JCCは絶海の孤島に位置しているため、どこかに行くならまずは船に乗らないといけないし、その船もなんにもない田舎にしか止まらないため、外でご飯! なんてことになるとそこからさらに電車で都心を目指さないといけない。そのため外出のハードルが信じられないくらい高いから、本当にこんなことになるとは思わなかった。
心臓をドキドキバクバクと暴れさせながら、私は坂本くんとの待ち合わせ場所に予定の三十分前に到着し立っていた。昨日はほとんど寝れなかったのに全く眠気はやってこない。まさかこんな、意中の人とデートをするなんていう青春ときめきイベントが殺し屋を養成する学校で発生するなんて思っていなかった。
詐欺に遭いとんでもない借金を抱えた一般人のお父さんお母さん、そしてそれを肩代わりする条件に私をJCCにぶち込んだ元殺し屋のおじいちゃん、ありがとう……。卒業後は立派な殺し屋になって、しっかりお金を返します……。
なんて普通はしないであろう感謝に胸をいっぱいにしていると、坂本くんが来た。やばい、本当に来てくれた!! それだけで泣きそうになるくらい感動していると、坂本くんが口を開いた。
「悪い、待たせたか?」
「う、ううん! いいい今きたとこ!!」
実際は三十分には到着しているんだけれどそんなことはどうでもいい。何よりも、少女漫画に出てきそうな到着時のやり取りをできただけで私はもう天にも昇る心地だった。
今日の目標は、鼻血を出さない・倒れないである。あまりにも低い目標で我ながら情けないが、非常に重要だ。それに多少どもったところで坂本くんは「男嫌いのせいなんだな」と思ってくれるだろう。ただ単に坂本くんが好きすぎて上手にコミュニケーションを取れないだけなのだが、気持ちがバレないというのは非常にありがたかった。
これで坂本くんを克服すれば、南雲にももう迷惑をかけないですむかもしれない! 私も南雲からの突然のスキンシップに焦ることもなくなるし……と思った瞬間、なぜか胸の奥が少しズキっと痛んだ感じがした。あれ? なんだこれ。
「…………」
「大丈夫か? 体調が悪くなったりしたらいつでも言えよ」
「う、うん! ありがとう、大丈夫。じゃあ都会の方に出て、美味しいものでも食べよっか!」
そう言って船に乗った……まではよかった。そこまではよかったのだが、陸地に到着した後電車に乗るため駅まで移動したところで、坂本くんが切符の購入場所を探して改札を超えようとしたり、切符を買っても通さずに進もうとしたり、とりあえず来た電車(反対方面)に乗ろうとしたりと大変なことになる。
しかし怪我の功名というか、ハプニングの方に気を取られ続けたことで坂本くんの顔面に集中するどころではなかった。そして目的地にたどり着く頃には、かなり普通に坂本くんとお話ができるようになっていた。
「悪い……男嫌いを克服どころじゃなかったな……」
「あはは……。なんかでも、ギャーギャー言ってるうちに坂本くんにかなり慣れた気がする……」
「……お前、一般家庭の出身だったか。頼りになるな……」
「あはは! 頼りになるって言われたの、人生で初めてかも。あ、そこのお店とかどう? けっこう評判よくてさ」
駅を出て少し歩いたところで昨日目星をつけていた店を見つけたのでそこを指さす。坂本くんと二人でわたわたしている間にピークの時間を過ぎていたようで、評判のいいお店だがさして並ばずに入れそうだった。
「調べてくれたのか」
「軽くだけどね〜」
「ありがとう」
「ぐッッッッッッッッ」
「…?」
「ご、ごめん、なんでも、なんでもないでしゅ」
……だめだ、かなり克服できたのではと調子に乗っていたけれど、やっぱり改めて意識してしまうととんでもなくドキドキする。死ぬ。かっこいい。坂本くんを構成するすべてが麗しくて美しすぎる。一般社会を知らなさすぎるところもいい感じに抜け感に繋がっていて最高。
なんならもう今日死んでもいいかも……なんて思いながら店内に入ると、かわいいエプロンを纏った店員さんに席に通された。内装は木を基調としていて落ち着いた雰囲気になっているが、客層は明らかに女子が多く、もしかしたら坂本くんは居心地悪く感じてしまうのでは……と少し心配になる。しかし私達が入店した直後に男性の二名客も入ってきたから、よかった……と思いながら腰掛けて、目の前に坂本くんが座っているという事実に震えた。
……で、デートじゃん、これは!!!!!
改めてそう思い顔が熱くなるのを感じ、このままじゃ鼻血が出かねないと思った私は両手でべちん! と顔を覆った。そんな私に坂本くんは驚いたのか、「……だ、大丈夫か……?」と聞いてくる。優しい。
「大丈夫です! その……緊張しているだけです!!」
「緊張? 嫌なわけじゃないのか?」
「え、嫌って!?」
「俺の……男の顔を見るのが嫌とかじゃないのか」
「!? ちちちちち違います!!! 坂本くんの顔なんていくらでも見たいっ!!」
「え?」
「アッ!!」
やばい、言っちゃった!! 緊張と混乱でわけがわからなくなっている私は、さっきまで真っ赤であったろう顔からザァッと血の気が引くのを感じる。も、もうだめだ、おしまいだ、私、あまりにも変人すぎる! このままじゃ坂本くんに気持ち悪がられて終わる!!
……そう絶望していたら、坂本くんが私の手をゆるく掴んで顔を隠すのを止めさせ、そしてぐっと顔を近づけてきた。
「ぴぇ」
「……長く見た方が慣れるなら好きに見ていていい。俺も今日はお前にかなりいろいろ教えてもらったし、手伝う」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ、」
南雲!!! 助けて!!! 死ぬ!!!! このままじゃ坂本くんの美しさに目から焼かれて死んでしまう!!!! ていうか坂本くんに触られたところがもうめちゃくちゃめちゃくちゃ熱い!!!!! 融解する!!!!!!!
さっき青ざめたことでまだ鼻の血管に血が戻っていないのか鼻血は出ずに済んだのだが、代わりに涙が出そうだった。やばい、こんな日中にオシャレなカフェで突然号泣する女、気持ち悪すぎる……!!
どうしようもう本当に無理! ……そう思ったとき、「ん?」と坂本くんが首を傾げた。
「……なんか変だな、アイツら」
「えっ? へ、変って何が?」
「さっき俺たちの後に店に入ってきた男二人。隠れているつもりらしいがずっとこっちを見てる。……心当たりはあるか?」
そう言いながら坂本くんが目で奥のテーブルに座っている二人組を示す。その二人は茶髪と金髪のチャラチャラした格好をしていて、いかにも普通の大学生といった容貌だったが、確かに明らかにこちらを意識しているのを感じた。しかも身のこなしから、一般人とは違うとわかる。
「も、もしかしたらっ……また詐欺グループかも!」
「詐欺グループ?」
「私の親、昔詐欺に遭ってとんでもない借金を抱えちゃって、よく怖い人が家に来たり学校にも嫌がらせに来てたの! おじいちゃんのおかげでもう大丈夫だと思ってたんだけど、またうちの親ったら騙されちゃったのかもしれない……っ!」
「災難だな……。……どうする? 店を変えるか、あいつらボコって事情を聞き出すか。」
「えっ……う、うーん! そうだね! どうせ卒業後には詐欺組織なんてぜんぶ壊滅してやるつもりだったしっ、……よーしっ! ボコろう!!」
そう腹を決めて立ち上がった時だった。
「「待て待て待て」」
そのチャラついた二人組が慌ててやってきて、……南雲とリオンに姿を変えたのは。
「えっウソ!? なにっ、なんで!?」
「いやウソ!? はこっちのセリフだわ。白昼堂々普通の店で殺し合いおっぱじめようとしてんじゃねーよ。校外学習は来週だぞ」
そう言いながらリオンにこつんと頭を小突かれる。今ひとつ状況が読めないでいると、坂本くんが口を開いた。
「お前らも飯か? 人気なんだな、この店」
「やっぱりこの天然ふたりを同時に一般社会に放流したらダメだったね〜」
それに対して南雲が呆れながら笑っているのを見て、私はピーンときた。こ、この二人! 尾行してたな! 私が坂本くんにおろおろして鼻血を出すところを遠くから見て笑うために!!
そう気づいた私が二人を睨むと、私の言いたいことに気づいたらしいリオンがニヤニヤしながら言う。
「文句なら私じゃなくて南雲に言えよ。アイツが心配そうにしてたから私は背中を押してやっただけだっつの」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味。あー、つーか腹減った。坂本のせいでなかなか店にたどり着かなかったから腹減りすぎて死にそーだわ。何食う?」
「え? んー、オムライスとカルボナーラで悩んでる」
「じゃあその二つ頼んでシェアしようぜ。おら、坂本と南雲も早く飯選べ」
そう言ってまるで当然のように二人はこちらのテーブルについた。坂本くんの隣に座る南雲と、私の隣で早速タバコに火をつけるリオン。……いやこれ、普段と何にも変わらなくない? と思ったが、いつもは基本的に斜めの位置じゃないと座れなかった坂本くんの正面に座り続けているのだから、これだけでもかなりの成長だと思う。
よかったよかった、と思っていたら、斜向かいにいる南雲と目が合った。
……リオンがああ言ったということは、南雲はからかったりバカにするためでなく、本当に純粋に私のことを心配してくれていたんだろう。確かに彼は私が何度も鼻血を出して倒れているところを見ているわけだし、特訓にも付き合ってくれてるから、相当気にかけてくれているのかもしれない。ほんと……南雲って友達思いのいいやつなんだな。
「ねぇ南雲」
店員さんが来て、坂本くんとリオンが席を移動したことと注文を伝えている間に、私はこっそり彼に声をかけてみた。
「来てくれてありがとうね」
「! ……デートの邪魔したこと怒ってないの?」
「え、邪魔? 私が倒れたりするのを心配してくれてたんでしょ? 南雲って本当に、優しくていいやつだね」
「………………」
ありがとね、ともう一度言うと、何故か南雲は頭を抱えてしまった。どうしたの? と聞いたけれど、彼はごにょごにょと不明瞭に呟く。
「…………僕は君と坂本くんの進展を心配してたわけなんだけど……なんでここまで鈍いわけ……」
「え、なんて? 聞こえない」
「なんでもなーい。僕ハンバーグ〜……」
そう言って南雲は机に突っ伏した。私の隣ではリオンがそれを見て涙が出るくらい笑っている。それを見ていると、坂本くんが私に話しかけてきた。
「せっかく出かけたのに、これじゃ普段と変わらないな」
私もさっき思ったことを坂本くんも感じたんだろう。確かにこの光景は毎日見ているものに限りなく近いし、坂本くんは席順なんて気にしていなかっただろうから。
けれども今日は、坂本くんが私の前にいる。私の前に座って、私の顔を見て、話しかけてくれる。私もぎこちなくだけれど、それに返せるようになった。こんなに特別で嬉しいことはないと、私は思う。
「……で、でもっ、さ、坂本くんのおかげでっ……! 今日、本当に、た、たのしかった!」
勇気を振り絞って声を出す。だって本当に楽しかったのだ、ハプニングもすべて引っ括めて。今日をもう一度やりたいなと思ってしまうほどに。
「俺も楽しかった。……よかったらまた出かけたい」
「エッ!?」
「もっと出歩かないと外のことはわからないと気づいた。一般社会学は授業だけじゃ身にならない」
「あっ、なるほど、そういう……!」
一瞬自惚れかけたが、坂本くんの目的が判明して納得する。確かに今日の坂本くんはいろいろとヤバかったし、こうやって時々外に出かけるのは将来的に見ても大切なのかもしれない。
「わ、私でよければ、い、いつでもいくらでも……! さ、坂本くんの力に、なれたら嬉しいよっ……!」
「その坂本くんってやつやめれば?」
「え?」
ドキドキしながら坂本くんに返答していた時に、リオンがじーっとこちらを見ながら言ってきた。どういうこと? と首を傾げると、彼女は煙をくゆらせながら言う。
「坂本クン坂本クンっつってるから余計に緊張すんだよ。南雲や私のことは呼び捨てにしてるんだから、坂本のことも呼び捨てにすりゃいいじゃん」
「ええっ!? お、恐れ多いよ……!」
「別に俺はなんでもいいけど」
そう真っ直ぐに見つめながら言われて、それだけで私は死にそうになる。よ、よ、呼び捨て!? 坂本くんを!? 無理だけど!!
そう思いながらも、完全に呼ばねばならない雰囲気になっているので私は震える唇で懸命に言葉を発する。
「さ、さ、さかも……! さか、さかも! さかも……とくん!!」
「くん付いてるじゃねーか」
「だって〜〜〜!! 私そもそも人を呼び捨てで呼ぶの苦手なんだもん〜〜〜」
それなのに好きな人を呼び捨てにするとか無理だよ〜! と心の中で叫んでいると、あー、とリオンが思い出したように言う。
「そういやお前、最初は私のこともリオンちゃんっつってたっけ」
「リオンが嫌がるから頑張って直したけどね」
「ちゃん付けはさすがにキショすぎ。ガラじゃねー」
「そうかなぁ?」
別に呼んでる時に違和感なかったけどなぁ、なんて考えていると、南雲が口を開いた。
「あれ、じゃあなんで僕のことは呼び捨てなの? そんなに親しみやすい?」
「南雲はみんなが呼び捨てにしてるのがうつったのと……なんか、NAGUMO! って芸名みたいな感じがするから呼べる……」
「急にダサいな」
「じゃあ坂本だってSAKAMOTOだと思って呼んでみろよ」
「坂本って苗字に芸名感ないもん!」
いや頑張ればいけるかな、SAKAMOTO……うーん無理だな……なんて考えていたら、リオンが突拍子もないことを言い出した。
「じゃあ私を名前で呼んでるみたいに坂本のことも太郎でいいじゃん。太郎までいくと逆に芸名っぽいだろ」
「はあっ!? な、なまえっ……!? さすがにそれは馴れ馴れしすぎない!?」
「別に俺はいいけど」
「いいの!?!?!?」
坂本くん、あまりにもなんでも良さそうすぎない!? 自我とかないのか!? ……そう驚きながらも、OKを出してもらったのに頑張らないのはよくないよな……と私は覚悟を決めて口を開く。
「た…………た…………、た、たたた、た、た、」
「壊れたロボットかよ」
「リオンうるさい! た、たたた、た、たーっ、」
「これ日が暮れるのとどっちが早いかな」
「南雲もうるさい! た、たたた、たろうっ…………くん!!」
「「ダメじゃん」」
ダメだわ………………。そう打ちのめされていると、坂本くんが口を開いた。
「別に無理しなくていいだろ。今日だけでかなり慣れた気がするし、呼び方もお前がしっくりくるやつにすればいい」
「ご、ごめんね、坂本くん……」
「謝ることじゃない。どうせ長い付き合いになるんだから焦らなくていい」
「……確かに」
この業界は狭いから、生きて仕事をし続ける限りは卒業後も顔を合わせる機会はあるだろうし、そうでなくても卒業まではまだしばらくある。
私が坂本くんに慣れるチャンスも、仲良くなるチャンスも、まだまだこれからたくさんあるわけだ。
「ありがとう! ……よ、よろしくね、これからも」
「ああ」
今日一番スムーズに言葉が出た。……本当に、坂本くんと、普通に話せる日がいつか来るかもしれない。そう思った瞬間、以前南雲に聞かれた「付き合いたいとか思わないの?」という言葉がリフレインした。
今はまだ、絶対に無理だろうけど。いつかもっと、本当にちゃんと仲良くなったら……とまで考えて、そこで一つ疑問が浮かぶ。
……私って本当に、坂本くんと付き合いたいんだろうか? 坂本くんの顔や声や仕草、振る舞いがとても好きだし憧れているけれど、付き合うということは今ひとつピンとこない。
付き合うってことはつまり、南雲と今特訓の中でしていることや、それ以上のこともする……ということなんだろう。いや、いやいやそんなのどうかしてる……! と思ったところで、今更だが付き合ってもないのに南雲とあんなにスキンシップを取っている現状がやっぱりおかしい気がしてきた。
なんだか流されるままに南雲とこんな感じになってしまったけれど、坂本くんの誤解もとけたし私もかなり坂本くんと話せるようになってきたんだから、終わりにした方がいいかもしれない。リオンも私と南雲が付き合っていると勘違いしていたくらいだし、もしも南雲に好きな人でもいたら、めちゃくちゃ迷惑をかけているのでは……!
なんて悩んでいるうちにご飯が来たからそれらを食べて、その後「せっかくだからめちゃくちゃ遊んで帰ろう」とカラオケに行きゲーセンに行きクレープを食べて帰路についた。途中UFOキャッチャーで「誰が一番取れるか勝負しよーぜ」なんてリオンが言い出したせいで白熱しすぎてしまい、全員腕に山盛りのぬいぐるみを抱えている。
とても楽しかった。とても楽しかったし、坂本くんとは本当にかなり普通に話せるようになった。……明日は南雲と特訓の日だけれど、もうそんなものなくていいのではと思うくらいに。
だから帰り道、私はこっそり南雲に話しかけた。
「今日私、すごい坂本くんと話せた……! 南雲との特訓のおかげだと思う。ありがとう」
「いえいえ。どーいたしまして」
「もう私、特訓とかなくても頑張れると思う。いつまでも南雲に付き合ってもらうのも申し訳ないし、明日のお出かけもナシにして大丈夫だよ! 今までありがとうね」
けれどもそう言いながら、私はなぜか、少し寂しさのようなものを感じていた。……あれ、私、こんなに南雲とのお出かけを楽しみにしてたのか。いやでももう南雲と出かける理由がないしな。そんな中で付き合わせるのはフェアじゃないよな、見返りも何も無いのに。
そこでふと、思う。……あれ、南雲って、なんの見返りもないのに、なんで特訓だなんて面倒なことをしてくれているんだ? わざわざ出かける時間を取って、わざわざ何度も私に構って、今日も心配して来てくれて、どうして……。
そう私が思考の渦に飲まれてぐるぐると考えてしまっていたとき、南雲がいつもと同じ明るい声で言った。
「……明日の分のチケットは用意しちゃってるから、君がよければ明日は出かけたいな」
「チケット? どこ行くの?」
「ナイショ。あ、でもけっこう歩くかもしれないから動きやすい靴で来てね」
「??? わかった」
どこに行くんだろうと思いつつ、でも明日も南雲と出かけられることが楽しみな自分がいる。そう、この特訓の中で、南雲と一緒にいることの楽しさに気づいてしまったのだ。南雲と一緒にいるのは楽しいしラクだ。やっぱり友達だからかな? ……でもスキンシップを取られると、本当に異様にドキドキするから、ちょっとなんとかしたいんだけど。
……あれ? 南雲にドキドキするようになったから、坂本くんとだいぶ話せるようになってたりするのか? もしかしてドキドキの上限値って決まっていて、誰かにドキドキするようになったら他の人に対するドキドキって減ったりするのかな。
うーん、なんかもうずっと殺しの特訓ばっかりで、異性との交友なんてJCCに入るまでこれっぽっちもなかったからよくわからないな……。
そんなことを思いながら、日が落ち始めて赤と紺が混ざり合う空を見上げてみると、丸い月が浮かんでいるのを見つけた。……丸いがまだ真円ではない。おそらく明日が満月だろう。でもよく澄んでいて綺麗だ。きっと明日も天気はいい。
「見て南雲、お月様綺麗だね〜」
両手はふかふかのぬいぐるみ達でふさがっているから指差すことはできないが、この美しさを伝えたくて彼の顔を覗き込むようにして言った。
すると南雲は一瞬目を見開いた後、なんだか少し寂しそうに笑って口を開いた。
「……ずっと前から月は綺麗だよ」
「……? 確かに!」
「わかってないな〜〜〜」
ハアーーーーと南雲は大きくため息をつく。えっ何、なんか萎えさせるようなこと言った!? と思ったけれど検討もつかない。まあ仕方ないからテンションを上げてやろうかと、「明日はきっといいお天気だね〜」と言うと、「そうだね〜。晴れるといいね」と返ってきた。
太陽は沈み始めたら一瞬で、こうして話している間にもどんどん空は黒く濃く染まっていく。
チラチラと瞬き出した星がかわいいなぁとぼんやり見つめていると、前を歩いているリオンが突然「おっ」と声を上げた。
「流れ星」
「えっうそ! 見れなかった! 私も星見てたのに!!」
「僕も見てない〜」
「俺は見えた」
「えーいいな〜! どっちの方向だったの?」
「「あっち」」
リオンと坂本くんが共に右の方を指差したから、もう一回流れてくれないかな〜と空を探す。
もしも見つけられたらどんなお願い事をしよう。……きっと昨日までの私だったら、「坂本くんと上手に話せるようになりますように」とかなんとか願っていたかもしれない。けれども今の私は、自分の力だけでそれを達成できるような気がしているから。
「このままいつまでも、この四人で仲良くしていられますように……とかかなぁ」
前にリオンの部屋でふたりでだらだらお菓子を食べながら休日の夜更かしを満喫していたときに、「卒業したら四人で会社作るとかいんじゃね?」と言われたことをけっこう私は心の支えにして生きているところがある。
ちなみに一番最初のターゲットは私の親を騙した詐欺集団だ。「ボッコボコに壊滅してやろーぜ」と笑うリオンに初めて飲まされた酒は思いのほか甘くて飲みやすかった。
「なんか言ったかー?」
「なんにも〜」
リオンにそう聞かれたけれど、少し照れくさくって誤魔化してみる。いつか大人になって、青春とやらを思い出すことがあるとすれば、私は今日を振り返るだろう。坂本くんとのお出かけは大変だったこと、南雲とリオンに尾行されていたこと、月が綺麗だったこと、流れ星を逃したこと、そしてふかふかのぬいぐるみ。
そんなことを考えていると、ぐう、と私のお腹が鳴った。
「どうしよう、さっきクレープ食べたのにまたお腹すいてきちゃった。次はしょっぱいものがたべたーい」
「私ラーメン。うまいやつ」
「ぬいぐるみが邪魔すぎない〜?」
「学食で食うか」
「あれマジでまずいんだよな……」
そんなことを話しながら私たちはJCCへ向かう船に乗る。海の上はろくに電気もなく、空はすっぽりと闇に包まれて、星は一層輝いていた。