04


そのあとわたしはころころと飴を舐め続け、伏黒くんはなるべく揺らさないよう丁寧にわたしを運んだ。

その道中、伏黒くんが教えてくれた。外に自分より呪術に詳しくてめちゃくちゃ強い人がいると。この世界には呪霊というものがいて、それを祓う仕事があり、その職業のことを呪術師というんだと。そして伏黒くんは将来呪術師になるため呪術高専という呪術師養成学校のようなところに行くらしい。で、外にいるのはそこの先生なんだと。

·····呪術呪術って、こんなに言いにくいのにすらすらと話す伏黒くんすごいな。顔もいいしその気になれば俳優とかもやれそうだな。でも愛想ないから無理かな·····? なんて考えていたら「おいお前いま失礼なこと考えてないか」と睨まれた。バレている。わたしは笑って誤魔化した。


「·····でも、そっかー。他にもそんな人がいたんだ。ずーっとわたししかいないと思ってたからちょっと嬉しい。まさか隣の席の伏黒くんがそうだったなんて、これも何かの縁だね〜」
「·····まだそんなに話さないほうがいいんじゃないか」
「ううん、平気平気。もうだいぶマシだよ、男子が全力で投げたドッジボールお腹に直撃したなってくらいの痛み」
「それけっこう痛いだろ」
「まあこれもすぐに落ち着くから大丈夫だよ。ていうか運ばせてごめんね、恥ずかしい·····」


相変わらず暗い学校の廊下。けれどもさっきとは大違いだ。無事に呪霊を祓えたという達成感もあるけれど、それ以上に伏黒くんの存在が大きいように思う。

ありがたいなあ、なんて思っていたら少し沈黙したあと伏黒くんが口を開いた。


「·····悪かったな」
「え?」
「俺を庇ってケガさせた」
「ああ·····」

伏黒くんは心底申し訳なさそうに暗い顔をする。案外表情豊かなんだな、とまた新しい一面を知れて少し嬉しい。


「勝手に体が動いちゃった。ていうかたぶん余計だったよね、わたしナシでも伏黒くん余裕で倒せてたでしょ」
「··········」
「はは、やっぱり」
「·····ケガはしてたかもしれない」
「それフォローしてくれてる? ありがとう」

気まずそうに言う伏黒くんに思わず笑ってしまう。別に気遣わなくてもいいのに。やっぱり伏黒くんは優しいな、と思う。
そこでそういえば、とさっきの女性が気になった。


「·····あの女の人誰か聞いてもいい? もしかして彼女?」

だったらこの状況まずいよね? もう頑張れば自力で歩けるだろうし、離れた方がいいかな。そう思いながら聞くと伏黒くんは首を横に振った。


「違う、姉貴だ」
「へー、美人さんだったね。伏黒くんもかっこいいもんねえ」
「 ·····お前よくそんな恥ずかしいことさらっと言えるな」
「え、そう?」

でも事実だし、と言うと伏黒くんはなんだかばつが悪そうに視線を泳がせる。かわいい。


「優しそうなひとだった。会ってみたいな」
「·····お前あの顔に刺されたのによくそんなこと言えるな」
「それとこれとは別でしょ。いくつ離れてるの?」
「一つ」
「え、じゃあ普通に被ってるじゃん。同じ中学だった?」
「ああ」
「えーーー知らなかった·····。そもそも人の顔と名前覚えるのあんまり得意じゃないんだよね·····」

悔しいー、と口を尖らせていると少しの沈黙を経て伏黒くんがゆっくりと口を開いた。



「·····さっきお前、止めてたのに無理やり教室ひとりで入ったろ」
「あ、うん·····ごめんなさい」
「·····あの飴玉があるからか? 自分はケガしてもいいと思ってるな」
「!」

突然真っ直ぐな目を向けられてわたしはびっくりしてパチパチと瞬きをした。彼の暗い瞳にちょっと間抜けな顔をしたわたしが映る。伏黒くんはぶっきらぼうに続けた。


「·····今まではそうだったかもしれないけど、これからはそんなふうに呪いに立ち向かうな。もし今回みたいに何か祓わないといけないときは俺に言え」
「伏黒くん·····」
「その飴、すごい力だとは思うけど·····万能なわけじゃないんだろ」


伏黒くんの言わんとすることがわかってわたしは押し黙ってしまった。·····そう、その通りである。このあめ玉は、「あめ玉を舐められる」状態じゃないと効果を発揮しない。それも、あめ玉をくれとタマちゃんに言わないともらえない。つまりわたしが気絶をしてしまったり、即死になった場合は打つ手もなくそのままゲームオーバーなのである。


「それに」
「?」

伏黒くんは少し迷ったように口を動かしたあと、やっぱり言うと決めたようでゆっくりと言葉を紡いだ。



「·····ケガしたら、痛いだろ」


それは、飾り気のない労りの言葉で。びっくりするほど素朴なそれに、わたしはなんだか胸がぽっかぽかにあったかくなってしまった。



「·····伏黒くんは、優しいねえ」
「はあ?」
「わたし、伏黒くんと仲良くなれて嬉しいなあ」
「おい別に仲良くはなってねえだろ」
「え、ほんと? じゃあこれからなってよ。わたし伏黒くんのこともっと知りたい」
「··········」

そう言うと伏黒くんはなんだかすごい顔をしたあとそっぽを向いてしまった。けれどもふわふわと逆立つ髪の毛から覗く耳は赤く染まっていて、わたしはなんだかそれがとてもとても愛おしく思えて笑ってしまう。すると笑うなと怒られたので、ごめんねと謝りながらもかわいいひとだなあとわたしは彼を見つめることを止められないのだった。














































校庭にたどり着いた頃にはわたしの傷はすっかり癒えており、伏黒くんにお礼を言って下ろしてもらってからさっき感じたプレッシャーが帳というもののせいだったと知った。
出入りができる伏黒くんが先に外に出たあと、暗すぎた闇が少しずつ緩和されて普通の夜へと変わってゆく。それがすっかり明けてから、わたしは伏黒くんに白髪で黒いアイマスクをした男性を紹介された。

「お待たせ。この人がさっき言ってた·····」
「こんばんは〜! 恵から聞いたよー、初めまして。僕は五条悟」
「あっはい初めまして、苗字名前です」

第一印象は、明るくてちょっと不思議な人·····だった。伏黒くんからめちゃくちゃ強いって聞いてたからどんな怖い感じの人だろうと思っていたので少し安心する。いやまあ真っ黒のアイマスクってある意味ちょっと怖いけど。

「名前ね、よろしく。恵の同級生なんだって? 学校での恵どんな感じ? 友達ちゃんといる? ひとりでカッコつけて本読んだりしてない?」
「ぶん殴りますよ」
「あはは·····」

カッコつけてるかどうかはともかくひとりで本は読んでるな·····なんて思いつつわたしはとりあえずテキトーに笑顔を作って誤魔化した。この人がそんなに強いのか·····でもなんか確かに普通じゃないような···············ん?


(なんか引っかかるな·····五条悟·····?)


聞き覚えがあるようなないような·····いやなんなら見覚えもあるような·····? でもどこで·····。なんて考えていると、その男性は続けた。


「君、今まで我流で呪霊祓ってきてたんだってね。さすがにちょっと危なすぎるから恵のついでに稽古つけてあげるよ」

うーん僕って優しい〜! なんて五条さんは自画自賛しながらそう言ってくれた。確かにそれは助かる。いままで本当に無我夢中でわけのわからないままモンスター退治をしていたので。

「あ、ありがとうございます·····! よくわからないけど、学校に行かないとだめなのかと思ってました」
「ああ、恵は卒業後に呪術高専に行くことが決まってるけど呪術師は向き不向きもあるからね。稽古を通してゆっくり考えたらいいさ、気楽にいこう」

ね、と言われてほっとする。それはありがたい。さすがにお母さんとかにどう説明したらいいかわかんないし。そう思っていると、伏黒くんがそういえばと五条さんに話しかけた。


「·····苗字、呪霊操術が使えるんですよ。俺初めて見ました」
「!」

何の気なしに言ったであろうその言葉に、五条さんはなぜだかとてもびっくりしたようだった。アイマスクで見えないけれど、その下では目を見開いているんじゃないかと思ってしまうほど。·····そんなに珍しいんだろうか、この技。


「·····そういうのはもっと早く言ってくれない? 恵」
「そう言ってくるかなと思ったんで早めに言ったつもりですけど·····」

どうかしましたか、と伏黒くんが五条さんに聞く。五条さんはいいやなんでも、と首をゆるく横に振った。


「·····とりあえず今日はもう遅いし帰ろうか。名前は僕が送っていくよ、いろいろ話も聞きたいしね。恵はひとりで帰れるだろう?」
「? ·····はい」
「えっあ、すみませんお手間かけます·····」
「いやいや」

まだ中学生の女の子に夜道を歩かせるわけにはいかないからね、五条さんはそう言って笑った。


「じゃあ伏黒くん、また明日。今日は本当にありがとうね」
「おう。気をつけて帰れよ、·····お大事に」
「もう治ってるってば」

ピンピンしてるよー! と元気よく伸びをしてみれば伏黒くんは薄く笑って、それはよかったと言った。じゃあまたね、と元気に手を振る。伏黒くんは軽く手を上げたあと、わたしの家とは違う方向に歩き出した。



「じゃあいこっか、名前」
「はい、よろしくお願いします」


そしてわたしは五条さんといっしょに歩き始める。背が高くて足も長くてスタイルがいい五条さんの隣を歩くのはなんだか少しドキドキしたけれど、それよりも今日だけでふたりもあのモンスター·····呪霊について知っている人と出会えてとても嬉しい気持ちだった。空にはぽかりと満月が浮かんでいる。時々雲に隠されながらも光り輝くそれは、もはや蠱惑的な程に美しかった。

邂逅