「あたしは、こことは違う別の世界から来ました」
逸る心音を遮るようにして、放った言葉は酷く響いた。
幻影旅団の面々があたしを見ている。
みんながあたしの言葉の意味を測りかねて眉を寄せる中、クロロだけはただ真剣な眼差しをあたしに向けていた。
そう。
そういうひとだ。だからあたしはこうして話せる。
「信じられないと、思いますが。あたしはつい数ヶ月前まで普通の、念も何も知らないただの一般人でした。
だけど、突然時空の歪みとかいうものに落ちてしまって。あたしはこの世界で・・・今までと違う世界で生きることを、余儀なくされました」
第44話
泥だらけのシューズを履いて
何を話せばいいかわからなかったからすべてを話すことにした。
たとえそれで信じてもらえなかったとしても、あたしはもうすでにこの話を聞いて受け止めてくれた人がいる。
ジンさんの器の大きさをここに来ていま改めて思い知った。こんなにも落ち着いて話せるのはジンさんのおかげだと思う。
・・・あの人は、まるで親みたいだな、と思った。
「眩しい光に目を閉じて、次に開いたときには真っ白な空間で。時空の管理人と名乗る男がいました。その男はあたしに、もう元の世界には戻れない、別の世界で生きろと言いました。その、別の世界がここです」
うまく説明ができている気はしなかった。でも、ぜんぶ本当のことだ。
「・・・そして次に目覚めたとき、あなた達がいました」
そう。この世界で、初めて出会ったのは幻影旅団だった。
「ちょっと待って。じゃあ何でキミは、オレたちを知っていたの?最初から名前を呼んでたよね」
そこまで話したとき、シャルナークが左手を上げあたしの話を制止しながら聞いた。
そう、そこは、そこだけは。1つだけ嘘を含まないといけない。
自分のためにも。他者のためにも。
「・・・信じられないと思うけど、あなた達はあたしの友達が好きだった本の登場人物なんです。あたしはその本を読んだことはないけれど、友達の影響で顔と名前は知っていました。
時空の管理人いわく、世界は実はごまんとあって、ときどき異世界とリンクするようです。あなたが今まで読んだことがある物語も、全てどこか別の世界で本当に起こっているノンフィクション。
それが、違う世界にいる作者の頭にシンクロして書物になったらしいです。あたしも、そのへんの事情はあんまりよくわからないんですけど・・・」
これで伝わるのかなあ、と思いながらもこれ以上のことは知らないからそう話すしかなかった。
あたしが未来を知っていることは、言わない。
あたしにももちろん知らない側面はあるから、過度に期待をされても困るし。今後何かがあったときに、無理やり聞き出そうとされても困る。
そして、クラピカ。
彼もただの他人ではない。
彼の記憶もあるから。彼も、守りたいひとだから。
クラピカのことを考えても、あたしは未来の話は絶対にしない。
「とにかく、そんな経緯であたしはこの世界に来ました。時空の管理人のおかげで、あたしはそれなりに強くなれたのでCATと名乗ってハンターをしています。
それで、その過程で・・・たぶん、皆さんが探している『サナ』さんを見つけたから、今日ここに来ました」
「!」
「サナを見つけた?!」
真剣に話を聞いてくれているシャルやマチ、パクノダ達とは違い、どちらかというと話についてこれていなかったノブナガとウボーが突然立ち上がった。
ほんと個性的だなクモの皆さん・・・。
「はい。メインズファミリーのダンスパーティーで護衛をしていたときです。
メインズ氏の趣味は人身収集・・・それも、若い女性に限ります。ひょんなことからあたしは、誘拐されてメインズ氏のコレクションとして愛でられていた女性を助けることになりました。そこで・・・」
あたしは思わず言葉を詰まらせた。
あの、衝撃を。
どう説明したらいいんだろう。
「そこで、あたしは『あたし』を見つけました。すぐに、これが皆さんの探している『サナ』さんだと思いました。本当に、そっくりだったから。ドッペルゲンガーだと思うくらい」
みんなが固唾を飲んで聞き入っている。
よっぽど大事に思っているんだろう。あの、『サナ』のことを。
「そのとき『サナ』さんはショーケースのような酸素カプセルに入れられていて。クスリで動けなくなっていたので、まずはそれを吸い出そうと思いました。
そして、ショーケースを開けたとき・・・」
何度も頭の中で繰り返した。
あたしと、あなたたちの。
優しくて、穏やかで、幸せだった、日常。
「たぶん、『サナ』さんの記憶なんだと思います。それが流れ込んできました。
クロロに拾われて。みんなに、育ててもらって。一緒に、遊んで。熱を・・・出して。」
こんなにも熱を帯びた記憶が自分のものじゃないなんて。
目の前に、あの日々を共に過ごした人たちがいるのに淡々と話している自分にギャップを感じる。
無性に悲しくなって、喉の奥が熱くなって。
なぜか、ぽとり、涙が出た。
「治ったら、星を見に行く約束をしたのに。守れないまま消えてしまった」
そして、その後。
あたしの記憶は一気に駆ける。
クラピカのところまで。
でも、それは、言わない。
あたしはなぜか流れた涙を手で拭った。なんで泣いてるんだろう。ばかじゃないの。
「・・・それで、気付いたときには『サナ』はいませんでした。記憶が流れてきた衝撃で、あたしは叫びながら倒れたみたいで・・・。役に立てなくてすみません。でも、これがあたしの知ってるすべてです」
へら、と笑って話を続けた。
「あたしと『サナ』に、なんの関わりがあるのかはわかりません。
ドッペルゲンガーかな、とも思ったけど・・・そもそもあたしは異世界から来てるから、そのせいで何か変な作用が働いたのかもしれない。
ただ、あたしも彼女を探しています。あの子から記憶が流れてきたのと引き換えなのかなんなのか・・・あたしの力がだいぶ弱まっていて。向こうに流れたんだと思います。だから、それを返してほしい」
ああ、無事に話し終えた。
こんなに一人でいっぱい喋ることなんてまあまずないから、少し疲れたような気がする。
でも、本当のことを話し切って。
なんだか肩の荷が下りたみたいに、スッキリした。
「皆さんを、ガッカリさせちゃったと思います。あたしが、あなたたちの探している『サナ』じゃなくて。
でも、違うからこそ伝えておきたかった。いまは、あたしにもあなたたちとの記憶があるから、ちゃんと説明しておきたかった。
信じられないことのほうが多いと思います。何か質問があれば、なんでも・・・」
「お前はどうしたい?」
「えっ?」
突然。
今まで口を挟まず、黙って話を聞いてくれていたクロロが声を出した。
「サナ。お前は、オレたちとどうなりたい?」
「ど、どうって・・・」
「いま『サナ』の記憶があるなら、少なからずお前はオレたちに好意的な感情を抱いているはずだ。オレもそうだ。お前は確かに『サナ』と違うのかもしれないが、違ったとしても改めてお前を知りたい。お前と話すことで何か新しくわかることもあるかもしれないし、なかったとしても、別にそれはそれでいい。」
「ど、どういうことですか・・・?」
いま、あたしがクモとどうなりたいか。
どうなりたいなんて・・・考えたこともなかった。
自分の記憶と『サナ』の記憶を分別するのに精一杯で。
自分が自分であることを証明するのに、精一杯で。
「どうだ。少しクモと一緒に行動してみないか?
返事は今度でいい。気が向いたらここに連絡してくれ」
「わっ、」
突然投げられた小さな紙切れ。
そこには、クロロの連絡先らしいものが書いてあった。
「お前のタイミングでかけてこい。こんな形で全員と会うのが大層だと思うなら、まずは一度オレと飯に行くとかでもいいしな。それくらいなら悪くないだろ?」
「え、あ、えっと・・・」
どんどんどんどんクロロのペースに飲み込まれて行く。
な、なんだ???なんでこんなことに?????えっ?????クモと行動?????えっ???????
頭にハテナがいっぱい飛び交う。
訳がわからなくなってきた。
「今日はたくさん話して疲れただろう。こいつらも突然のことでまだ理解ができていないだろうしな。
もし良ければ日を改めてまた会おう。時間を置いた方が、見えるものもある」
「え、っと・・・」
「シャル。送ってやれ」
なにがなんだかさっぱりで混乱し始めていたら、クロロが今度はシャルに声をかけた。
シャルはクロロの斜め後ろに座っている。
数秒、二人が見つめあった気がした。
「わかった。
サナ、行こうか」
「あ、は、ハイ」
よくわからないまま流される。
大混乱しているあたしに、シャルは笑顔で近づきながら言った。
「いっぱい話して疲れたでしょ。よかったらおやつでも食べに行く?」
「あ、や、いいです・・・」
わ、わけがわからん・・・・・!!!!!
そしてあたしは、幻影旅団のホームを後にしたのだった。
シャルナークがサナを連れ出してすぐ。
まだサナの話した内容を飲み込めきれず、混乱続く幻影旅団の面々にクロロは向き直った。
雰囲気、オーラ、カリスマ性。すべてを兼ね備えた彼・クモの頭の動きに手足であるメンバーは当然反応する。
一同の視線を集めたクロロは、凛とした声で言った。
「あれは・・・オレ達が探している『サナ』だ」
その言葉は廃墟に響いてこだまする。
誰かがごくりと生唾をのんだ音がするような気がした。