「おじゃましまーす・・・」
「はいどうぞ」
来客用のスリッパを出す。キルアがキョロキョロと部屋を見回していた。
「…事務所も兼ねてんの?」
「うん。リビング兼事務所とあたしの部屋と、バスルームと、あと納戸?っていうかちっちゃい部屋があって、そこぜんぜん使ってないから使っていいよ…あ、でもベッドないな」
「ソファでいいよ」
「ほんと?とりあえず明日にでもベッド買いに行こっか、キルアがいなくなったとしてもたまに友達が泊まりにくるからあったら便利だし」
そうそう。メンチが泊まりにくるときはいつも必然的にソファで寝かせてしまうから、なんとなく悪い気がしてたんだ。
あ、でももししばらくキルアが泊まるならその間メンチ家に呼べないな…。
「なんか飲む?暑かったし喉かわいたでしょ」
「いいよ、お構いなく」
「いいのいいのあたしも飲むから。スプライトでいい?」
「うん」
はーいとキッチンに向かい、グラスふたつにスプライトを入れた。小さな泡がしゅわしゅわ弾ける。
ふたつ並べられたコップを見て不思議な気持ちになった。
今更だけど・・・本当にキルア、家に連れてきちゃったんだ。
第37話
いつかは泡のように
「お腹すいてない?あたし冷凍のドリア食べようと思って」
「あ、オレもほしい」
「ほーい」
冷蔵庫の中、食べたいものあったら勝手に食べていいからね。と言いながらドリアをレンジにいれる。
「食べたらシャワー浴びる?お湯沸かそっか。
キルア先に入りなね」
「お姉さんのあとでいいよ」
「いいのいいの。化粧落としたりヘアセット解いたりしなきゃいけないしね。あとCATでいいよ」
「CATね。
綺麗にしてるけど、パーティーのあとかなんか?」
「うん。きょう、もともとはパーティー会場での覆面警備の仕事だったの。なんかフクザツなことになっちゃったんだけど」
そしてあたしは今日の出来事を話した。
もちろん、あたしが『あたし』と出会ってしまったことや、変な記憶が頭の中に入り込んできたことは言ってない。
ただ、人体収集家の話や見つけた女の子たちの話は、明日以降のスケジュールに影響するから話す必要があった。
「ヘェ・・・大変だったな。
メインズ氏はオレも聞いたことある。そんなヤベーヤツだったんだ」
「うん。あ、そうそれでね、明日はその捕まえられてた子達を家に送り届ける予定なの。
それよかったら付き合ってもらってもいい?普通にお金も渡すし・・・元々の予定してた仕事じゃないからいくらになんのかわかんないけど。」
「ダイジョブ、なんでも言って。一晩泊めてもらうんだし、金なんか別にいいよ。
・・・あ。」
「?」
そう軽く答えたあと、キルアは一口だけスプライトを飲んで止まった。
「どうしたの?」
首を傾げると、少し気まずそうに頭をかきながら、キルアは改めて口を開く。
「ゴメン。言ってなかったんだけど・・・オレ家業で暗殺やってるゾルディック家の三男なんだ。だから裏の業界とかそういうの、耐性あるっつーかむしろそっちが本業みたいなとこだからぜんぜんオーケー。
ただ、もちろん別に何もしねェけど、そんなヤツと一緒の家で寝んの嫌かなと思って。嫌だったらすぐに言って。ぜんぜん気にしないで出て行くから」
「!」
ナチュラルに自分の身の上を明かしてくれたキルアに驚く。
・・・ああ、ちゃんと。
こうやって最初に、あたしもぜんぶ話してたらよかった。
胸を痛めながらも、ずるいあたしはこのまま何も知らないふりを通す。
「・・・ゾルディック家か。だったら頼もしいね。
遠慮せずにいろいろお願いするかも。よろしくね、キルア」
「!
おう。あっでもいま家出してっし戻る気ねえから、親父達に見つからないようオレがゾルディック家の一員ってことは内緒な!」
「うん、誰にも言わないから安心して。
・・・実はあたし、こういう仕事始めたの最近なんだ。わかんないことも多いと思うから、いろいろ教えてくれると嬉しい」
あなたのこと。あなたのお父さんのこと。あなたのおじいさんのこと、お母さんのこと、お兄さんのこと、弟のこと。
ぜんぶ知ってる。でも、弱虫なあたしは、正直に身の上を教えてくれたキルアに本当のことを告げることはできなかった。
自分のことを受け入れられた、そう思ったんだろうキルアが肩の力を抜くのがわかる。
ごめん。ごめんね。こんなに救われているのに、騙すようなことをして、本当にごめんね。
「最近?珍しいね。だいたいのやつってガキの頃からこういう世界に関わってるか、どっかに所属してその関係で・・・ってなるのに。CATは見たとこ、一人でやってるだろ?」
「うん。ちょっといろいろあってねー、始めざるを得なかったっていうか」
何からどう話そうかな。
ただでさえ嘘に嘘を塗り固めてしまっているあたしは、もう今更何を話せばいいのかもわからずウーンと困ってしまった。
チン。
そんなとき、ドリアを入れていたレンジが音を立てる。
これ幸い、とあたしは会話を打ち切った。
「ま、今度ゆっくり話すよ。先にごはんにしよっか」
どれだけあなたがここにいてくれるのかわからないけど。
もしも長くいてくれるなら、そう、いつかは。
・・・なんて、ほんとうにずるくなったもんだなあ。