいいだろ」

彼はまるで突き放すようにそう言う。·····まさか伏黒くんからそんなふうに止められると思っていなかったから少し驚いてしまった。しかし彼は相変わらずクールな表情のまま、前を向いて進んでいる。·····これって、もしかして。


「伏黒くん、わたしのこと心配してくれてたりする?」
「·····違う。お前は呪術師になっても早死にするタイプだって言ってるんだ」
「早死にされたくないって言ってるようなもんじゃん·····。優しいね、友達だもんね」
「だから友達になった覚えはないっつってんだろ! 優しいとか言うな」

素直じゃないなぁ、こんなにわかりやすいツンデレくんってなかなかいないぞ。めっちゃかわいいじゃん、なんて気持ちがむくむく湧き上がってきた。けれども怒られそうだから、にやけそうになってしまうのを必死で堪える。しかしそんなわたしの横で、我慢なんて知りませんといった感じの真希さんが全力でニヤニヤしていた。

「へぇー、恵も隅に置けねぇなあ。名前には優しいのか、ふーん」
「怒りますよ」

伏黒くんが低い声で言ったけれど、真希さんは楽しそうにケタケタと笑う。階段はもう随分上ってきていて、そろそろ玉犬が知らせてくれた呪霊のいる場所にたどり着くというのに呑気なものだ。ひとりで戦いに挑む時はいつも途方もなく怯えていたのに、強い仲間といるとこんなにも安心できるんだなぁ。


「ま、そういうのは一旦置いといて。いよいよ目玉のお出ましだな」

頼もしいな、なんて考えながら最上階にたどり着いたとき、真希さんが改めて武器を構え直して言った。わたしと伏黒くんはそれに頷く。


「いくぞ」
「「はい!」」


そして我々は真希さんの合図で、玉犬がここだと訴える部屋の扉を開けた。

























「じゃ、こちらちょうだいしまーす」

真希さん、本当にめちゃくちゃ強かった·····。ていうか伏黒くんも強かった、なんにも役に立てないわたしはまじで呪霊を食うしか取り柄のない人間だ·····。

無事に一番強い呪霊は祓うことが出来たし残りの雑魚も蹴散らせた。·····今回当たった呪霊はけして弱くはなかったと思う。けれども本当にあっという間に真希さんと伏黒くんの手で倒されてしまい、わたしはいてもいなくても変わらない空気のような感じだった。あまりの強さにお口もあんぐり開いてしまう。いくらわたしが経験不足とはいえ、そりゃあ伏黒くんも呪術師になるなって言うわ。ツンデレとかじゃなかったです調子に乗ってごめんなさい。

しかしまぁ落ち込んだところで何も変わりはしない。強くなるためにはそれこそこの呪霊を取り込まないと。めちゃくちゃ嫌だけど、と思いながら手の中にある呪霊玉を睨めつける。そんなわたしを見て、真希さんが物珍しそうに声をかけてきた。


「へー、呪霊ってそんな黒い玉になるのか。それをどうすんの?」
「飲みます」
「のっ·····?! マジで?!」
「マジです·····」

ドン引きする真希さんを他所に、わたしはいただきますと言ってぎゅっと目を瞑り呪霊玉を口の中に放り込んだ。いつも思うんだけどこれほんとにでかいんだよな。もっとちっちゃくなってくれたらまだ飲みやすいのにな。

ごくん、とそれを取り込む。口いっぱいに広がる不快な味。別に臭いはしないのに、味覚にあまりの衝撃を与えられると五感全てが麻痺するんだ。臭くて、きもちわるくて、汚くて、目がチカチカして耳が遠くなって全身が痛む。こんなことをするくらいなら死んだほうがマシだとすらおもう。·····回数を重ねても一向に慣れない。

「呪霊操術ってそうやって取り込むんだな。相伝か? ·····って、親は非術師なんだっけ。祖父母の代とか他の近親者にはいんの?」

呪霊を取り込み終えたあと持参していた水を飲んでいると、真希さんがそう聞いていた。わたしはそれにふるふると首を振る。

「いえ、わたしが知る限りではいないです。突然変異なのかなぁと思ってたんですけど」
「じゃあどうやってその技覚えたんだ?」
「えっ」

何の気なしに答えたら返ってきた質問に、わたしは思わず目をぱちくりさせた。·····どうやって、この技を、覚えた。真希さんはわかりやすいように説明してくれる。


「呪霊を取り込む際にその形になる·····まではまあ無意識でできる気はするんだけど。飲み込むってけっこうハードル高いだろ? 相伝の術式なら先代の取説があるけど、名前に急に降りてきたんじゃまずは理解するのにも時間がかかる気がしてな」

まあ私にはそういうのがないからわかんねぇけど、と真希さんは続ける。恵は最初どうやって気づいたんだ、なんて質問を伏黒くんに投げかけていた。俺の場合は·····と話す伏黒くんを横目に、わたしは少し考え込む。

どうやって、わたしは。この技を、覚えた。


「·····飲んでたひとが、いたんですよね」
「そうなのか? 呪霊操術って滅多に聞かないから近親者だと思ったんだが、友達とかか?」
「いや·····そうじゃなくて。覚えてないんですけど·····」

うーん、と軽く唸ってみる。なんだか喉のあたりまで出かかっている気がするのに思い出せない。·····あれ、なんかこれ·····最近もそういうことがあったような·····なんだったっけ·····この、この感じは·····。


「ちょっと気になっただけだから別にいいよ。それより名前、とりあえずお前は悟に呪力の扱い教えてもらえ。体術もまだまだだがまずはそっちが先だ。それからシゴいてやるよ」
「あっはい! ありがとうございます」

考え込んでいると、真希さんが気にするなと声をかけてきた。わたしは慌てて顔を上げる。彼女はそれよりも、とわたしの方を見ながらどう鍛えるかを考えてくれていた。ありがたい話である。


「でも時間はもったいねぇしな·····休み時間にでも恵と手合わせしたらどうだ? 同じクラスなんだろ、鍛えてやれよ」
「あっそれいいね恵くん! やろ! ·····っあ、呼び方真希さんのがうつった」
「そんなさらにクラス中の噂になりそうなことしたくねぇ」

そう言って伏黒くんはため息をつきながらスタスタと歩いていく。さらに? 少し彼の言葉が気になったが、真希さんに「アイツ学校に友達いんのか? カッコつけて一人で本とか読んでるんじゃねぇか?」と五条さんとまったく同じことを言われて笑ってしまったので詳しく聞くことはしなかった。それと同時に、忘れっぽいわたしはどこで呪霊操術を学んだのかを思い出そうとすることも無意識にやめてしまっていた。そんなことにも気づかずに、わたしは呑気に真希さんと学校での伏黒くんについて話しながら五条さんのところへ向かった。



















「いや受け取れません」
「なんでよ」
「無理です」
「そういう約束だったでしょ」

任務無事に終了しました、そう五条さんに報告に行ったら「お疲れサマンサ〜」という軽い掛け声と共に可愛らしくラッピングされた小箱を渡された。これなんですか、と聞いたわたしは彼の口から出た言葉に卒倒しそうになる。そして先の拒絶になったのだ。


「一粒3万円のチョコレートを女子中学生に贈る大人がどこにいますか!!! パパ活か何かと勘違いされて逮捕されてもおかしくないですよ!?!?」
「やだなぁ、別に何もやましいことはしてないのに」

そう言って五条さんは笑う。いややましいやましくないとかの問題ではない!!! 一粒3万円のチョコレートが手の中にあると思うとあまりのやばさに震えてしまった。絶対前世でもそんなもん食べたことなかったぞ、だいぶ長生きしたけれど!

「せめてケタをひとつ減らしてください、それでも高いけど! 中学生のお小遣いいくらかわかってますか!? こういうのは社会人10年目のくたびれたOLが酒の勢いでポチッちゃって翌日後悔するためにあるんですよ!!!」
「名前、女子中学生のくせにOLの気持ちをわかりすぎてない?」

ウケる、と五条さんは言ったがわたしはウケるどころではない。3万!!! 3万のチョコ!!!!! 一粒300円ですら中学生には早いというのに!!!!!

「なんだよ悟、依怙贔屓が過ぎるぞ? 私の分はねぇのかよ」
「そう言うと思ったからちゃんと買ってきたよ。恵の分もあるよ〜」
「ありがとうございます」
「えっ!? えっ恵く·····じゃなかった、伏黒くんまで受け入れるの!?!?」

ぜったい一緒になって五条さんに冷たい目を向けてくれると思ったのに!!! そう訴えると伏黒くんはいたってクールに五条さんからチョコレートを受け取りながら答える。

「どうせもう買ってるんだから一緒だろ。それにこの人の金銭感覚がまともじゃないのは今に始まったことじゃない」
「稼いでるって言ってくれる?」

ひどいなぁ、と何一つ思っていなそうな顔で五条さんが言った。そんな彼を横目に真希さんと伏黒くんは当然のようにそのラッピングを開封していく。ほら、名前も。そう五条さんは有無を言わさない顔で微笑んだ。

真希さんがうめぇ、と言いながら食べる。伏黒くんも「格が違う気がしますね」なんて相槌を打つ。本当にいいのかと悩みつつも、真希さんと伏黒くんは既に食べ始めているし·····とわたしも小箱を飾るリボンに手をかけた。おずおずとその丁重に施された赤色のラッピングを解く。開くと小さな茶色いかわいらしい箱が出てきて、その蓋を外すと金粉とドライフルーツやナッツが宝石のように散りばめられたチョコレートが出てきた。

それを指先で摘む。こいつが3万円·····! 少し震えながらそれを口に運び、小さく開けた口で端から齧る。途端、ふわぁあっと口中に広がるカカオの香りとドライフルーツの酸味、とろけるようなガナッシュの中に感じるナッツの歯ごたえにわたしは目を見開いた。

「お、おいひぃ·····!」
「でしょー」

五条さんはニンマリと笑う。包帯のせいで彼の表情はいまひとつわからないけれど、それでもなんだかとても嬉しそうに見えたから、わたしはもう気を遣うのはやめにして純粋にこの味を楽しむことにした。

「·····名前は美味しそうに食べるねぇ。選んだかいがあったよ」
「なんだ悟、お前ロリコンだったのか?」
「さすがに俺の同級生に手を出すのは引きます」
「待って待って二人とも待って」

揶揄うような真希さんと、本気で警戒している伏黒くん。伏黒くんに至ってはわたしを背中に隠すように前に出てきたので五条さんが慌てた声を出す。そんなやり取りにわたしはおかしくなってクスクスと笑った。

「呪霊ってさ、不味いらしいからさぁ。口直しにちょっとくらい美味しいもの食べさせてあげようと思っただけだよ」
「·····だからって一粒3万はやりすぎですよ。わたしは普通に百均のグミとか、コンビニで買えるチョコとかで十分嬉しいです」

気持ちは嬉しいですが、と言うと五条さんはチッチッチと人差し指を振りながら芝居がかった口調で言う。

「ダメだよ名前、いい子過ぎると悪い男に引っかかるよ」
「女子中学生に3万円のチョコ渡してくるアラサーが言うのもどうかと思いますけどね」
「恵いつもより辛辣じゃない? もしかして名前にホの字だった?」
「違うし言い方が古すぎます」

そんな彼に伏黒くんが呆れるようにツッコミをいれた。·····なんかこう、伏黒くん、学校で見てるイメージとはぜんぜん違ってちょっとびっくりしてしまう。案外いじられキャラだったんだなぁ。さっきから真希さんと五条さんにずっとからかわれてるもんなぁ。そう思いながらにこにこ笑って伏黒くんを見ていると、笑ってんじゃねぇと怒られた。手厳しい。



「じゃ、そろそろ本題だけど。今日の任務どうだった?」
「わたしがめっちゃ役立たずでした!」
「いや役立たずとまではいかな」
「そうだな、名前は呪霊飲んだだけだったな」
「うっ」

気を取り直して、と五条さんが話し始めたので元気よく答えると、伏黒くんは庇ってくれたが真希さんにザックリ切り捨てられてしまった。胸が苦しい。実際にそうだったのですが。

「真希から見て何が足りない感じ?」
「そうだな、呪力の使い方がなってないからまずはそこをなんとかするべきだと思った。格闘技術もまだまだだがそれはそこまで悪くないから並行して鍛えていきゃなんとかなるだろ。あとは言わずもがな実戦経験だな」
「日常生活に支障をきたすような呪霊以外は強かったら無視してきたし、手持ちの呪霊も雑魚ばっかりですからねぇ·····」
「せっかく珍しい術式なのに。もったいねぇ」

むしろよくここまで生きてこれたな、と真希さんが言う。間違いない。タマちゃんがいなかったら確実に死んでいたであろう場面がいくつもあるのだ。


「なるほど、まぁおおよそ僕の見立て通りだね。名前、今度の土日空いてる?」
「土曜は午後から空いてます。日曜日はちょっと予定が」
「じゃあちょっとミッチリ特訓したいから土曜日は高専に来てほしいな。あとは今日みたいな感じで平日の夕方以降に任務に着いたりしてみてほしいなぁと思うんだけどどう?」
「あーーーー·····」

任務かあ·····。ちょっと答えきれずにいると五条さんが「まぁ受験もあるだろうし、無理な日は無理って言ってくれていいから」と言う。それにわたしはえっと、と頬を掻きながら答える。

「·····いえ、受験は大丈夫です。ただその、実は日曜日に空手の大きな大会があって、それに出るのにちょっと練習したくて·····。今回の大会で辞めようと思ってるんで、ちょっとそこまでは頑張りたいっていうか」

いや、せっかく呪術についていろいろ教えてもらってるのにこんなこと言うのもあれだよな·····。なんてちょっと申し訳なくなっていると、五条さんはそうなんだ、と明るく言ってくれた。

「ううん、それならそっちを優先してくれて大丈夫。任務もその大会が終わってからにしよう」
「えっでも、」
「いいからいいから。そういう今しかできないことはしっかりやり尽くしておかないと、大人になってから引きずったりするんだよ」

だから大丈夫、と五条さんは笑う。それにわたしは少しだけほっとした。


「でも呪力のコントロールはなる早で覚えてもらいたいな。ちょっと待ってて」
「え」

そう言った瞬間五条さんは消えた。えっ、どこ·····!? びっくりしてキョロキョロするわたしに、真希さんがすぐ戻ってくるよと告げる。彼女はもうとっくにチョコレートを食べ終えていた。まだ半分以上残っているわたしのそれを見て、いらないなら食ってやろうかと言ってきたので慌てて二口目を食べる。冗談だよと笑われた。

そんなことをしているうちに五条さんが目の前に現れる。わっ、と驚くとお待たせ〜と彼は笑い、わたしになんだかダサかわいいぬいぐるみを渡してきた。

「名前、毎日1本ドラマ見るくらいの時間はある?」
「ドラマですか? はい」
「よかった。まぁドラマでも映画でもなんでもいいんだけど、これから毎日この人形に呪力を流しながら1本見てほしいんだ。どんな感情下でも一定の呪力出力を保つ訓練ね。多すぎても少なすぎても駄目」

よろしく、と五条さんはぬいぐるみを渡してくる。いまはオフになってるから大丈夫だけど、スイッチが入ったら呪力出力によっては殴りかかってくるようになるから気をつけてね、と言われた。


「来週の月曜に一回高専に来てもらおうかな。その時にどれくらいマスターしてるか確認して、次のステップに進むから。それと同時に体術も学んでいこう。あっでも時間がもったいないしちょうどいいから学校の休み時間に恵と手合わせでもしたら?」
「だって恵く·····伏黒くん!」
「·····そんな噂になりそうなことはしたくないんですけどね」

まぁでも五条さんまでやれって言うならやりますよ、と伏黒くんが言った。やったー、と喜ぶわたしに「嬉しいか? それ」と伏黒くんはため息をつく。伏黒くんみたいな強いひとに鍛えてもらえるなんて光栄だよ、と言うと真希さんが「恵でそれなら私にしごかれたら恋にでも落ちるんじゃねぇか?」と笑った。そうかもしれない。


そしてその日はおうちに帰り、お母さんの作るご飯を食べ、お風呂に入って勉強をしてさっそく人形を抱っこしながらドラマを見た。わりと何回も頭を叩かれて大変だった(顔は殴らないようにしといたよ、と五条さんに言われた)けれど、そんな毎日を過ごしているうちに少しずつ呪力出力を一定化させることにも慣れてきた。

学校では伏黒くんと手合わせし、(毎回ギャラリーができたしいろんな子からどういうこと!? と聞かれた)夜は空手の稽古。両親にもこの大会が終わったら空手を辞めようと思う、と伝えたら「受験もあるしねぇ」と納得してくれた。いまだ呪術高専については話せていない。

最後の大会はみんなで見に行くからね、そう笑ってくれたお母さんに少し胸を痛めつつ、どうやって呪術師について説明しようか悩む日々。そんな毎日はあっという間に過ぎて、いよいよ今日は大会当日だ。出場選手であるわたしは先に会場入りし、家族が来るのをまだかなぁと待つのであった。