どうしたもんか。フェイタンとフィンクスを視界に入れたままあたしは思案する。
まさか賊が幻影旅団だったとは・・・そりゃ寄せ集めのボディーガードじゃ適いっこない。たとえあたしがこのふたりを決死の覚悟で止めたとしても(弱体化したあたしで二人とも相手にできるのかはわかんないけど)、どうせすでに正面階段は突破されているし他のメンバーもいるだろう。死に損で終わりだ。
でもだからといって仕事をほっぽり出すのも性にあわないんだよなあ・・・。
「とりあえず仕事引き上げて一緒にこいよ。どうせこの後打ち上げあるし」
「めっちゃさらっと言うじゃん・・・あたしが抵抗するとか考えないの・・・」
「ハハ、抵抗したてムダね。それわからないほどサナばかじゃないよ」
「ンーーーーーーーー」
どうしよっかな。あたしは困ってガリガリと頭を掻く。そう、たしかにフェイタンの言う通り抵抗したって無駄なのだ。むしろこの二人に『サナ』という人物の記憶があったことは幸運なくらいだろう、そうでなければあたしは呆気なく殺されていたかもしれない。
ヒーーー、弱いってこんなに情けないのか・・・。
「ねえ、あの絵画って団長がほしがってる?んです?」
「とってつけたような敬語やめろよ気色ワリー。そうだぜ、団長の趣味だ」
「んーむ」
『サナ』の記憶のせいなのかうっかりタメ口で話していることに気づいて慌てて敬語に戻すとフィンクスは毛がない眉を顰めた。クロロの趣味かー。うーん。
あたしは瞬きをして少しだけ考え、やっぱこれしかないかなあと思い改めて口を開く。
「ねー、クロロに絵画持っていくのやめてよーってねだったらやめてくれたりしないかな?」
めちゃくちゃ頭の悪い発言をしたな、と自分で言っておきながらちょっと悲しくなる。言わなきゃよかったかも、と口から飛び出てもう取り返しのつかなくなった言葉をなんとか戻せないかとすら考えた。しかしそんなあたしの葛藤とは裏腹に、フィンクスとフェイはあっけらかんと言う。
「あー、お前の頼みなら聞くんじゃね?」
「とりあえずついてくるといいよ」
「え、ほんとに?」
そんな簡単な男なの?クロロ・ルシルフル。
そこまで思ってから、いや違う、と気づく。
『サナ』がクモに与える影響がそれほど大きいってことなんだ。ただでさえずっと連絡していなかったことが気まずいのに、なんだか『サナ』という存在の大きさを改めて実感してしまったようで、一歩一歩進むたびに気が重くなりながらあたしは二人の後についていった。
第57話
交渉をしよう
「お?なんでサナがいるんだ」
「まさかお前ここの警備してたのか?」
正面階段を突破していたのはウボーとノブナガだったようだ。目的の絵画が置いてある広間にたどり着くと、もう既に二人がいた。
「いやー、そう、そこなんだけどさ、ちょっとなんとかこの絵画持っていくのやめてもらったりできませんかねえ」
「ハァ?ムリに決まってんだろ」
「いくらお前の頼みでも盗み失敗となりゃあ幻影旅団の名に傷がつくぜ。団長も許さねェだろうしなァ、さすがに」
えーーーーーー・・・。
フィンクス・フェイタンの意見とは真逆のものにあたしは頭を抱える。まあでもウボーとノブナガが言ってることのほうが正しいような気はした。小娘の一存で十二本足の蜘蛛が方向を変えたりはしないだろう。
そうしているうちに、また別のメンバーが入ってくる。フランクリンとシズク、マチとシャルナーク。彼らもあたしを見て少し驚きを見せたが、笑いながら「コイツここの警備してたのにフェイタンとフィンクスに捕まったみたいだぜェ、運命的だよなァ」とノブナガが説明してくれたのであたしは詳しい話をする必要もなくお久しぶりですと手を上げるだけで済んだ。
・・・っていうかあたし、二人に捕まったの?ちらりとフェイとフィンクスを見ると二人ともどこかしたり顔である。えーーーーー・・・騙された・・・???
「ま、絵画といっしょにサナがついてきたら団長喜ぶんじゃない?連絡こないって微妙にしょげてたし」
「えっ・・・しょげてたんですか・・・!?」
あの団長が・・・!?とマチの言葉にあたしは非常に罪悪感を覚える。いやー、クラピカが帰ったらメールして会おうとは思ってたのに、なんというかタイミングがひどい。こうなるならもっと前に連絡しておけばよかった。
「団長、サナのことになるとわかりやすいからね。ま、とりあえずいっしょに行こうよ。これからどうせ打ち上げするし」
だから言ったのに、というような口調でシャルナークにそう告げられたあたしはいたたまれなくなる。そう、クロロに連絡しないということはシャルのお願いを無視したというのと同義なのだ。あとで打ち上げの途中、なんとかタイミングを見計らって謝るしかない・・・。
・・・いやでも待てよ、なんかもう完全にクモに同行する感じになってるけれど、本当に目の前で依頼の品が盗まれてしまっていいのだろうか?向こうもプロなら一応こっちだってプロなのである。名誉のために戦う、は流石に分が悪すぎるのでやらないけれど、せめて電話とかでクロロにお願いする分にはやってみたっていいんじゃないだろうか。
サプライズでサナ登場!とかしたら団長喜ぶぜェ、なんて言っているノブナガたちを横目にあたしは自分自身を奮い立たせて口を開く。
「あ、あの!!!」
もう一仕事終えたような雰囲気のクモの皆さんに切り込むのは勇気がいるが、こちらだって仕事なのでそうも言っていられない。あたしの声にみんながこっちを向くのでちょっとまた喉の奥がヒュッとしたが、前回のどうしようもない長話を聞かせたときよりはマシだろうと自分に言い聞かす。
「あのあの、あたしも仕事できてるんで、その、絵画を目の前で持っていかれるのはさすがにちょっと依頼主に申し訳がたたないというか、」
「えっ?もしかして戦うつもり?」
「ではないです!!!」
驚いたようなシャルの言葉を反射的に叫んで否定して、改めて自分の情けなさに悲しくなった後また気を取り直して口を開く。
「ちょっとあの!クロロさんと!交渉のお電話させてもらえませんでしょうか・・・!!!」
お尻のポケットから取り出した携帯を、まるでもう「この印籠が目に入らぬか」といった勢いで見せると旅団の皆さんは、あーまあそれくらいならいいんじゃないとナチュラルに受け入れてくれた。ちなみに団長が聞き入れてくれる・聞き入れてくれない、の判断はそれぞれまちまちで見た感じ半々といったところである。
あたしがここで無理やり絵画を守って逃げおおせ、依頼主に返すことができる可能性はもう確実に0.01パーセントを切っているが、電話するだけで絵画を守れる可能性が50パーセントもあるならそれにかけるしか手はない。
あたしは震える手でクロロ・ルシルフルの名前を探し(一応登録はしてあった)、どきどきしながら電話をかける。
プルルルル、プルルルル、プルル・・・。
『もしもし』
2コール半で聞こえた低すぎず高すぎない、深みのある甘い声にあたしはごくりと唾を飲む。
「あ、あの!サナですけど!その、ご相談がありまして!!!」
あっ、挨拶やら前置きもなく失礼だった。また後悔しつつも(なんか今日はめちゃくちゃしくじっている気がする、フィンクスとフェイの登場から完全にテンパっている)あたしはそこから一息で状況説明などをした。
・あたしがいまクモの狙っている絵画を護衛する立場であること
・戦っても勝てるとは思っていないので力ずくで抵抗する気はないこと
・でもできれば絵画を諦めてほしいこと
・おねだりしてみたらクロロなら聞いてくれるんじゃないかとフィンクス、フェイタン、シャルナーク、マチが言ったこと
ちょっと二つくらい余計なことを言ったような気がしつつも、あたしは説明を終えたのでクロロからの返答を待つ。
少しの間の後彼が息をすう音が小さく聞こえ、あっ話し始める!と身構えた瞬間出た言葉にあたしは体が固まった。
『そういうことなら絵画はあきらめよう。しかし、条件がある』
じょ、条件・・・。
予想すらしていなかったがある種当然のことを言われあたしは生唾を飲んだ。条件とは、いったい。
「なんですか?じょ、条件って」
変なことを言われたらどうしようと心臓がバクバク音を立てる。記憶の中のクロロがあたしに変なことをさせるとは思えなかったが、彼は旅団の中でいちばんあたしと『サナ』の区別がついているように思うのだ。『サナ』に優しかったからって、あたしに優しいかどうかなんてわからない。
ビンビンに警戒しながらあたしがそのまま固唾を飲んで耳をすませていると、クロロはゆるく、まるで散歩に行こうと誘うような声であたしに話しかけた。
『サナ。お前が次のクモの仕事を手伝ってくれるなら、その絵画はあきらめよう』
なんだって・・・。
クモの仕事を手伝う。その、あまりにも恐ろしすぎる提案にあたしはどうしたものかと目を白黒させた。絵を守るために身を売る・・・?いやそもそもクモ、次なんの仕事するつもりなの・・・?あたし殺しとか悪いことは完全NGなんですけど。クリーンでアットホームな職場を売りに楽しくやらせていただいてるんですけど・・・!
「あ、あの、仕事とは、どういう」
『それは今日の飲み会に来たら教えてやろう』
「の、飲み会」
一応トリップしてからは14歳でやらせてもらっているのでなるべくお酒とか飲まないほうがいい・・・のでは・・・?などと思った後、いや実年齢的にはそんな問題ないかと考え、そしていま自分がもっと考えないといけない事から現実逃避に目を逸らしているんだと泣きたくなる。そんなくだらない心配より気にしないといけないことがあった。
・・・飲み会に行かなきゃ仕事の内容を教えてもらえない。けど、たぶん、この場で決断しないと絵画は守れない。
あたしはちらりと絵画を見て、もう一度低く唸った。今のところ一応受けた依頼は100パーセント成功でやらせてもらっている(ギリギリのやつももちろんあったけど、前のリッツファミリーのやつとか)。
これはポリシーを守るかプライドを守るかのせめぎ合いである。いやでもあたしもしクモと悪いことなんてしちゃった暁には、それこそクラピカに二度と顔向けできないんだけど・・・ハンター試験いっしょに受けるのに・・・。
悩みながらあたしはもう一度口を開いた。
「あのう、ちなみにあたしのNG、殺人と悪いこと全般なんですけど、そういうNGって出せます?」
『悪いこと、か。その定義は人それぞれだからな。それでいうと長く連絡をしないのも悪いことの一つになるような気もするが』
あっこれがしょげてるってやつー?!
お前のタイミングで連絡しろって言ったのあんたじゃないか!!!自分のことは棚に上げてそう言いたくなるのをこらえ、あたしは口をむにむに動かす。返事ができずにいるのである。
そうしているとクロロが電話の向こうで軽く笑った。
『フッ・・・冗談だ。で、どうする?まあお前の言う悪いこと、はしないよう一応考慮はしてやらんこともない』
「本当ですか」
『まあお前のことをまだよく教えてもらっていないからそこがネックだがな。俺の思うお前ならやろうとするだろうことでも実際のお前にとっては極悪非道極まりないかもしれないだろう?』
「(コメントできねえ・・・)」
あたしは困りながらも、まあこんな感じで交渉できる人なら仕事内容も最悪交渉できるんじゃないかと頭を動かす。いやそれも甘いのかな。どうにも『サナ』の持つ記憶のせいか彼らに対しての警戒心が地の底まで落ちている気がする。ただでさえお人好しで騙されやすい性分なのに。
『で、どうするんだ?やるか?』
「うーーーーー・・・」
『やらないか?』
やりますん・・・そんな中途半端な回答をしたら怒られるよなあと思いつつ、もう一度その絵画を見る。
美しく描かれた水色の空に白いワンピースを着た、黒い長い髪の毛の女の子。こちらを向いて優しく微笑む彼女は素人目にも名画だとわかる。・・・この絵画を欲しがる人が、悪人だとは思いたくないなあ。っていうか、クロロ兄は悪人じゃないしなあ。
あたしはそこまで悩んで、諦め半分で口を開いた。
「やる。・・・でも、信じてるからね」
そう言うと、電話の向こうで彼は優しく笑った。
『ああ。もちろんだ』
そしてあたしは恩着せがましくも、「絵画は守りました」の書き置きを依頼主に残しみんなと共にクモのアジトへと向かった。気球の中でシズクが「そういえば今度新しいタピオカ屋さんできるみたいだよ、名前も場所も忘れたけど」みたいなことを言うのでつい数時間前にクラピカと飲んだタピオカの味を思い出し、申し訳なさと罪悪感で乗り物酔いをしたような嫌な目眩に襲われた。