「またみょうじさんと体育祭の準備をすることになるとはな」
「一年生のときを思い出すね〜」
月日は流れ季節は巡り、この時期がやってきた。桂くんと学級委員をするのは二度目だし、だいたい学級委員をやる人間なんて決まっているのでメンバーはほぼ固定化されている。さすがに三年目ともなると勝手知ったるものだった。
「今年もがんばろうね」
「ああ。お互い熱中症には気をつけよう」
温暖化の影響なのか気持ちの問題なのか、毎年どんどん暑くなることに嫌気が差しながらもわたしはなんだかんだでこの体育祭など行事の準備を楽しんでいる。
「えー、じゃあなまえと桂は体育倉庫行ってきて」
「はーい!」
・・・だってこういうとき、部活顧問を持たない銀ちゃんはいつも駆り出されているから。
第六話
「えーと、たぶんそれはこっちかな?」
「ああ、ありがとう」
Z組が割り振られたのは三角コーンの設置だった。さして重たくもないし楽だなあと思いつつ、わたしは渡された紙を見ながら桂くんと作業をする。
「これも今年で終わりだと思うとなんだか少し寂しいな」
「ねー。高校生活なんてあっという間だね」
そんな取り留めのない話をしながら体を動かした。本当、つい最近入学してきたような気がするのにな・・・なんて思っていたとき。ピコン、と携帯にメッセージが届いたことを教える軽快な音がした。
わたしじゃないし桂くん?珍しいなあ、準備中はカバンに入れておくように言われているのに・・・そう思いながら桂くんをちらりと見ると彼はすごい速さで携帯をチェックしている。いつもはそんなことしないひとだから思わず首を傾げた。
「どうしたの?なんかあった?」
「あ、いや、ちょっと・・・」
「?」
口ごもる彼を不審に思いつつ続きを促すように見つめる。すると彼は少し悩むように目線をさ迷わせた後、口を開いた。
「エリザベスが熱中症で搬送されていて」
「ええ!?」
エリザベスというのは桂くんのペット・・・ペット?うん、ペットだ。たしかにこの猛暑、エリザベスみたいな構造(構造・・・?)をしていれば熱中症で倒れてもおかしくない。
「一応点滴を打ってもらい回復はしたようだが、迎えに行かねばならん」
「そ、そうだよね!はやく行ってあげて、ていうかよくここまで準備やってくれたね!?」
「側にいてやりたいという気持ちはあったのだが、みょうじさんとの最後の体育祭準備をしっかりやってこいとエリザベスが聞かんくてな・・・今も準備が終わってからでいいと言ってはいるんだが・・・」
「そ、そんなのだめだよ!はやく行ってあげて?わたしなら大丈夫だから」
「しかし・・・」
「本当にだいじょうぶ!」
桂くんの真面目さには驚くが、緊急搬送されるほどの熱中症なんて一大事だ。一刻も早くエリザベスのところに行ってあげたほうがいいだろう、病院でひとり心細いに違いない。
・・・そんな中で準備を優先するよう桂くんに言うなんて、エリザベスって義理堅いんだなあ。
「あとは任せて行ってきてあげて!」
「・・・ああ、ありがとう。家までエリザベスを連れ帰った後もしまだ仕事があれば戻ってくる」
「そんなの気にしなくていいよ!終わらなかったら他のクラスの子も手伝ってくれるだろうし」
「いや、念のためな。みょうじさんも携帯を持ち歩いておいてくれると嬉しい」
「・・・わかった」
基本的に先生に言われたことは守るようにしているんだけど、なんだかそうでもしないと桂くんがここに残り続けそうだったから受け入れることにした。そもそも何も言われてなくても落とすのが怖くて普段からカバンに入れっぱなしだけれども・・・。まあでも仕方ない、とわたしはカバン置き場に向かいズボン(いまは準備の関係で体操服を着ている)のポケットに携帯を入れる。
エリザベス、無事だったらいいなあ。
「携帯がない・・・!」
そしてやはりというか案の定というかなんというか。体育祭の準備も終わって更衣室に向かい着替えを済ませ、かばんに手を突っ込んでからいつものところに携帯がないことに気がついた。そういえば体操服のポケットに入れたんじゃん。
・・・しかしズボンをいくら探しても見つからない。やっちゃった、と頭を抱える。
えーと、最後に携帯を触ったのはいつだっけ。桂くんから「無事に家まで送り終えた。準備はどんな感じだ?」とメッセージがきて、「もう終わりそうだから安心してエリザベスと一緒にいてあげて!」と返したのは覚えている。えーと、あれを打ったのは体育倉庫にいたときだ。そうだ。そのあとすぐに玉入れに使うカゴを持ってくるように言われて・・・。
「体育倉庫かな、たぶん」
わたしはため息をつきながら体育倉庫へと向かった。
「あ?何してんだ」
体育倉庫に入ろうとしたところで聞き馴染みのある声に呼び止められた。わたしは反射的に心臓が跳ねるのを感じつつ笑顔で振り向く。
「銀ちゃん!実は携帯なくしちゃって・・・たぶん体育倉庫だと思うんだけど」
「準備中はカバンの中に入れとくよう言っただろー、ったく携帯依存症がァ」
「だって桂くんにエリザベス迎えに行ったあと状況次第で戻るから持っとくように言われて」
「言い訳はキキマセーン」
まったく、と言いながら銀ちゃんもいっしょに体育倉庫についてくる。まだ何か仕事あるの?と聞いたらいまオメーが作ったんだよと言われた。・・・一緒に探してくれるんだ。嬉しい。
「銀ちゃんは優しいね」
「あァ?ったく気楽なモンだな」
「えへへ」
けだるそうな銀ちゃんにわたしははにかむように笑う。そしてふたりで体育倉庫に足を踏み入れた。
「どのへんで使ったんだ?」
「んーと、玉入れのカゴらへん」
「んじゃ奥のほうか」
「うん」
そうやって話しながら銀ちゃんと倉庫の中を進む。銀ちゃん、テキトーだけどほんといい先生だよね・・・そういうところ、好きだなって思ってしまう。
銀ちゃんの後ろをついて歩きながらにやにやしていたら、目当ての場所に先に到着した銀ちゃんがキョロキョロしながら言った。
「んー?見つからねェぞ」
「えっうそ、体育倉庫じゃなかったのかな」
でも他に思い当たるところはないし・・・そう思いながら記憶を辿っていると銀ちゃんが口を開く。
「あ、マットの中とか挟まってんじゃね」
「そうかも!」
玉入れのカゴがあった場所の隣には体操用のマットが積まれていた。たしかに、とわたしはそこを覗く。すると銀ちゃんの言った通り見慣れたそれがマットと壁の間に挟まっていた。
「あ、あっ・・・」
がちゃん!
あった、携帯に手を伸ばしながらそう声に出そうとした瞬間。何か重たい金属音のようなものが入口の方から聞こえてわたしは固まる。・・・え?
わたしは思わず銀ちゃんの方を見た。
「ね、ねえ銀ちゃん、いま」
銀ちゃんも銀ちゃんで明らかにヤバい、といった顔をしている。慌てて彼は入口の方に向かい、携帯を握りしめたわたしもそれに続いた。
そして体育倉庫の扉を押す、・・・も。
がちゃん。ガチャガチャ。
横にスライドして開けるタイプの扉は、銀ちゃんがいくら取っ手を動かしても外側から乾いた金属音を奏でるだけでいっこうに開かない。
「・・・マジでか」
銀ちゃんが顔を引き攣らせながら呟く。うそ。うそ。
「ぎ、銀ちゃんこれ、も、もしかして・・・」
「・・・閉じ込められちまった、かも」
サァア、一気に顔から血の気が引くのがわかった。
ど、どうしよう?!?!?!ていうか誰よ鍵閉めたヤツ!!!!!
「落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け。ん?っていうか待てよ、なまえお前携帯持ってるだろ、それで誰かに」
「そ、それが・・・」
銀ちゃんはわたしの持つスマホを見る。しかしそれは非常に残念なことに。
「で、電池切れ・・・みたい。銀ちゃんは携帯持ってないよね・・・?」
「・・・職員室だ」
これは本当に本当にやばい。わたしと銀ちゃんは大慌てで体育倉庫の換気をするためだけにある小窓を開けて大声を出したが今日は体育祭の前日で部活をする生徒はいない。体育祭準備が終わっているためこの付近にくる教師も生徒もいない。
・・・っていうことは、ていうことは、ていうことは。
「も、もしかして・・・最悪あしたの朝まで誰にも気付いてもらえずに閉じ込められたまま・・・?」
「・・・・・」
あまりにもあまりにもな展開に目眩がする。銀ちゃんも言葉が出ないようだった。
しかし数秒間をおいて、彼も口を開く。
「・・・いや、なんとか考えよう」
そうは言ったものの、銀ちゃんの口元は少し引きつっている。たぶんさっきの沈黙、ひとしきり手がないか考えて何もなかったときの無言だよね・・・。
銀ちゃんとふたりきり!なんて喜べる状況じゃない(そもそもここ蒸し暑いし)わたしは泣きたい気持ちになってきた。
ど、ど・・・どうしよう・・・!!!!!