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「・・・本当に、ごめんなさい」


改めて口に出すとなんて恐れ多いことをしているんだという気持ちになってきた。修学旅行を終えて土日を挟んで登校した日。わたしは放課後土方くんと沖田くんを呼び出して、この間の告白の返事をした。わたしみたいななんの取り柄もない女がこんな素敵なふたりに思いを寄せてもらって、しかもそれを無下にするだなんて。どんなバチが当たっても仕方ないな。

そう思いながらわたしは頭を下げた。



第四話





「・・・顔上げてくれ。ンな顔させたくて俺も総悟も言ったわけじゃねェんだ」
「ま、こうなることはわかってやしたしね」

おずおずと頭を上げて顔にかかった髪を耳にかけると、ふたりはいつもと同じような調子でこちらを見ていた。


「他に好きなヤツ、いるんだろ」

土方くんにそう言われて、わたしは一瞬悩んだあとこくりと頷いた。正直に気持ちをぶつけてくれたのに誠意を持って返さないのはよくない。たとえ銀ちゃんへの気持ちがまだどうにも朧げなものであっても。


「ま、俺でよければ相談くらい乗ってやるからよ。気にせずいままで通りにしてくれや」
「うん・・・ありがとう」
「とか言ってまだ狙い続けてンのが見え見えでキモイですぜ土方コノヤロー。ま、俺は下心なにしなんでも聞いてやりまさァ」
「世界一信用ならねェセリフだな」


やっぱり相変わらずのふたりに少しおかしくなってしまう。ほんとうに、なんでわたしなんかを好きだと思ってくれたんだろう・・・。

なんて考えていると、土方くんが口を開いた。


「んじゃ、俺ら委員会行かねーといけねェから」
「あ、うん!ごめんね、突然・・・」
「そりゃこっちのセリフでさァ、びっくりさせちまって悪かったな。んじゃまた明日」

優しくそう言ってもらえて幾分気が楽になる。・・・だめだろうか、聞いたら。いくらなんでも失礼だろうか。でも気になる。どうしてわたしなんかを好きになってくれたんだろう、どこを。好きってなんだろう。付き合うってなんだろう。ふたりはいったい、どういうきもちで、


「あ、あのさっ」

背を向けて歩きだそうとした土方くんと沖田くんを勢い余って呼び止めてしまう。ふたりは足を止めてこちらを見やり、どうしたんだと視線で聞いた。


「あ、あの、えっと。ごめん、やっぱり気になって」
「なんでィ」

しどろもどろになるわたしに、続きを促すよう沖田くんは声をかけた。


「・・・ど、どこが。どうして、わたしのこと・・・好きになってくれたのかなっ、て・・・・」

振った相手にこんなの、きっと聞くべきでない。でもどうしても聞かずにはいられなかった。わたしは銀ちゃんのことが好きだと気づいたけど、けれどもどこが好きだとか、告白したいのかとか、どうなりたいとかそういうのがまったくわからない。それに自分の魅力もわからない。だから、だからってふたりに聞くのは間違ってるとも思う。でも、それでも・・・。


ドキドキしながらふたりを見ると、彼らは顔を見合わせた後少しだけ悪戯っぽく笑った。


「さあ、どこでしょうねィ」
「お前がもっと俺らに興味を持ったら教えてやるよ」

そう言って沖田くんはとっとと踵を返し、土方くんはぽんとわたしの頭に手を置いた後沖田くんに続いた。沖田くんが土方くんに「触るのはさすがに変態くせーぞコノヤロー」とか言ってるのが聞こえる。でもあの優しい重みで分かった。とてもとてもわたしのことを大切に思ってくれていたことが。

・・・わたしが銀ちゃんを好きな事、本当にわたしが気づく前からわかってて、それでも言ってくれたんだな。わたしは改めて申し訳なくなって、胸の奥が熱くなって、それに連動するように喉の奥が痛くなってきた。ああ、泣いてしまう。ふたりを見送るまではがまんしよう。そう思いながら彼らの背中が小さくなるのを見ていた。
もっとちゃんとふたりのこと、見ていたら違っていたのかな。どうして気づけなかったんだろう。どうしてただの友達としか思ってなかったんだろう。断ってようやく、今までふたりがどんなに優しく接してくれたかを思い知った。土方くんの手のひらの重みが切ない。同い年の、同じクラスの、優しくてかっこいい男の子。わたしなんかを好きだと言ってくれる男の子。彼らを好きになれたら、好きになった方が、きっと幸せになれるのに。





















修学旅行最後の日、わたしは神楽ちゃんとお妙ちゃんに「どうしてわたしが銀ちゃんのこと好きだって1年の時から思ってたの?」と聞いた。だって失礼だけどお妙ちゃんはともかく神楽ちゃんは鋭いタイプではないし、それこそ色気より食い気だと思ってたから。

神楽ちゃんはわたしに聞かれて、ウーンと悩んだあと答えた。「一番最初の日ヨ」と。
最初の日?いつだ、とわたしが頭の中で記憶を辿っていると神楽ちゃんは教えてくれた。わたしが銀ちゃんのことを銀ちゃんって呼び出した日だと。ああ、とわたしは合点する。あの懐かしい、一年の初夏。


『銀ちゃんまたナー』
『銀さんさようなら〜』

部活を終えて神楽ちゃんとお妙ちゃんと帰ろうと校門を目指していたとき、銀ちゃんとすれ違った。わたしはふたりが銀ちゃんを下の名前で呼んでいるのにびっくりしながらも、『坂田先生さようなら』と言った。
するとふたり(ふたりは一年次同じクラスで、銀ちゃんが担任だった)はものすごい顔をしてわたしを見た。

『銀ちゃんのこと名字で呼ぶヤツいたんだナ』
『そういえばあの人先生だったわね』
『オイおめーら聞こえてるぞー』

わたしはそのやり取りがなんだか楽しそうで、ひとりだけ除け者のような感じがして羨ましくなったのを覚えている。Z組ではみんな坂田先生のこと下の名前で呼んでるの?と聞いた。ふたりは至極当然のように頷いた。


『えー・・・楽しそうでいいなあ、Z組。わたしも銀ちゃんって呼びたいです』

そしてちらりと銀ちゃんを見ると、彼はいつものやる気のなさそうな顔でわたしを少し見つめた後、ボリボリと頭を掻きながら口を開いた。


『・・・別に好きにすれば』


すると言うや否や神楽ちゃんがため息をつきながらツッコミを入れて、お妙ちゃんがそれに続く。


『なにカッコつけてるアルか銀八のくせに』
『そういう態度、鏡見てからにしたほうがいいですよ』
『ちょっとさっきからおめーら酷くない!?先生だって傷つくんですけどォ!?』

そのやり取りがあんまりにもおかしくて、わたしはケラケラと笑ってしまった。そしてその勢いで銀ちゃんに笑顔を向ける。


『じゃーわたしも混ぜてもらおう。銀ちゃん。銀ちゃん!』

噛み締めるように二回言ったら銀ちゃんは少し呆れたように優しく笑った。


『はいはい。気ィつけて帰れよ』










「あのときの笑った顔は好きな男にするもんだったヨ。目が特別だって言ってたネ」
「でもなまえちゃん、何度恋愛とかその手の話題を振っても全然響かないんだもの。最初は隠してるんだと思ってたけど、これは自分自身気づいてないのねって神楽ちゃんと話してたのよ」



家庭科部のお土産を選びながらした会話を思い出す。どうしてわたしは銀ちゃんが好きなんだろう。どこを好きになったんだろう。
わからないけどあの日たしかに、銀ちゃんと呼んでいいと言われた時はとても胸が高鳴ったしあの優しい眼差しにドキドキしたのを覚えている。でも単純に、一教員と仲良くなれたことが嬉しいだけだと思ってた。どれだけ鈍いんだろう、わたし。


「はあ・・・」

もっといろんなことを見過ごさないようにしないと、どんどん時ばかり流れていつの間にか卒業してたなんてことになりかねない。わたしはため息をついて近くにあったベンチに座ってうつむく。今日は予備校で自習しようと思ってたのにそんな気にはなれなかった。

気持ちにちゃんと気づいて、それを伝えることができるって、すごいな。
わたしも銀ちゃんに、そんなことできるんだろうか。



「いやでもできたとしても迷惑かあ、生徒だし」
「何が?」

「っうわ?!」

漏れ出た言葉に予想外に返答があって、びっくりして顔をあげるとそこにはまさにいま考えていた銀ちゃんがいた。


「どーした悩み事か?さてはまだサドとマヨどっちにするか悩んでるな、青春かようらやましいなコノヤロー」
「残念ながら恐れ多くもお断りした直後だよ」
「え、そうなの?」

そうだよ、まあほとんど銀ちゃんが原因でね・・・とは言えないわたしは苦笑をしながら頷いた。銀ちゃんは至極当然のようにわたしの隣に座る。
この気持ちに気づいてからというもの銀ちゃんを見かけただけでドキドキするのに、こんなに近くで二人きりだから心臓が馬鹿みたいにばくばくと音を立てた。

銀ちゃんに対する緊張とさっきまでの出来事で頭がパンク寸前のわたしはどうにも言葉を選べない。でもうつむいているわたしを見て銀ちゃんは心配してくれたんだろう。
優しく声をかけてくれた。


「・・・ま、そんなに重く考えなくてもいいんじゃねェか。もしやっぱり気になるってなったら改めて言えばいいし」

そう言われてわたしは心の中でため息をつく。やっぱり生徒の恋愛相談に乗ってる、って感覚だよね〜そりゃそうだよね〜!
あの修学旅行最終日の夜も、ナチュラルに両方とも勧められたし。教師からしたら自分のクラスの生徒の浮いた話なんて娯楽のひとつみたいなもんなんだろうな。

そう思いながらちょっと沈んでいると、銀ちゃんはやっぱりわたしが落ち込んでいるんだと思ったようで少し明るく続けた。


「ま、基本思春期の男はなまえチャンみてーな女の子に告白されたら断らねェから安心しろよ」
「いやいやそんな、もう二度とないよこんなモテ期」
「そーかァ?おめーかわいいからこれからもわりとあると思うぜ」
「!?」


か、かわいい!?!?!?
急に何を言い出したんだこの教師、とわたしはびっくりして銀ちゃんを凝視する。一瞬で顔に熱が集まったのがわかった。


「んー?なんだ、照れてんのか」
「照れてないもん!」

照れてるけど!!!!!
銀ちゃんはまたいつもの呆れたような優しい顔で笑う。そ、そういうの!!!!!卑怯だぞ!!!!!教師のくせに!!!!!

だけれどこの何の気なしにかわいいだなんて言ってきちゃうところが結局先生と生徒なんだと思い知らされる。そう、わたしが銀ちゃんのことをどんなに特別に思っても、銀ちゃんからしたらわたしは大勢いる生徒のうちのひとりでしかないんだ。


「・・・ま、なんか話したくなったらいつでも聞いてやるよ。いちご牛乳でも飲みながらな」


そう言って銀ちゃんはぽん、とわたしの頭に手を置いた。土方くんとはちがう重み。土方くんとはちがう手の形。
土方くんはどこかぎこちなくわたしの頭を撫でた後すぐにくるりと方向転換したけれど、銀ちゃんはわたしの髪をくしゃりと乱してきた。

「や、やめてよ銀ちゃん!ぐしゃぐしゃになるじゃん!」
「はは、悪かったな」

そう言って離された手。わたしは赤くなった顔を隠すように一生懸命手櫛で髪を整えた。


ただの子供だとしか思われてないんだろう。
ただの生徒でしかないんだろう。

だからこうやって簡単にわたしの心を乱していく。そう考えると切なくてどうしようもなかったけど、それでもわたしはまるで大事な宝物をもらったみたいに手のひらの重みを噛み締めた。


・・・銀ちゃんのことが好き。

どこが好きとか、どうなりたいとか。そういうのはぜんぜんわからないけど、でも好き。だいすき。