私わたしワタシあたし

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「うん、うん、じゃあそれは断っといて!ありがとう。
はあい、夕方には帰ります」


キルアと電話で話しながら事務所へと向かう。
うだるような暑さの中、あたしは額に滴る汗を拭いながら歩いた。コンクリートの照り返しが目にしみる、溶けて死ぬ。


じゃあね、と電話を切ってカバンに入れた。
最近はライブが近いので毎日事務所に通って調整のためのボイトレを行っている。


酷暑にげんなりしていたけれど、キルアがライブに来てくれるとわかってからより一層気合が入っていた。

よし、今日もがんば・・・


「サナ!!!」



頑張るぞ、と意気込んだとき。
後ろから自分を呼ぶ声がした。

誰だと振り向くと同時、視界に捉えたのは金色の美しい髪。


懐かしい民族衣裳に、あたしはただひとつ名前を呟くことしかできなかった。




「クラピカ・・・」





第48話
フェードアウト・ドロップ






再会は突然だった。

いや、再会というよりも、正しくははじめまして・・・なんだけど。


あたしが彼の名を呼ぶや否や、彼はダッと駆け寄って来てあたしをその腕に抱いた。
懐かしい匂いがする。


驚きと、どうしたらいいのかわからない戸惑いで固まりながらも、ああ探しにきてくれたのか・・・とか、あーもうすぐレッスン始まるな、とか。

冷静なようで混乱している自分が、まるで幽体離脱でもしたかのようにどこか遠くで思考を巡らせているのを感じた。




「サナ・・・よかった、生きていてくれて、本当によかった・・・」



クラピカの声には涙が滲んでいるように思う。

あたしは、本当のことを言わなきゃという気持ちと、失望させるくらいなら言いたくないという気持ちの狭間でぐわんぐわん揺れた。
クラピカの腕の中は、ただただ暖かかった。アツイくらいだった。


ああ、ごめんね。
あたし、本物のサナさんじゃなくて。


ギュッとクラピカが腕の力を強める。
せめぎあいの中、黙り続けることができるようなものではないという結論が出て、あたしは口を開いた。



「あ、あの・・・」
「すまない。だがもう少し・・・」

「ご、ごめんなさい。あたし、あなたが探しているサナじゃないんです、」
「!」


ガバッ。
音を立ててクラピカが離れる。

目が合った。
彼の瞳の中のあたしが揺れる。



「なにを、言って・・・」
「すみません。ちょっと事務所に連絡して、今日のボイトレはお休みにしてもらうので、少し待っててもらっていいですか?
どこかカフェにでも行きましょう。話さないといけないことが・・・」

刹那、あたしの言葉を遮ってクラピカは困惑したように震える声で問うた。


「サナじゃないわけないだろう・・・?

オレが教えたクルタの言葉で話しているじゃないか・・・」
「!」


目を見開きながら言うクラピカに今度はあたしが目を丸くする番だった。


クルタの言葉を?
あたしがいま、話している??

理解が追いつかなくて思考が停止しそうになるのをなんとか飲み込む。
え、いまあたしクルタ語話してるの?どうなってんのこの体。あたしの意思は???

脳と体が分裂したような気持ち悪さを感じる。でもそれに無理やり蓋をして、あたしは口を開いた。


「・・・そう、なんですね。ごめんなさい、無意識でした。
とにかく、何にせよ事務所に電話しないといけないので、少し待っててください」


やっとの思いでそう言い終える。

そしてあたしは事務所に風邪気味だから大事を取って休みたいと連絡をし、クラピカと二人でカフェに向かった。


道中はただ、無言だった。



























「ここ、よく来るんです。ミックスジュースが好きで・・・なに飲みます?」
「・・・アイスコーヒーを」
「はい。
すみません、ミックスジュースとアイスコーヒー」


近くにある雰囲気のいい個人経営のカフェ。
ときどき来る場所だった。まさかここにクラピカと来ることになるとは。


ウェイトレスさんに店内に通されたときに出された水を一口飲んで、あたしは改めて切り出した。


「ごめんなさい。もらってた手紙、読んでたんです。でも、なんて返事したらいいかわからなくてそのままにしちゃってました・・・本当にごめんなさい」
「それよりも。

・・・キミがサナではないというのは、どういうことだ?その見た目でオレのことを知り、クルタの言葉を話しながら赤の他人だとは思えない。説明してほしい」


まずは、と気になっていたことを謝罪するとクラピカはどこか悲痛な声でそう言った。

そりゃ、クラピカからしたら納得がいかないだろう。
あたしですら誰かに説明してほしいくらいだというのに。

頭が痛くなるのを感じながら、あたしは頷く。


「はい。・・・あたしにも、よくわからないことが多いからあれなんですが・・・。
説明します。あたしの話せることは、すべて」


本当は、何を話して何を話さないか。
すべて整理をして、自分から会いに行くべきだった。

でもいまこうなってしまったら、そんな後悔は何にもならず。あたしにできることは、可能な限り真摯にクラピカに事実を伝えることだけ。



「何から話せばいいのか・・・悩むんですけど、順を追って説明します。
あたしは異世界からやってきました。トリップしてきたんです。別の世界から、ここにーーーーーーー」














そこからは、クモに話した内容の繰り返しだった。




「信じられないと思うんですが、事実です。普通の女の子として生活してたんですが、時空の歪みとかいうものに吸い込まれて、元いた世界であたしは死んで。
でもその歪みは神様みたいな人の不注意でできたものだったらしくて、お詫びに転生・・・というか、別の世界で改めて生き直すことになりました」


クラピカは眉を寄せながらあたしの話を聞いている。
意味がわからず口を挟めない、といった様子だった。そりゃそうだ。話しているあたしからしてもあまりにも突拍子も無い。

だけどあたしはガンガン話を進めるしかないので、そのまま続けた。



「そしてあたしはこの世界に来ました。というか、時空の管理人に事情を説明された後、意識を失って・・・」


その先をどう話すか。
言うのは非常に、迷ったけど。



「気づいたら、幻影旅団のアジトに、いました」

本当のことを言おう。
決意して振り絞った言葉に。

クラピカの瞳が、紅く染まった。



「幻影旅団の皆さんは、何故かあたしのことを知っているみたいでした。あたしと同じ名前で、同じ年頃の似た女の子を探していたみたいです。でもあたしはあの人たちを知らなかったし、なんか怖かったんで逃げました」
「・・・」
「逃げたあと、とあるハンターに拾われて。しばらく修行をつけてもらいました。
トリップをしたことで運動神経がよくなったらしく、それなりに強くなれたあたしはCATという名前で何でも屋として働き始めました」


その時、ウェイトレスさんがドリンクを持ってきてくれた。
ありがとうございますとふたつとも受け取るが彼は微動だにしない。

深く思案しているのだろう。硬い表情で固まっていたので、そっとグラスを彼の近くに置いてやった。
あたしはそれでも話を続ける。


「えっと・・・で、働き始めて。
その過程で、あたしは人身収集家にコレクションにされている女の人たちを助けることになりました。

そしてその被害者たちの中に・・・あたしがいました」
「・・・どういうことだ、」

「そのままの意味です。ドッペルゲンガーかなってくらい自分に似ている女の子が、ショーケースの中に入れられて眠らされていました。
あたしは混乱しながらもその子を助けようと思って・・・ショーケースを開けた途端、いろんな記憶が流れてきて・・・」

クモの時もそうだった。
ここのシーンを話すときは胸が詰まる。

何度説明してもあの、映像が頭に叩きつけられていく感じは。うまく言葉にできないし、これから先もできないだろう。

走る頭痛をこらえながら、それでもあの記憶に思いを馳せて言葉を紡いだ。


「クモに、育てられたこと。熱を出して、意識がなくなったこと。そして気づいたらクルタ族にいて、あなたと、・・・パイロと遊ぶ日が続いて、そして・・・」


パイロ、その名前に。
クラピカが息を呑むのを、感じた。



「クラピカがハンターになるため出て行って、少しして、村が襲われ・・・て・・・ッ、」




ぼた。

ぼた、ぼた。



まただ。
これはあたしの記憶じゃないのに、なのに涙が溢れてきた。

しかも今回はクモに話したときの比ではなかった。
喉の奥が焼けそうにアツイ、呼吸がうまくできない。

大丈夫か、と目前のクラピカが心配げにこちらを見る。
先ほどまでの硬い表情はどこへやら。

あたしの状態が普通でないことを察し、眉を寄せたクラピカは所在無げにグラスを握りしめていたあたしの手にそっと彼のそれを重ねた。
それにまた、数々の記憶がフラッシュバックする。

彼はいつもそうやって。
あたしに微笑んだり、心配したり、優しく丁寧に接してくれていた。


・・・クラピカ。

クラピカだけでも無事でよかった。


本当によかった、
ほんとうにほんとうに、ほんとうによかった。





パイロ。

ごめんね、あたしが、



もっとはやく、思い出していたら・・・・









「サナ!!!」




くらり。


頭が真っ白になるのを感じた。
同時に目の前は真っ暗になった。




遠くでクラピカがあたしを呼ぶ声がする。
意識が混濁するのを感じながら、目から筋になって流れていく涙の温度だけがやけにリアルだった。


ごめん、ごめんね、クラピカ。



あたしはあなたにあんなに救われたのに、あたしは何もできなくて。



ほんとうに、ごめんね。




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