もう少ししたら夕立が来る

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「ごめんなさい、お待たせしましたよね」
「ううん、いま来たところだよ。
きょうは来てくれてありがとう、本当にうれしい」
「・・・」


にっこり。
そう微笑むシャルナークに胸いっぱいの愛しさを覚えた。この間とはまったく違う感情が身体中をうごめく。あたしはいったい、誰になってしまったんだろう。


「じゃあ、入ろうか」
「・・・はい」


シャルは少し重そうな扉を開けてエスコートしてくれた。
いつも彼は優しかった。・・・そんなこと、あたしが知ってるはずないのにどうしてそう思ってしまうんだろう。


いっそ、パクノダに見てもらったほうが楽なんだろうか。
でもきっと、いまの体調のあたしがパクノダに念を向けられたら、あたしの意思に関係なくその念を吸収して終わる。


あたしは、いったい。
どうしたらいいんだろう。


第42話
君への想いがもどかしい







「どれにする?」
「あ、じゃあパスタランチを・・・」
「オレもそれにしようかな」

内装も素敵で、椅子もふかふかで、メニューも美味しそうで、接客もよくて、いいお店だった。

あたしはシャルとなにを喋ったらいいのかわからずまわりの方にばかり目をやってしまう。
それでも彼はニコニコと笑ってくれていた。胸が張り裂けそうだった。


「この間のライブ、本当によかった。そういえば新しい曲も出してたね。あれもすごく好きだよ」
「あ、ありがとう・・・・・ゴザイマス」
「敬語、なくてもいいんだよ」

喉がやたらと乾いてあたしは水ばかり飲んだ。シャルと話すのに敬語を使うのがムズムズした。

そんなわけないのに。年上の男の人、仲がいいはずがない男の人。あたしはそんな、簡単に誰とでもタメ口で話せるようなフレンドリーな人間じゃない。なのに、どうしてこんなに、変な感じがするんだろう。


「なんか今日、元気ない?」
「えっ・・・」
「急に呼び出しちゃったし・・・緊張してる?」
「や、そうじゃなくて、」


シャルはいつも、少し自分のせいにしがちというか、気を使いすぎるところがある。
優しくて、気が利いて、穏やかで聡明な人だから。クモの中で、誰よりも人間くさいようにおもう。おもってた。


どうして。



原作見ただけじゃ、そんなこと・・・




「・・・あなたたちの探してる、サナさんについて、教えてくれませんか?」
「え・・・」

「あたしと、『サナさん』はちがう人間だと思います。でも、気になることが、あって・・・」


悶々としていてもしょうがないから口を開き、それだけ必死に言ったはいいけど胸が痛くなって口をつぐんだ。
そのタイミングでサラダとスープが運ばれて来る。おいしそうだ。



「・・・わかった。スープ冷めたらもったいないし、食べながら話そうか」
「はい」

あたしもシャルもスープを一口飲み、水をまた一口飲んだ。


バクバク。
バクバク。


胸が痛くなる。


あれは。『サナ』は。あたしは。いったい、



『オレを』
『知っているのか?』







「サナは、クロロが拾って来た赤ん坊だ。オレたちクモで、育ててた」




ああ、そうだ。


あの日。

あたしは小さな手を伸ばして一生懸命彼の名を呼んだ。



クロロ、クロロって。



そう。





あの日クロロに抱き上げられて、始まった・・・・・。

























「オレが10歳くらいの時だったかな。クロロがサナを連れて来たのは。
まあ、オレたちで育てたって言ってもオレたちもまだ子どもだったから・・・赤ん坊の頃は、近所に住んでたおばあちゃんが基本的に見てた」
「・・・」

「サナは手がかからない子どもだった。前世の記憶・・・みたいなのがあったんだと思ってる。
最初オレたちはサナのことを別の名前で呼んでたんだけど、そしたらサナが『あたしはサナだ』って言ってきたんだ」


シャルナークは懐かしそうに、ときどき少し笑いながら話した。


「サナは不思議な赤ん坊だった。
夜泣きはしないし、立つのも早いし、意思疎通もすぐ取れるようになった。子育てってこんなに簡単なのかとおもったくらい。」


もちろん子育てを経験済みの人達に言わせるとこの子が特別だ、おかしい、だのなんだの言われたけどね。と肩をすくめて笑った。



「3歳になる頃にはちゃんと話してた。まだ滑舌は悪いけど、まるで大人みたいに。
サナはいろんなことを知っていたし、面白かった。その頃にはほとんどオレたちと遊ぶようになってたな。

前世の記憶みたいなものがあるけれど、いろんなことが思い出せない・・・って言ってた。ときどき記憶が混乱したみたいで苦しそうだった。よく熱を出してた。体はそんなに強くなかった」
「熱・・・」


そうだ。

あたしはよく、熱を出してた。


熱が下がったら・・・




「みんなに可愛がられてた。みんなサナが大好きだった。熱が出るたび心配だった。
最後のときも、熱を出していた」
「・・・」

「でもオレたちはどうしても盗りに行きたい獲物があって、いつも面倒を見てくれてるおばあちゃんにサナを託して外へ出た。帰ったらサナはいなかった。
おばあちゃんが台所へ行ったタイミングだったらしい。急に後ろがピカッと光って、振り向いたらサナは消えてたって」


シャルは苦しそうに眉を顰め、続ける。



「行かなきゃよかった。サナを置いてまで盗りに行きたいものなんてなかったはずなのに。

それからずっとオレたちはサナを探している。でもどうしても、何をやっても見つからなかった」


話していると、ウェイトレスさんがパスタを運んできてくれた。
あたしとシャルは軽くおじぎしてそれを受け取る。




「そしたら、君が突然現れた。
オレたちには君が、どうしてもあのサナにしか思えない。

サナは前世の記憶がよく混乱していたから、もしかしたらいま、この今世のこともそうなっているんじゃないかって・・・どうしても思ってしまう。
キミにとって気持ちのいいものではないって、わかっているけれど・・・よかったら、キミの記憶を調べさせてくれないか?」


シャルナークは真っ直ぐにあたしを見つめた。
その瞳越しに、弱っちい顔をしたあたしが揺れるのが見える。




一緒に星を見に行こう。


そう約束したのは、きっと・・・・・。







「わかりました。でも、たぶんあたしの記憶を調べることはできないと思います。あたしの念の性質上、そういった念は逆にあたしの力にしてしまう可能性があります」
「!」
「別に、その人の能力を奪うとかじゃないから試してもらう分にはいいんですけど・・・。人のエネルギーを自分のエネルギーに変えてしまうので」
「そうなんだ・・・」


ならどうしよう、といった風にシャルナークが目線を落とした。わかりやすい。彼は本当に、いつもわかりやすい。


あたしはフォークを握って、彼に笑いかけた。





「それでもよければ。パスタを食べた後、クモの皆さんに会いたいです」
「!
いいの?」
「皆さんがよければ」
「ぜったいいいよ!ごめんね、ちょっと一本みんなにメールする。できるだけ全員集めるよ」
「・・・すみません。ありがとうございます」


パパパと早打ちするシャルナークを見つめながらパスタを口にいれる。
こんな状況じゃ味なんてわからないのではないかと思っていたけれどそんなことはない。とても美味しかった。元気がでる。



・・・ちゃんと、話してみよう。



その先に、何があったとしても。


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