「じゃ、また明日ねキルア。おやすみ!」
「おー・・・。おやすみ」
となりのベッドにいるCAT・・・もといサナは、相変わらず気の抜けるような声でそう言った。とりあえずそれに返答するも、オレは心の中で眠れるわけねえだろ!!!!!と叫んでいる。
向こうはオレのことを完全に子供としか見ていないんだろうが、一応こちとらそれなりに年頃なわけで。いやまあ実力の差からしてアイツになんかできるわけもねェし世話になってるんだから変なことはしないけど、だからといって意識をしないかと言われるとそうじゃないわけで。
はあ、と大きいため息をつきそうになるもそれを聞かれてはまずいと無理やり押し込める。全然寝れる気がしない。これなら間違いなくてきとうな木にでも上ったほうがまだ眠れただろう。そう頭を抱えていたとき。
「すー・・・すー・・・」
「(寝んのはっや!!!)」
一瞬で寝息をたて始めるのが聞こえてきてオレは思わず苦笑した。まあ仕方ないんだろう、今までもずっとアイツはオレのことを子供のようにしか扱っていなかったわけだしオレもそれを受け入れていた。いまオレがこんなにそわそわしているのだって、急に外見年齢が近づいたせいで意識しただけっていうのもあるっていうか、・・・いや。
「(まあ、もともとかわいいとは思ってたからな・・・)」
そう思いながらチラリと隣のベッドをみると、アイツはころんとこちら側を向いてすやすやと眠っていた。クソ、やっぱ改めて見てもかわいいな。なんだこれ、見た目でここまで意識って変わるもんなのかよ。
窓から差し込む月明かりに照らされるサナはどこか神秘的な美しさがある。まさかこんなことになるとは思わなかった。電話を受けた時点では、もうコイツとは二度と会えないようになるんじゃないかと思っていたから。
『キルアといっしょにいたかったんだよ』
『嘘をついてでも、隠し事をしてでも、ちょっとでも長くいっしょにいたかったの。』
必死に真摯にそう語るサナの言葉は簡単にオレの胸を打った。彼女はいつでも強くて懸命で、それなのにどこか脆くて放っておけない。オレが側にいてやらないと、と今日もいまも心底思ってしまうのだ。
「・・・」
はあ、とこらえていたため息が漏れだし小さく音になる。
明日のライブは今日よりもずっと近くで彼女を見られるんだろう。それはとても嬉しいことであり、同時に恐ろしいことでもあるような気がした。
いや、もう、こんなふうに考えてしまっている時点で。
「(オレ、もしかしなくともコイツのこと好きなんじゃね・・・?)」
どきどきと脈打つ鼓動は自分の頬を赤く染める。もう一度視線をそちらへやると、むにゃむにゃ言いながら幸せそうに眠るサナがいて情けないほどに破顔した。
第55話
表と裏に
「
雨はあがった」
今日のあたしは、無敵だ。
「
今夜は二人で出かけよう」
キラキラと輝くペンライトの海。昨日はどこにいるのかも分からなかったキルアが、もうすぐ会えなくなるのだろうと覚悟をしていたキルアが、あたしのわかる場所にいてあたしを見てくれている。
この世界に来たことで常人よりずいぶんと目が良くなったわたしは、暗がりの中でもしっかりとキルアのことが見えている。あたしの声がホールに溶けて消えていくのが心地いい。ふと足元を見るとクラピカだってそこにいて、こちらを見て微笑んでくれている。
ああ、もう。
怖いものなんて何もないかもしれない。
「
昨日よりもうまく笑えるようになるよ」
ずっとあんなに息苦しかったのに、キルアにすべてを話したことでこんなにも楽になった。
いや、話したからというわけだけじゃないだろう。受け止めてもらえたから楽になったのだ。
キルアは優しい。
そしてあたたかい。
これから先どんなことがあっても、ぜったいにキルアだけは必ず守ろう。
広いコンサートホールの中、あたしはそう固く誓うのだった。
「おつかれさまーRAIN!」
「おつかれさまですー!」
「はいお茶どうぞ、本当に今日よかったよ!!!」
「ありがとう!」
アンコールまで終了し、控え室に戻ったあたしは達成感からかぱたりとソファに寝転んだ。楽しかった。
マネージャーのリッドさんがお茶を渡しながら今日のライブについてめちゃくちゃに褒めてくれる。昨日のもよかったけれど、今日はより一層素晴らしかったと言ってくれた。ありがたい。
歌というのは念に似ている。精神状態に大きく揺さぶられるところがある。
そんなによく聞こえたのなら、それは間違いなくキルアのおかげだと思った。
少し照れながらお礼を言っているとピロンと音を立てて携帯が鳴る。差出人はキルアで、「めっちゃよかった、お疲れ様。オレこれから仕事あるから行ってくるな、気をつけて帰って来いよ」とあった。
あたしはそのメッセージをにこにこしながら読む。ああ、こんななんでもないやり取りで驚くほどに救われる。
するとそれを見ていたらしいリッドさんににやにやしながら声をかけられた。
「・・・いいことあったみたいだね、RAIN」
「えっ?」
「ここのところずっと思いつめていたみたいだったからよかった。さては恋かな?」
「な!!!!!」
いたずらっぽく笑われてあたしは驚きのあまり顔に熱が集まる。こ、こここ恋だなんてそんな!
「違いますよ!!!!!何を言うかと思えば!!!」
「そう?でもうちの会社そういうのゆるいから安心してね。この業界のひと?」
「だから違うってば!!!」
リッドさんは至極楽しそうに続けてくる。ま、まったく本当に人が悪い・・・!強化系気質のくせに!!!
そんなまさか、恋なんて。確かにキルアはあたしの生涯の推しではあるけれど、年齢もわりと離れているし、そもそもあんなイケメンとあたしじゃ釣り合わないし、・・・っていうかそもそも従業員だし!
(職場内恋愛なんてめんどくさそうなこと、やっている余裕ありません!!!)
そう、いまのあたしには自分(ドッペルゲンガー)探しという大きな目的がある。それを果たすまで、他のことにうつつを抜かしてはいられない。
ぶんぶんとふり払うように首を横に振るとリッドさんにクスクス笑われた。
「相変わらずRAINは表情がくるくる変わって面白いね。19時から打ち上げがあるから、それまで部屋でゆっくりしておいで」
「はーい!」
穏やかにそう言われてあたしは笑顔で元気よく頷く。そうだ、その間にクロロに連絡しようかな、なんてメールしよう。ライブも終わったし、本腰入れて『サナ』を探すぞ!あたしはそう心の中で気合を入れて自室へと戻るのであった。
そしてサナが自室でクロロ宛のメールの文面を考えながらウンウン唸り、数十分が経過した頃。
「・・・早かったね」
パリストンはRAINのライブから帰宅していた。
「うん、RAINのライブを観たら早くキミに会いたくなってね。ただいま、サナ」
パリストンは自分の帰りを迎える女に優しく声をかける。
先ほどまで数十メートル離れた距離にいた女が自分の隣にいる愉悦。その女が厳密に彼女本人でなくとも、それはパリストンの口角を上げさせるには十分だった。
「いいな、ライブか。・・・懐かしい」
「今日のキミは一段と幸せそうだったよ」
「キミって言わないで。わざとでしょ」
「ハハッ、そう怒らないでよ」
お土産も買ってきたからさ。そう言ってパリストンは女が喜ぶだろうと見繕った菓子の詰め合わせを渡す。女は嬉しそうに目を輝かせた。わかりやすいところはやはり変わらない、と彼はクツリと笑みをこぼす。
「ねえ、せっかくだからボクのために歌ってくれない?」
「はあ?嫌よ。あたしの歌は・・・」
「あなたのためのものじゃない、だっけ。
じゃあ今日の歌はキミの思う誰かにちゃんと届いていたのかな?」
こう言うと嫌がることもわかっている。しかし自分の言葉ひとつで彼女が傷ついたような顔をするのはたまらなく心地よく、何か欠けていたものが埋まるような気がした。
結局彼女は自分から逃げられない。どんなに傷つけられようとも、ここにいるしかないのだ。籠の中の鳥とは彼女のことを言うのだろう、カナリアはさえずることすらできずにいる。
「・・・さあね、忘れた」
「そう。ところで紅茶でもいれようか?」
「いいよ、あたしがやる」
そう言って立ち上がる彼女は相変わらずどこか陰があり、ほんの少し力を込めれば折れてしまいそうなほど脆く見えた。しかしそれすらもパリストンには心地よい。この女の生活、命、その他すべては自分の手のひらにあるという事実は充足感を煽る。もっとズブズブに落としてやりたい、彼は彼女に見えないところで蛇のように舌なめずりをする。
「ねえ、サナ」
「なに?」
キッチンに立った女を追った後、パリストンは彼女を背中から抱きしめた。
「今日のキミももちろん好きだけど、愛してしまいそうになるのは今のキミだな」
歯の浮くような台詞を謳うと女は驚いたように身を硬くする。それにまたクスリとわらって、そっと首筋に口付けた。