「
差し当たりこの行く末は」
「
どうやら喜劇になりそうだ!」
まぶしいくらいのライトに目を細め、背筋を伸ばして声を出す。
うたうときがいちばん、生きていると実感した。
リズムを取るため上がった左手をそのまま固く握るとなにかを掴んだような気がする。世界すら掴めたような気がする。
ねえ、キルア。
あなたもいま、どこかであたしを見てくれているのかな。
あたしではないあたしを、好きでいてくれているかな。
もうすぐ溶ける夢の魔法。
それならばどうか、終わるまで。
第52話
シンデレラですらなかった彼女と
ライブが始まる前、クラピカが来てくれたのでせっかくだしと控え室にまで来てもらって少し話した。
その際にクラピカがどこの席にいるか教えてもらっていたので簡単に見つけることができた。
まあ正直聞いていなかったとしてもわかっただろうな、と思うような場所にいてくれたんだけど。最前列だし。
何度かクラピカに手を振ったり気づいてますよーというアピールをしつつ歌い上げて、キルアはいったいどのあたりにいるのか想いを馳せる。
この会場のどこかで、この姿で歌うあたしを見ていてくれているんだと思うととても心があたたかくなった。
もうすぐぜんぶ話すから、いまだけ少し浸らせて。
一曲終えて拍手と喝采を浴び、あたしはまた息を吸い込む。
あなたに届けたくて、ここまできたのよ。
スポットライトを浴びて歌うRAINは美しく輝いていて、どこか神々しさすら感じた。
面やベール、ありとあらゆるもので顔を隠しているけれどあいつはそもそもの佇まいが美しい。
伸びる声に魅了されるのは当然だと思う。
オレの席はそんなに悪くはないけれどよくもなかった。RAINがオレを認識することは不可能だろう。前の方のやつにファンサービスを行うのを見て少し嫉妬する。
これは単にアーティストへの憧れからくる羨望ではないと、わかっていた。
よく考えればRAINの声はCATと似ていた。どうして気づかなかったんだろうと悔しくなる。
まあ、CATが自分の年齢を変えていたからある程度仕方ないんだろうけど。そうすることで多少声だって変わるし。
メンチという女が来たとき、妙に思われない範囲でCATのことを聞き出してしまった。
いけないとわかっていたのに、やめられなかった。CAT=RAINという方程式が成り立ってしまった時点で、オレは冷静じゃなくなった。
いったいどうして、CATはオレにそれを黙っていたんだろう。考えれば考えるほど思考の渦の中から抜け出すことができない。
あの泣いていた日。オレがはじめてCATと出会った日。
どうしてあのときに教えてくれなかったのか。単にオレを忘れていただけではないだろう。忘れていただけならば、オレがRAINのライブに行くと言ったときに教えてくれていいはずだから。
何か理由がある。それも、大きな理由が。
昨晩はほとんど眠れずにそのことについて考えた。どうやったってひとつの結論にたどり着いてしまって嫌になる。
「
さよならバイスタンダー!」
芯までふるわせるような歌声にきゅっと眉を寄せた。
なあ、CAT、もしかして。
ゾルディック家と繋がってるから、オレに嘘をついているのか?
オレを監視するためだけに、オレをお前の側に置いているのか?
何度考えてもそこにしか終着しない回答は足元をすくうようで。しっかり立っているはずなのに体がぐらつく感覚がした。
どうしてこんなにも胸が痛いんだろう。
わけのわからない感情が胸を締め付けて息が苦しい。
「
ただの君と笑って立っていたいよ」
楽しそうに歌うRAINはあまりにも眩しくて、何故か涙がぼとりと落ちた。
なんで泣いているんだろう。情けなくてぐいと拭うも後から後から流れてやまない。
なんで、オレは。なんで。
周りにいるヤツらはRAINに夢中だし、そもそもライブ会場ということで泣いている人間は少なくなかった。
それでも他人が大勢いるところで泣いてしまっているという事実が恥ずかしい。
涙なんて、どれくらいぶりに流したんだろう。
どうしてそこまで、感情を揺さぶられてしまっているんだろう。
こんなんじゃプロの殺し屋失格だと頭の中で誰かが言う。それにかぶりを振って、もうオレは殺し屋じゃない・CATの下で働く何でも屋だ、と思い直した。
そこで、ふと気づく。
・・・そうか。
雇い主と従業員だけど、それでもオレは。
あいつと、それ以上の関係だとおもっていたんだ。
まるで姉と弟のようで。
そしてそれ以上に、友達のようだと。
はじめてできた、友達のような。
そんなふうに思っていたんだ。
どんな背景も思惑もなく、ただただ偶然出会って、たまたま一緒に住むようになって、当然のように仲を深められていると。
そう、信じていたんだ。
でも違ったんだ。
違ったんだーーーーー・・・・・。
「ふあー、楽しかったー!」
ライブは無事終わり、挨拶などのもろもろを終えていったんあたしはホテルの自室に帰ってきた。ライブは明日もあるので、後ほどそれに向けてのミーティングがあるがそれまでは休憩である。
スポットライトを浴びて歌うのはとても楽しいが汗をかいたのでまずは軽くシャワーを浴びたい。
目を閉じると視界いっぱいに広がるサイリウムが浮かんで胸が熱くなった。あんなにたくさんの光に囲まれて歌えるなんて、世界でいちばん幸せだと思う。
ふぅ、と息をついてベッドに腰を下ろす。なかなかランクの高いお部屋を取ってくれていたようで、柔らかくも弾力のあるそれに包まれ落ち着いた。ライブ中はずっと立ちっぱなしだし、けっこう重たい衣装とかも着ていたので多少疲れている。いや、ハンター(アマだけど)がこれくらいで何を言ってるのって感じだけどさ。ライブって普段の仕事とまったく別の緊張感あるから。
そのままぼふんと後ろに倒れ込み横になった。シャワーも浴びずに倒れるのはよくないってわかっているけれど、広い部屋のためベッドはふたつあったから寝る時はそっちを使えばよいのである。
まだけっこう時間はあるし、といつもの癖で携帯に手を伸ばす。メールが3件入っていた。
「んー?」
クラピカ、シャルナーク、キルアからだ。
とりあえず1番上に表示されていたクラピカのメールを開封する。
『サナ
今日のライブ、とても楽しませてもらったよ。本当に素敵だった。
明日も楽しみにしている、今日はゆっくり休んでくれ。
クラピカ』
簡潔に今日の感想と明日の激励があって嬉しい気持ちになった。クラピカはこう、気配りができるというかまめな優しさがあっていいな。
しかも彼は明日も最前列で応援してくれるらしい。いくらのチケット買ったの・・・と聞いてもやんわりと流されてしまったので次回以降は本気で転売対策をがんばるぞと決意した。
返信はほかのメールをぜんぶ見てからにしよう、と次はシャルナークからのものを開ける。最近連絡がきていなかったのでなんだろう、と少し頭をひねった。
「え」
そしてそこに書かれていた内容に絶句する。
『おつかれさま、サナ。
実は今日、みんなでライブ観に来てたんだ。とってもよかったよ。明日もあるんだよね、頑張ってね。
あと、よかったらまた団長にも連絡してあげて。 シャルナーク』
・・・クモ、みんな、きてたの…???
(そしてあいつらちゃんとチケット用意して入ってるんだろうな?????)
まさかのクラピカとクモが同じ会場にいたという事実に顔面蒼白になる。え、よかった鉢合わせたりしなくて・・・いったいどのへんで見てたんだろう、あたしも気づかなかったからそんなにいい席ではなかったのかな・・・けっこう動き回ったりしたんだけどな・・・。
もし今のクラピカとクモが遭遇してしまっていたらと考えると恐ろしくて身震いした。そうなったら完全にあたしという異分子のせいなんだから申し訳なさで死んでも死に切れない。
考えて恐ろしくなっていたけれど、シャルナークのメールにまだ続きがあることに気づいてスクロールする。
『P.S.
明日も行きたいんだけど、明日のチケットみんなうまく手配できてないんだよね。なんとか行けるようにしたいなと思ってるけど厳しいかも。応援してるね』
そこにはそう書いてあった。
おいコイツらも転売屋から買う気だな・・・と頭を抱えるも、まあ盗んだり無理に入り込んだりしていたわけではなさそうでよかった。
できたら関係者席に入れてあげたいけど、クラピカがいるためそれも気が引ける。できれば手配できず断念してくれるか、めちゃめちゃ悪い席(言い方悪いけど)になってクラピカと鉢合わせませんように・・・。まあ、たぶんいまの段階で鉢合わせたところでお互い顔も知らないから大丈夫だろうとは思うんだけど。
神よ・・・と祈りながらシャルナークからのメールを閉じ、次はキルアのものを開く。
たぶん仕事の話かな、とか思いつつ文面を見て、あたしは硬直するのだった。
『おつかれ。
ゴメン、言うの忘れてたけど昨日メンチ?とかいう女が来てお土産置いていったよ。なんか食いモンらしい。冷蔵庫にいれてあるから、よろしく。
あ、RAINのライブ。よかったよ』
サァァアアァー・・・。
顔面から血の気という血の気が引くのがわかる。え、うそ、やばい、なんで?メンチなんできた?しばらく来るなって言ってたよね?事前の連絡は?
っていうか、もしかして。キルア、なんかいろいろ知っちゃったのでは?????
携帯を持つ手が震える。何度も何度も文面を目で追う。
ウソ、やだ待って。あたし。あたし、ちゃんと言いたかった。ぜんぶ自分で言いたかった。
最後に添えられたRAINのライブ良かったよという一言が、より一層キルアがすべてを気づいたんではないかと思わせてくる。
いや、ていうか気づいたでしょこれ。絶対に。最悪。最悪だ。
どうしよう、と回らない頭で考える。
電話で聞く?不自然?いやでも。どうしよう。喉がカラカラになってきた。
あたしは起き上がり携帯を持ったままぐるぐると室内を回る。え、本当にどうしよう。キルア絶対変に思ったよね。うそ、やだ、こんなことなら。ちゃんと話しておくべきだった。もっと早くに。
でもなんだかこの文章、見れば見る程嫌な予感しかしない。まるで突き放そうとされているような。
それこそ、キルアがどこかにいってしまいそうで。
「(それだけはいや!!!)」
キルアは。
キルアはあたしの光だ。あたしは、キルアがいないとこの世界で立ち上がれなかった。キルアは何度だってあたしを助けてくれた。
クモのこと、クラピカのこと。
混濁する記憶の中、自分がしっかりとしていられるのはキルアが側にいてくれるからなのに。
そこまで思うとあたしの手は勝手に動いて、キルアに電話をかけていた。
何を話そう、どう話そう。どうすれば。どうやれば。
キルア、お願い、そばにいて。
お願いだから、あたしを置いていかないで。
年下の男の子にこんなに縋って情けない。コール音が無機質に響くのを聞いていると気がおかしくなりそうだ。
お願い、出て。
お願いだから。
震えながらコール音が切り替わるのを待って数秒。
プッと無機質な機械音が聞こえて音が切り替わった。
『・・・もしもし?』
「あ、き、キルア・・・?」
『おー』
よかった。出てくれた。
キルアは外にいるんだろう、雑音が後ろの方でする。まだこのへんにいるんだろうか。
『・・・どうしたの』
「あ、いや、えっと・・・」
やばい。何も考えずに電話してしまった。何から話せばいいのかわからない。そもそも、もしかしたらまだキルアも気づいてないかも・・・いや、ないか。それは、さすがに。
あたしは観念して息を吸い込む。
「きのう・・・メンチから、何か聞いた?」
『・・・』
沈黙が返ってきた。
これは完全に肯定の意だろう。
ああ、どうしよう。どうすれば、いいんだ。
「キルア・・・いま、どこにいるの?」
『・・・まだ会場の近くだよ』
「よかったら、会えない?ちょっと・・・あっでも、1時間半後くらいに・・・なっちゃうんだけど・・・」
『別にいいけど』
そっけない返事ではあったけれど、了承を得られてホッとする。
よかった。まだ。
まだ、話ができる。話を聞いてもらえる。
「じゃあ、また・・・連絡するから」
『ん』
よかった。会議、長引かないようにするとは言ってくれてたけれどなるべく早めに終わらせてもらおう。急いでシャワー浴びて、先に気になるところまとめておかないと・・・。
頭の中でこれからどうするかを組み立てていると、キルアがポツリと呟いた。
『CAT』
「んっ?」
『・・・信じてるから』
「!」
どこか熱のないような声でそう言われ、一呼吸遅れて理解したあたしは思わず涙が出そうになってくる。
ああ、きっと。
よくないことを、考えさせたに違いない。
そう確信できるほど、キルアの声は弱々しかった。
「うん。ぜんぶ、ちゃんと話すから」
『・・・ん』
「またあとで」
『またあとで』
ピッ。
軽快な音を立てて通話を終了する。
きちんと説明できますように。
そして、キルアが・・・それを聞いても、側にいてくれますように。
あたしはぎゅっと目を閉じ眉根を寄せて身震いした後、頬を自分でパンッと叩いてシャワールームへと向かった。
本当のことを言うまでと、思っていたけれど。
そんなふうには到底思えない。
できれば、どうか、できるだけ。
どうかずっと、側にいて。