「・・・ん、」
まぶたを押し上げると突然体が重くなったような感覚がした。天井は白い。ここはどこだ、と頭の中で呟く。
視線をやるとシーツも白い。あれ、もしかして病院?と思ったとき、隣から声がした。
「目が覚めたか」
「クラピカ、」
「カフェで急に倒れたんだ。覚えているか?」
「・・・あー、」
そういえばそうだったっけ・・・と思考を巡らせる。
なんで倒れたんだろう。前にクモ相手に話したときはそんなことなかったのに。ズキズキと頭が痛んだ。
まあでも、そりゃそうか。
あの記憶を持ちながらどんな顔をしてクラピカに会えばいいというんだ・・・それこそ謝ったって、「あれはあたしじゃない誰かの記憶」と思っているから薄っぺらいし。
にしてもあたし、どれくらい寝てたんだろう・・・外を見る感じまだぜんぜん明るいから、そんなに時間は経ってないような気もするけど。
そう思っていたらクラピカが時間を教えてくれた。
「2時を少し過ぎたところだ。疲れと熱中症だろうと医者は言っていた、既に点滴も終えている」
「え、あ・・・そうなんですね。付き合わせちゃったみたいですみません」
「気にするな」
そして、しばしの沈黙。
これからどうしよう、お医者さんを呼んだほうがいいのかなあ、今日中に退院?できるよね、っていうか普通に念能力使えば一瞬で治る気がするんだけどな・・・とか考えているとクラピカが口を開いた。
「・・・医者を呼ぶ前に、少し話を聞いてくれるか」
「?はい、なんでしょう」
そしてあたしは彼を見つめる。
睫毛の影が長くて綺麗だなと思った。うつくしいひとだ。
形のいい唇が動くと惹きつけられる。髪の毛もサラサラで、窓から入り込む陽の光を存分に受けて輝いていた。
「オレの知っている、サナについて」
その声は驚くほど優しかった。
第49話
ドラマチックジャーニーへ
「サナは、オレとパイロが森で遊んでいるときに見つけたんだ。熱を出して倒れていた」
クラピカは窓の外を見つめながら話し始めた。その表情は、とても穏やかだった。
「年齢はオレより少し下に見えた。息も荒かったしこのままでは死んでしまうと思って急いで連れて帰った」
「・・・」
「最初は長老に診てもらおうと思ったんだが、村に病原菌が〜とか言い始めたから結局オレの家に運んだ。オレの親が見てた」
「え・・・」
そうだったんだ。そのあたりの記憶はなかったから驚いた。
この記憶はわりと飛び飛びで、特にクルタ族のものは少ない。自分に笑いかけてきてくれるクラピカや、パイロと3人で遊んでいるところ、クラピカが旅立つところ、そして最後。それくらい。
最後のシーンも明確に全て覚えているわけではないのだ。ただ、断片的に。
彼らが攻め入ってきて。あたしは、自殺した。それだけ。
「サナはすぐに良くなったが、最初はクルタの言葉がわからなかったから大変だった。だがサナは賢くて、少しずつ言葉を覚えていった。すぐに会話ができるようになったよ」
「そう・・・だったんだ・・・」
あの日叩きつけられるように見せられた映像はある意味暴力的で、穏やかだったのだろう日々すら酷く苦しく映った。
だけどクラピカがいまこうして慈しむように紡ぐ昔話は心地よく響いて、胸がきゅうっとする感覚を覚える。
大切に。
思ってくれていたんだな。
「・・・しばらくしたら何か思い出すんじゃないかと思っていたが、サナは一月経っても二月経っても、一年経っても何も思い出さなかった。
そもそもあんな高熱を出している子供が森に一人でいること事態おかしいし、オレの両親はそのままサナを育てることに決めた。・・・オレが村を出るまで、オレたちはいっしょに暮らしていた」
クラピカは少し眉を寄せた。
ああ、どうしてこんなに美しい人がこうも不遇な運命を歩まねばならなかったのだろうか、と頭の隅でどこか他人事のように考えた。
「そして、ある日オレはハンターになるため外の世界へ向かった。だがその後・・・」
「知ってます」
「そうか」
どうしてもその先を言わせたくなくて、あたしは遮るようにそう言った。クラピカはひとつ頷いた。
ふう。
彼はひとつ息をつく。
「・・・ハンターになりたかった理由が二つある。もちろん外の世界のことを知りたいだとか、冒険がしたいだとか、そういった子供じみたものもあるが・・・大きな理由が二つ」
「なんですか?」
「パイロの目を治す方法と、サナの記憶を探る手がかりを見つけたかった。サナは気にしていたからな、自分のバックボーンを」
クラピカの声は静かで、意思が籠っていて、とても心地が良い。
「・・・オレは正直、キミがあのサナではないかと思っている。ただ記憶が混乱しているだけだろう、とも。
だがキミの話を信じないわけじゃない。突拍子も無い話ではあったが、本当のことかどうかくらい目を見ればわかる」
「・・・」
「今度、ハンター試験を受けるんだ。難しい試験だから必ず受かるとは言えないかもしれないが、きっと受かってみせる。
オレは同胞の眼を取り返したいし、・・・これを言うとキミがどう思うかはわからないが、幻影旅団を捕らえたい。それから」
クラピカがぎゅっとあたしの手をシーツごしに握った。
「キミの見た記憶の持ち主を探したい。そしてキミとの関係性を知りたい。
どうしてもサナについて知りたい。もう一度彼女に会いたい。・・・勝手を重々承知で言う。もしもよければ、力になってほしい」
彼は真っ直ぐな瞳でそう言った。
射抜くようなその視線は、あたしには眩しくてたまらなかった。
考えるより先に答えが出た。
「・・・あたしも、今度の試験を受けます。
いっしょにハンターになりましょう」
千切れていた糸と糸が、繋がって絆になったような気がした。
あたしは握られていないほうの左手を、そっとクラピカの上に重ねた。
そうするとクラピカは俯いて、吐き出すように笑った。
「・・・はは、」
「?」
「いや、すまない・・・オレが村を出るとき、何度もサナが自分もハンターになるからついて行くとごねてな・・・。まだ小さいからだめだと諭して村に置いて行ったことを、ずっと後悔していたんだ・・・」
「・・・」
クラピカの瞳が揺れると胸が締め付けられる思いがした。
ずっとひとりで戦ってきていたんだろう。自分を責め、運命を呪い、復讐に命を燃やしながら。
サナに幻影旅団に育てられたという記憶があるということも、受け止めきれてはいないだろうが一生懸命飲み込もうとしている。そのうえで、彼らを討つとあたしに告げている。
もうけっして離れたくないと。
そう思った。
彼は頼り無げに小さく笑む。
「すまない・・・。
まるでようやく約束を、果たせたかのようで・・・」
クラピカの声が震えて、なんだかあたしまで泣きそうになった。
どうしたらいいかわからなくて、あたしは彼の金色の髪をそっと梳くように撫でた。
「まだ、ハンターになってません。・・・噛みしめるのは、ハンターになってからにしよう」
「・・・ああ。そうだな」
そしてあたし達は顔を見合わせて、少しだけわらった。