「つかれた・・・」
家に帰ってソファに座った瞬間、深いため息が出た。
あんなに大勢の前で長く話すことなんてまあ滅多にないし、話した内容も内容だからめちゃくちゃ頭を使った気がする。
どかっと音を立てて座ったあたしを、ソファはいつも通り柔らかく包み込んでくれた。
キルアはいま仕事に行ってるみたいだ。ホワイトボード上の予定表を見ると、チャールズさんの猫探しと書いていた。
ぽてん、ソファに寝転がる。
クモのみんなはあたしの話を聞いてどう思ったんだろうか。
きっと結論を下すためにあたしはすぐに帰らされたんだろう。今頃みんなで話し合っているはずだ。
天井へと腕を伸ばす。
本来の年齢に近い、この世界での自分を10年分成長させた手をぎゅっと握った。
本当のことを話すのは疲れるけどスッキリする。
なんというか、いまはボールを投げ終わった状態だ。あっちからどんなボールが返ってくるか待っている状態。
話をするまでのあたしは、どうしたらいいのか悶々と考えているばかりだった。
今は、できる限りのことをしたから肩の荷が下りたような気持ちになっている。
これからどんなボールが返ってきたとしても、いまのあたしにやれることはない。
・・・嘘をついたり隠し事をしたりするよりも、正直に生きた方がきっとずっとラクだ。
あたしのちっぽけな脳みそは隠し事をしたり誤魔化したりすることにとことん向いていない。
そう、キルアにも本当のことを言わないといけない日がくる。いつまでも黙っていられるものではない。
試験を一緒に受けたら間違いなくバレるだろう。じゃあ今年は見送る?2年後に受ける?・・・遠いわ。
それに試験を受けなくても、この関係を続けていたらそう遠くない未来にゾルディック家を通じてバレてしまうだろう。
他人に暴かれるくらいなら自分から言ったほうが何千倍もましだ。
クラピカのこともある。クラピカにも、早く話さないと・・・。
ああ。やることがいっぱいあって、考えるのしんど・・・・・
っていうか、ねむーーーーー・・・・・・・
第46話
微睡みの中で揺らめく真実
「ん・・・」
「オハヨ。おかえり」
「ただい・・・ま。おかえり・・・」
「おう、ただいま」
起きたら台所のほうからキルアの声がした。
あれ、あたしいつの間に寝ちゃってたんだろ・・・。
寝返りをうってみる。なんかめっちゃ寝た気がする。タオルケットがかかっていたのに気づいた。ああきっとキルアがかけてくれたんだ。
「これかけてくれたの・・・?ありがと・・・」
「ん。帰りけっこう早かったんだな、戻ったら寝てたからびっくりしたぜ」
「いま何時?」
「7時前」
「ありゃ・・・けっこう寝ちゃった」
のそっと起き上がり目をこする。キルアがあたしの分までお茶をいれて持ってきてくれた。
「いる?」
「うん、ありがとー・・・。
きょうは仕事どうだった?」
「問題なし。晩飯どうする?何か買ってこようか」
「えっいいの」
「おう。作るのも食いに行くのもめんどくさいだろ」
「神様かよ・・・」
合掌すると大げさだなー、とキルアが笑った。
ああ、手放したくないな。胸の痛みとともにそう思う。
できることならいつまでもこうして生きていきたい。あたしがずっと養うから、不自由させないから側にいてほしい。
でもそれを押し付けるんじゃきっと今までのゾルディック家でのレールの引かれた人生と変わらない。
それに彼はまだ年端もいかない男の子だ。きっとここを飛び出てしまうだろう。
いつかあたしはこの仮面を外さないといけない時がくる。
それはどうしようもないことなんだ。
・・・だから、その時までに。
「ねえキルア、今度ふたりでどっか行かない?」
「どっかって?」
「あそぼーよ、たまにはさ。時期的には花火とかお祭りかな?遊園地やら温泉旅行も悪くないね」
そう。
このわがままを通したら、観念してちゃんとぜんぶ話すから。
それまでは、せめて。
このまま二人で。
「さっきサナは自分がCATと名乗って働いていると言ったが、CATについて誰か何か知っているか?」
「最近名を上げてる何でも屋だろ?」
「確か物の修理が得意なんだっけ・・・」
クロロの問いかけにいくつか声が上がる。
それに対してクロロはそうだ、と頷き立ち上がった。
何かが印刷された紙を配り始める。
「これって・・・」
「ハンターサイトに乗っているCATについての情報だ。本名はないが、顔は載っている。天空闘技場に突然現れた期待の新人で、自らの運営する何でも屋を宣伝しながら闘う。
特に物品の修理が得意で、ただ物を直すわけではなく指定した過去の状態に戻すことが可能らしい」
説明を聞きながら紙を受け取ると、2枚の写真が目に入った。
「!この写真・・・」
「そうだ。一つは先ほどのサナ、もう一つはそれにプラス10歳くらいしているように見えるだろう?」
確かに・・・とまじまじ見つめる。
天空闘技場らしい背景のものは今と同じで幼いが、その隣に貼られているものはどうやっても一人の大人の女性に見えた。
「姉妹説、特殊メイク説、整形説など様々あるが・・・おそらく念の力と見て間違いないだろう。物品修理の件も、それを肯定している」
全員に紙が行き渡ったところで、クロロは元の位置に戻って座った。
「アイツは時間を操作できる。おそらく今が本来の姿で、仕事の時は体を成長させるようにしたんだろう」
「!」
「時間の操作か。なかなか面白い能力だけど、それがどう関係あるの?」
あまり聞かない能力だが、制約次第では実現可能だろう。
しかしその能力とサナがどう関係するのかわからず口を開いた。
「おそらくアイツは、自分や物質の時間を操作するだけでなく・・・タイムスリップしたのだと考える。
サナは、時空ごと移動できる」
タイムスリップ。
考えもしなかった一つの仮説にオレ達は目を見開く。
「タイムスリップって・・・。だからサナがいま二人存在しているってこと?
さすがにどんな制約をつけてもそれは厳しいんじゃないの?それにその理論だと、赤ん坊じゃなく14歳のサナとアタシ達は出会ってないとおかしい」
「いや、そこは自分の年齢をいじれるんだから単純に赤ん坊に戻してただけじゃないか?」
眉をひそめながら言うマチに、フィンクスはそう口を開いた。
しかし彼女はそれでも納得いかないようで首を傾げる。
「体を退行させてタイムスリップしたとして、その意味は?目的は?
団長が見つけたとき、サナはまだほんの赤子だったんだよ。そのまま死ぬ可能性だって十分あった」
そこで皆に同時に上がった疑問。
眉を寄せるマチに、クロロは余った紙の中に印刷されているサナの写真を見つめながら言った。
「おそらく・・・分裂した後過去に飛ばしたんだ」
「分裂?」
「ああ。ホークラックスというものを知っているか?」
「それ、あのコが昔好きだった本に出てくるやつでしょう?ハリー・ポッターだったかしら」
そういえば、とパクノダが答えた。
ああ、あの本か。確かによくサナが読んでいた。あまり有名ではないけれどなかなか面白い作品だったような気がする。
勧められて自分も少し読んだことを思い出した。
しかしもちろんピンとこないメンバーもいるようで、首を傾げる彼らにクロロは改めて説明をする。
「そうだ。作中に出てくるホークラックスとは、魂を複数に分断し保存するといったものだ。つまり、一つ一つの魂は完璧ではないが、そのうちのいくつかが壊されても全てがなくならない限りは死ぬことがない。
もちろんあれは物語の話・・・まあ、サナの言葉を信じるなら別の世界での話になるが、アイツがそこからヒントを得ていたとしてもおかしくない」
念はその者の性格や嗜好を色濃く反映する。
確かにサナが本の中の技を使っていたとしてもおかしくないだろう。言われてみれば、CATは戦闘時多種多様な技を使うとも聞いたことがある。
「サナは自分を分断し、片方を退行した上で過去へ飛ばした。どれほどの制約と誓約の元に行ったのか予想もつかないが、サナの話をすべて信じるのであれば・・・この世界にトリップする際に現れたという時空の管理人に力を貸りたんだと思う。
話を聞く限り、そいつはサナに非常に肩入れしていそうだ。当然かもしれないが」
先ほどの話の中で出てきた時空の管理人。
サナに別の世界で生きろと言ったらしい。
サナが異世界にトリップした理由はわからないが、時空を管理する者が本当にいるとしたのならそんなイレギュラーはあってはいけないはずだ。
おそらく何かしらの事故。それによる謝罪の意も込めサナを別世界にトリップさせたか、以前からサナに特別な思い入れがあり元の世界でのトラブルに巻き込まれないよう他の世界に逃したと考えるべきだろう。
もともとは念も知らない一般人だったと自分で言っていたことから、念をサナに与えたのはほぼ間違いなくその人物。
全世界を統べる者なら、強大な力を持っていない方がおかしい。
「じゃあ、つまり」
「ああ、オレたちが探している『サナ』はおそらくサナの分身だ。
ではなぜ分裂したか・・・それは未来でサナがそうでもしないといけない窮地に追い込まれたからだろう。そしてその窮地まで時間が進んだとき、この二人は融合し元の一人の人間になる」
「!」
そうか。
70:30で分裂していたとしても、分身の方が赤子からやり直すことで力を蓄えていれば、70:40や70:50以上の力になり、融合した際に元の力を上回れる。
突然この世界に来て力を与えられた今のサナより、少量でも力を持ったまま赤ん坊からやり直した分身のほうが伸び代もデカイだろう。
「分身の方の『サナ』が消えたのは、まだ今はその時ではなかったからだ。おそらく分身は本体より力が弱い。だから本体の力を奪ってしまったんだろう・・・代わりに記憶を吸われてしまったようだが」
あの短い時間で簡単に、ノーモーションで力と記憶のやり取りが行われたということがより一層二人は同一人物、むしろ一人から分かれた本体と分身のように感じられた。
「もしあの時、クルタ族にいたのが本当に『サナ』だったのだとしたら。どこかの時点でオレ達は怨まれていても仕方ない。
だが融合してしまえば記憶や感情は本体と分身を合わせた総合判断で行動をするようになるだろう。記憶が本体に流れたということは、融合しても分身の記憶は消えないと見た方がいい」
クルタ族の名前を聞き、皆がギュッと手に力を入れたのがわかった。
「本体ごと取り返すぞ。アイツは、オレ達の『サナ』だ」
その5時間後。
パリストンが自分の住むマンションの扉の鍵を開けた。
「ただいま」
男性にしては高い声が玄関に響く。
靴を脱ぎ、リビングへと繋がる扉を開いた。
「おかえりなさい」
こちらを真っ直ぐ見つめてくる女はソファに腰掛けている。
パリストンはその女に近付き、優しく髪を撫でた。
「いい子にしてたかい?サナ・・・」