03


その日の夜。

「んーもう9時だしさすがにみんな帰ったよね·····」


ごはんを食べ終わったわたしは自室に向かい、そのあと手持ちの化け物の中で空を飛べるやつを窓の外に出した。わたしは生まれた時から化け物が見えるし退治もできる。そしてこの化け物達はなぜかやっつけると黒色の丸い玉になるのだ。それをめちゃくちゃキモいしめちゃくちゃまずいし本当にやりたくないんだけど飲み込むと、いつでも好きな時にノーモーションで出現させることができる。見た目も捕獲方法も最悪のポケモンみたいなものである。

この時間からはお母さんはドラマを見ているし、勉強するから入ってこないでねと言ったからたぶん大丈夫なはず。わたしは窓から足を出して、その黒ずんだまりもみたいな化け物の上に乗った。そしてふよふよと浮かんで家の外に着地。
化け物の姿は普通のひとには見えないけれど、わたしの姿は当然見えるので下手にこれで移動すると座って空を飛ぶ奇怪な女子中学生の目撃情報が上がってしまう。それは非常に面倒なので、地面に降り立ったあとは普通に夢乃の小学校までてくてく歩いた。




「うん、真っ暗だ。先生も残ってなさそうだね」


そして程なくしてたどり着いた小学校。わたしは職員室にも明かりがついていないことを確認してよいしょと塀の上から忍び込む。化け物退治はさすがに他人に見られるわけにはいかないのでいつもこれくらいの時間にこっそりと行っている。とはいえそんなに何度もやってきたわけじゃないけれど。

化け物が見えるようになった夢乃は怖がりになった。そりゃそうだ、見えるのにあの子にはどうすることもできないんだから。わたしはまあそりゃたまに相手が強すぎて困ることはあったけれど戦うとか逃げるとかそういう選択肢が浮かぶ。夢乃にはそれがない、逃げる一択だ。
だからこそ友人や知人に聞いた話に過度に怯えるようになった。わたしは夢乃からその話を聞くといつも真偽を確かめにいって、本当にそこに化け物がいたら倒すことにしている。あの子がこうなったのは、わたしのせいだから。


数年ぶりの母校はさして変わらなかったけれど、やはり夜ということもあってなんだか不気味に思えた。わたしが在学中はそんな怖い話なかったような気がするし夢乃のいま使っている教室に入った時も特に問題なかったように思うのだが、まああの子がそう言うのならそうなんだろう。わたしはいつも不思議に思う。ああいう化け物と怖い話ってどっちが先に生まれるんだろう、って。普通化け物を見た誰かの目撃情報が怪談に繋がるんだと思うんだけど、でもそれにしては怪談でイメージする幽霊と化け物の容姿が違いすぎるんだよなあ。今回の話では珍しく見た目も幽霊っぽそうだけど、他のモンスター達は怖い話が蔓延るような薄暗いところが好きなんだろうか?

わたしはいつも、なんだかよくわからないままあの化け物退治をしている。


校舎に入ると同時にタマちゃんが出てきたので、上にまりも(仮)と伸び縮みできる画用紙みたいな化け物を出した。画用紙(仮)はみょーんと伸びて攻撃を弾いてくれるし、まりも(仮)はくるくる回りながら飛べるので四方の監視に役立つ。

わたしは改めて気合いを入れるためフゥ、と息を吐いた。


「よし、行くぞ」


目指すは夢乃の教室、5年3組。そちらに向けてわたしは一歩を踏み出した。·····そのときだった。


「!?」

突如感じるプレッシャー。夜がさらに更けていくような違和感。なにか人工的なものを感じてわたしは慌てて窓の外を見た。·····夜が、より深くなっている?


「·····そういうことができる化け物なのかな。まだ会ってないのに気づかれてるってことは相当強かったりする?」

なんだか嫌な感じだ。でも夢乃のために、ちゃんと退治してあげないと。今日学校に行くのも相当辛かっただろうから。
·····化け物は、ぜんぶ。わたしが追い払ってあげないと。

わたしはぎゅっと拳を握って改めて歩き始めた。とても怖い。怖いけれど、こんな思いをするのは世界にわたしひとりでいい。







◇◆◇


同時刻。


「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」


五条がそう唱えると同時にズズズと丸く結界が広がっていった。暗闇は一層深まる。それを見ながら伏黒は校庭を進んでいた。本当にあの人はどうしようもない、と先刻のやり取りを振り返りつつ。


『今日は恵にひとりで任務に行ってもらう予定だったんだけど·····どうやら中にもう一人いるね』
『は? ここの教師とかですか』
『いやそうじゃない、こっち側の人間だね。呪術師だ·····まあ呪詛師かもしれないけど』
『!』

そう言って五条は少し楽しそうに嗤う。マジかこの人、と伏黒は思いっきり眉根を寄せた。

『恵と僕しか出入りのできない帳を下ろすよ。もし危なそうなら逃げておいで』

じゃあ頑張ってね、ヒラヒラと手を振られた伏黒はため息をつきたくなるのを堪えて校庭へ降り立った。·····あの人がテキトーなのは今に始まったことじゃないけれど、さすがに人間相手にやり合うのは気が進まない。厄介なことにならなきゃいいが、そう思いながら索敵のため玉犬を出す。

今日はただでさえ実力テストで頭を使ってそれなりに疲れていた。そのあと五条に稽古をつけてもらい、そろそろ帰る頃合だと思ったところで連れてこられたのは自分の中学校区内にある小学校。とっとと終わらせて早く帰りたい。伏黒は足を進める。



◇◆◇




「ここだ·····」


辿り着いた5年3組の教室。いよいよだとわたしは深呼吸をした。とりあえずもうまりも(仮)の出番はないだろうから消えてもらって、タマちゃんと画用紙(仮)のみで教室の扉に手をかける。·····そのときだった。



「バウッ!!バウッ!!!」
「どわーーーーっ!?」

まりも(仮)を解いた瞬間に聞こえた犬の鳴き声。教室の中にしか神経を集中させていなかったわたしは廊下の奥の方から聞こえたそれにめちゃめちゃびっくりして飛び上がった。何!? 野良犬!? それともこれも化け物の技かなんか!?

びっくりしながらそちらを向く。タマちゃんがわたしを庇うように前に出てきたので、下がってと言って代わりに画用紙(仮)に長くなってもらいわたしたちの周りを一巡させた。画用紙(仮)は10枚入りだ。10回までならどんな攻撃でも防げる。まあ1回の衝撃につき1枚消えるからそれこそ石ころの一打撃ですらカウントしてしまうのが玉にキズなんだけど。
画用紙(仮)に覆われるとわたしも前が見えなくなってしまうので、とりあえずは胸の高さくらいまでの大きさになってもらっている。そしてわたしはこっちに向かってくるわんちゃんを見て、眉を顰めた。


「·····普通のわんちゃんじゃない?」


このわんこ、白い·····。そしておでこのところになにか不思議な模様が描いてある。あとなんかめちゃくちゃ強そう。よくわかんないけど不思議なオーラも見える気がする。化け物の一種·····? それにしてはめっちゃかっこいいけど·····。うーんどうしようかな·····。そう頭を悩ませていたときだった。


「·····苗字?」
「へ?」

わんこに気を取られていたら、背後から声をかけられた。どこか聞き覚えのある声。わたしはそのまま振り返る。·····そして。



「え、伏黒くん·····?」
「·····なんでお前がこんなとこにいんだよ」
「なんでってそれは·····こっちのセリフなんだけど·····」

びっくりした様子の伏黒くんに負けず劣らずびっくりしながら首を傾げる。するとわんちゃんは伏黒くんの方へ向かっていった。

「あれ? そのわんちゃん伏黒くんのなの?」
「·····そうだけど。お前の周りにいるその紙みたいな呪霊と子供の呪霊はなんだ」
「ジュレ???」
「呪霊だ、美味そうにすんじゃねえ。お前もしかしてそれが何かもわからないまま一緒にいんのか?」

全くよくわからないけど伏黒くんがものすごく眉を顰め、訝しげな視線を寄越してくる。·····そこでようやく伏黒くんがこの画用紙(仮)とタマちゃんを見えているんだと気づいてわたしはまたまたびっくりして声を上げた。


「·····って、え!? 伏黒くん見えるの!? ウソ妹以外で初めて会った! えっ嬉しい!!!!」
「・・・・」

仲間じゃん! と思わずテンションが上がってしまったわたしとは裏腹に、伏黒くんはまためちゃくちゃ難しそうな顔をして頭をガリガリと掻く。そこではたと気づいた。だめだだめだわたしは化け物退治にきたんだった。早く終わらせないと!


「あ、えっと、伏黒くん。とりあえず話は後にしよう! わたしこのクラスに通ってる妹に化け物退治頼まれててそれしないといけないの、危ないから下がってて」
「それこそこっちの台詞だ。·····お前ひょっとして今までも呪霊が何かすらわからないまま祓ってきてたのか? っていうかそのお前のまわりにいる呪霊はなんだ。操って·····まさか」

そこまで言った伏黒くんは何か思い当たることがあったらしい。はっとしたような顔をしたあと、こちらを凝視してきた。


「呪霊操術か·····! 初めて見たぞ」
「ジュレ? 送受?」
「だからジュレから離れろ気が抜ける。呪うに幽霊の霊で呪霊だ」
「あの化け物たちそんな呼び名なの? 伏黒くん詳しいの?」
「むしろ詳しくもなんともないやつがここにいて技を使っていることの方が信じられないんだが」

そして伏黒くんは大きなため息をついた。えっもしかしてわたしってそんなに無知だったの? わたしが知らなかっただけでこういう化け物が見えて退治してる人間って実はめちゃくちゃいたりする?

というかこの口ぶりからして伏黒くんもこの教室にいるジュレ·····呪霊? を退治? 祓いに来たんだろうな。伏黒くん腕っぷし強いしなんかかっこいいわんちゃんもいるし慣れてそうだしわたしより適してそうではある。


「·····とりあえずそういうのについては後で説明するから。お前は待ってろ、俺が片付けてくる」
「えっだめだよ危ないんだから! 伏黒くんひとりでなんて行かせられないよ、わたしがやってくるよ、消しゴムの恩もあるし」
「消しゴム程度で命を投げ出すな。お前いままで我流で呪霊を相手取ってきたんだろ、ここまで生きてることが奇跡だ。いいから大人しく·····」
「無理です!!!」
「あっおい!!!!!」

このままじゃキリがない、そう思ったわたしはガラリと勢いよく教室の扉を開けた。伏黒くんの言わんとすることはわかるし、彼は相当強いんだろうけどでも任せてはいられない。最悪わたしはケガをしてもタマちゃんのあめ玉があるけれど、伏黒くんにはきっとそんな切り札はないだろうし·····クラスメイトがケガをするところなんて見たくない。

それに、これは。わたしが夢乃に頼まれたから。



「あ゙え゙·····? むしぃ·····? むしむしむしむしぃ·····???」


扉を開け、夢乃が言ってた教室の後ろに視線をやる。確かにそこには顔を覆うほど髪の長い女の子が立っていた。·····すごい、めちゃくちゃ幽霊然としてるな。この手のタイプは初めてかも。

そんなことを考えながらわたしは教室に足を踏み入れる。伏黒くんがチッと舌打ちをするのが聞こえた、怖い。しかしもうわたしが聞かないと踏んだのか、呪霊を前にしたからかそれ以上は何も言わないままわたしに続いて教室に入ってきた。ウーン後でめちゃくちゃ怒られそうである。


「·····まじで危なくなったら逃げろよ」
「伏黒くんもね!」
「···············」


元気よく言ったものの伏黒くんは非常に不服そうだった。そんなに怒らないでほしい。まあでもいまはとにかく目の前のお化け·····呪霊である。

とりあえず画用紙(仮)は遠方からの不意の攻撃を避けるために使うのがいちばん勝手がいいのでいったん頭上に浮かんでもらう。一周ぐるっとさせてしまうとどうしてもこちらが動きにくいし距離を取ってしまうからだ。伏黒くんは腕が立つし近距離戦の邪魔をするわけにはいかない。わたしもまあまあ近距離できるし。

でもまあとりあえず様子見に攻撃できるやつ出すか、そう思うのと伏黒くんのわんちゃんが敵に向かっていったのは同時だった。


「!」

バグッ! すごい勢いで白いわんちゃんが歯を剥き出しにしてお化け·····呪霊に噛み付く。こっわ、と思ったときにはもうそいつは消えていた。

···············え? もう終わり?


「うそすごっ·····! 瞬殺じゃん」
「·····違う、まだだ。手応えがなさすぎる」
「!」
「多分また出てくるぞっ·····苗字!」
「うわっ!?」


名前を呼ばれて身構えた瞬間背後からさっきの呪霊に襲われた。何か刃物みたいなものを持ってる? いや腕がそのまま刃物になってる? わたしはそれをすんでのところで躱す。画用紙(仮)も伸びてきてわたしの身を隠してくれた。このお化け、近距離型か?


「むし·····むしぃ·····?」
「いや全然無視はしてなくない!?」


また近づいてきたので下手に手持ちの呪霊で攻撃するより自分が仕留めたほうが早いと判断し、真正面から殴り掛かる。ボスッという空気の抜けたような音ともにそいつは消えた。そしてわたしも違和感に気づく。


「ほんとだ、確かに手応えがなさすぎるね! これ何回も続けて向こうの残機がなくなるまでやるとかなのかな!?」
「いや多分これは幻覚みたいなもんだ、どっかに本体がいる。玉犬!」

伏黒くんが唱えると白いわんちゃんが元気よく吠えて教室をうろうろとし始めた。よくわかんないけどかっこいい。それに一瞬目を奪われているとまた呪霊が湧いてきた。画用紙(仮)がわたしを守ろうとするもそれより先にカウンターを決める。·····近距離戦になるならこれ邪魔だな。消そう。そしてわたしは画用紙(仮)をしまった。先程同様殴られた呪霊も消えている。

·····で、また出てきた。わたしばっかり狙ってるなコイツ、わたしのほうが伏黒くんより弱いからか?
なんかちょっと腹立つなあ、そう思いながらもそんなことを言っている場合ではないのでとっとと切り替える。

「ねえ伏黒くん本体探し任せていい!? コイツわたしばっか攻撃してくる!」
「そのつもりで式神を出してる! ただこの呪霊の気がこの部屋に充満していてわかりにくい·····っ、もう少しいけるか!?」
「余裕!」

あれ、いま式神って言った? っていうことは伏黒くんの出してるわんちゃんはわたしみたいに倒した呪霊じゃないんだ。式神なんてマンガやアニメでしか聞いたことないけどめちゃくちゃかっこいい響きだな·····。なんて思いながらわたしは呪霊に蹴りを入れる。また消えた。そして再び出てくる。まじでキリがない。

それを3回ほど繰り返したとき。白いわんちゃんが元気よく吠えた。どうやらそれは教室後ろのロッカーのひとつに向けたものらしい。伏黒くんがそのロッカーを勢いよく開ける。同時にわたしと戦っていた呪霊が消えた。


「! 伏黒くんっ」
「問題ない」

途端その呪霊は伏黒くんの隣へ。危ない、と駆け出した瞬間わんちゃんがまたそいつに噛み付いて呪霊は消えた。伏黒くんはロッカーの中に何かを見つけたのだろう。大きく腕を振りかぶった。·····その瞬間。


「!? 消え、」

何かが視界から消えたのだろう。驚いたような声を出す伏黒くん。しかしわたしはその消えたであろう呪霊がどこにいるのか気づいていた。伏黒くんの後ろに、突然現れた女。さっきの呪霊より背が高い。ニットを着た、ポニーテールの女性。わたしはなんだか嫌な予感がして、駆けていた足をもっと速める。

『恵』
「!」

伏黒くんが振り返る、動きが少し鈍い。ああだめだ、これは。考えるより先に体が動いた。


「だめっ!!!!!」


途端体に走る衝撃。刺すような痛みに、ふとあの終焉を思い出した。


「苗字!!」


伏黒くんの声がする。焦ったような声に顔。·····あ、こんな表情するんだ。これも知らなかった。
今日だけでどれほど伏黒くんの新しい一面を知れたのだろう。


重たくなる瞼。だけどわたしはもう、ここで全てを終わらせてしまうような無力な人間ではないから。

伏黒くんが倒れていくわたしの体を抱える。わたしの後ろで伏黒くんのわんちゃんが呪霊に噛み付く音がした。·····うっかり動いちゃったけど、これわたしが出しゃばらなくても伏黒くんひとりで倒せてた気がするなー。いらぬトラウマを植え付けてしまったかもしれない·····。


「苗字! おい苗字!! 大丈夫か!? しっかりしろ!!!!!」
「だい·····じょぶ·····」

わたしはなんとか最後の力を振り絞って手を翳す。ずずず、と音がして呪霊はわたしの手の中に黒い丸として収まった。


「·····これわたし食べていい? 伏黒くん食べる?」
「は? それ·····食うのか·····?」
「あー·····やっぱり伏黒くんは食べないんだ·····いいな·····」

呪霊より式神の方が強いから式神を使ってるわけじゃなく、単純に呪霊を飲み込んで戦ったりしないってことね·····。つら·····。伏黒くんに教えてもらったらわたしも式神使えるようになるのかな·····。でもとりあえずこの呪霊は便利そうだからもらっておきたい·····。

伏黒くんにしなだれかかりながらというのもあれだけど、ひとりで立つ気力はないのでそのままの状態で黒い玉を飲み込む。口いっぱいに広がる不快な味。吐き気がする。正直死んだ方がマシまであるくらいまずい。
·····でも妹を守るために、一匹でも多くコイツらはわたしが食うって決めたから。


ごくん、飲み込むと同時におえ·····と口走った。こんなボロボロの体で口にするもんじゃない。先に水でも飲むべきだった。·····っていうかなんかあったかくなってきた。やばい、血が出過ぎてる。このままじゃ意識なくす·····。


「おい苗字·····! っ、待ってろいますぐに」
「だい゙じょ゙ゔぶ·····しん゙ぱい゙しな゙い゙で·····」
「大丈夫な声じゃねえだろ、運ぶぞ!」

そして伏黒くんがわたしの膝に手を入れ、そのまま抱えあげる。·····お姫様抱っこじゃん·····初めてされた·····わたしが普通の中学生だったら恋に落ちてる·····。

切羽詰まった様子の伏黒くんはそれでも顔が整っていて、すごいなあと思いながらも早く安心させてあげようと口を開いた。


「タマちゃん、アメちょゔだい゙·····」
「!?」

カスカスの声でそう言うと、伏黒くんは何を言ってるんだという顔でわたしを見下ろしてきた。いやこのアングルでもかっこいいとか何事·····? っていうか伏黒くんの服にべったり血つけちゃってるじゃん、ほんとごめん·····。ぼんやりとした意識でどうでもいいことを考えるわたしに、タマちゃんは心配そうに眉を寄せながら飴玉をくれた。そしてそのまま消えてしまう。

タマちゃんから飴を受け取ったわたしは、少し震える手でそれを口の中にいれた。ころころ、ころころ。舌の上で転がす。
荒かった息が少しずつ落ち着いていく。もはやどこが刺された箇所なのかもわからなくなるほど痛んでいた腹部のキズが少しずつ癒えていく。ころころ。ころころ。ころころ。


「これは、反転術式なのか·····?」
「はんぺん·····?」
「·····お前はいい加減食い物から離れろ」

霞んでいた視界が少しずつクリアになり始めた。心配そうだった伏黒くんが呆れ顔になっていくのを見て、わたしはちょっとだけ微笑んだ。