愛し足りないので終われません

3月3週目、シーズン開幕3連戦の初日。
成宮はその初日、意気揚々と家を出た。「紗南が来てくれるから負ける気しないもんねー!」などと朝から上機嫌な様子を隠しもしない。開幕投手に選ばれたということもあり、気合が入っているのはわかる。だけど一也の存在をチラつかせてまで彼が私に開幕戦に足を運んで欲しい理由がわからなかった。
…いや、多分普通の奥さんなら当然のことなんだろうけれど。今の私は違う。成宮の望む私じゃない。だから、そんな私にどうして、と思ってしまうのは仕方のないことなんだ。

ニュース番組では朝からスポーツコーナーが「いよいよ開幕戦です!」とプロ野球一色。ファンにとっては待ち遠しかったであろうこの日。私はいつも通りの朝を過ごす。
ひとりで朝食を食べ、洗濯に掃除、午前中のうちに近所のスーパーに買い物へ。
庭仕事もした。
それからピアノ。理由もなく迅る気持ちを押さえ込むように、ただ弾き続ける。
明日は教室の日でもあるので、その準備も念入りに。少しずつ先生という立場に慣れてきてはいるけれどそれでもやはりまだ自信はなかった。その不安を埋める為にも、いまはひとつひとつのことをこなしていくしかない。
お昼は、即席の袋麺でラーメンを作って食べた。冷蔵庫の中に入っていた中途半端な量の野菜を合わせて一度にお湯で茹でる。
ひとりの時の料理は気楽だ。それこそインスタントだって構わない。
シーズンが開幕したら成宮は練習に試合に遠征にと忙しくなる。食事を一緒にとることも少なくなるだろう。それが少しばかり有り難かった。

丼に用意したラーメンをふうふうと息を吐きながら頬張る。なんとなく今日はリビングで食べた。床に敷かれたラグマットに腰を下ろしてローテーブルにはラーメンの他に麦茶。電源を入れたテレビをリモコンでザッピングしていると、ふっと手が止まった。

「…甲子園」

春の選抜。大きなテレビ画面に映る焦げ茶色のグラウンド。真っ白なベース。目に飛び込んできた映像に、どくん、と心臓が大きく跳ねる。私には十七歳の秋までの記憶しかない。神宮第二球場で薬師高校との激戦に勝利した秋大の決勝。そこで手にした甲子園への切符。
厳しい冬を越え、雪解けの季節。まだ肌寒い春のその土を踏んだであろう野球部を知らない。アルプススタンドでそれを見守っていたであろう私たち吹奏楽部を知らない。どんなプレイで観客を魅了したんだろう。どんな音で選手たちの活躍を後押ししたんだろう。どうな空気でどんな匂いだったんだろう。
結果だけはあの初日に成宮と一也に聞いた。
ベストエイト。三回戦で南北海道代表の学校に敗れたのだという。
ふたりにとっては既に過去の話。
だけど私にとっては、迎えるはずだった未来。

一也と一緒に甲子園に行きたかった

そんな言葉が、胸の内に広がる。





「甲子園ってそんなに凄いところなの?」

あれはいつの夏休みだっただろうか。
多分小学校中学年ぐらい。クーラーの効いた私の家のリビングで一也と一緒に素麺を食べながら、テレビで見ていた夏の甲子園大会。その日は多分一也のお父さんが仕事で家を空けるから、練習帰りの一也がそのままうちに来て夜まで一緒に過ごした記憶があった。

「そりゃあ凄いよ」

夏休みに入ってから毎日毎日飽きもせず野球漬けの一也は、画面に釘付けだ。私のことなんてきっと眼中にない。白球を追いかける視線が行ったり来たりしてる。

「一也も甲子園出たい?」
「うん」

私の質問に一也は頷いて、また素麺をすする。
私は甲子園が嫌いだった。何故ならこの期間、毎日見ている夕方のアニメを放送せずずっと野球ばっかりやってるからだ。正直つまらない。でも一也は違う。「毎日甲子園ならいいのにな」なんて言葉を溢すぐらい、よっぽど好きらしい。

「一也くん甲子園出たいの?」

話を聞いていた母が、そんなことを聞く。一也はまた頷いた。

「今日、たしか次の第三試合に東京代表の学校の試合あるよ」
「はい、それ見たくて」
「へーそうなんだ。ママ、なんていう学校?」
「青道。ここ昔から強いのよ」

甲子園が嫌いな私と違って、母はプロ野球は見ないけど高校野球が好きだった。意外と詳しい。青道は国分寺にある学校だとか、ここもそうだけど強いところは大体寮生活だとか。多分一也が求めてる野球の話とは違うんだけど、詳しいのだ。一也はそんな話に相槌を打ちながら、素麺を頬張り、野球を見る。そして私はそんな真剣な顔つきの一也を、こっそり横から盗み見るのだ。

「わ、すごい、サングラスかけて怖い顔してる」
「あら意外と監督若い」

私たち親子はそんなことばかりに目がいってしまう。それでも一也はただジッと黙ってテレビ画面を見つめていた。学校ではいつもどこかパッとしない一也だけど、野球が絡むと他の誰よりも真剣で…そして格好良かった。

「紗南も甲子園で演奏したいって思わねぇの?」

急に一也が私の方を振り向いたと思うとそんなことを聞いてきた。突然のことに驚いて、思わず考え込む。最近入った小学校のブラスバンド部。そして始めたトランペット。なるほどこういうところでも応援するのか、と軽い衝撃を受けた。

「俺が紗南のこと甲子園に連れてってやろうか」

ニシシ、と歯を見せて、一也がそんなことを言うから。私にとってあの瞬間が始まりだった。だからあの時見た白と青のユニフォームの学校に、一也を追いかけて入学したのは私にとっては必然で。忘れていたであろう約束を持ち出してまで一緒の高校に行くと言ったのは確信犯で。
…だけど一也は覚えてた。覚えてたからメールをくれた。
私にとってはそれだけでいいんだ。
それだけで、一也のことが、大好きって思えるんだ。





カキィイイイン、と。
気持ちのいい音が響いた。
「ホームラン!」という実況の声が耳に届き、ふと我に帰る。私は急いでラーメンの残りを平らげた。試合開始は18時。到着までの道のりを考えると17時までには家を出た方がいいだろうと算段をつける。まだ時間はあるけれど、やることがないわけじゃない。それにさっきみたいに余計なことを考えたくなかった。慌てて立ち上がって、空になった丼をキッチンへと持っていく。テレビは消した。まるで真夏の太陽の陽の光を浴びたように、頭がクラクラとふらつくから。

(…やっぱり開幕戦だし、晩ご飯は多少豪華にした方がいいのかな)

そう思ったものの、ナイトゲームだ。帰宅はきっと深夜に近いだろう。もしかしたら食べて帰ってくるかもしれない。適当に摘めるようなおかずを作り置きしておこう、と洗い物の流れでそのまま台所に立った。料理をしていると余計なことを考えずにすむ。
洗う、刻む、茹でる、炒める。単純作業の繰り返し。毎日の習慣にしてしまえば、十七歳の私が苦手にしていた調理もそれなりに楽しくなってくるし腕前も上達する。とにかく何かに没頭したくて、汗だくになりながら無心で手を動かした。

「……我ながら、作りすぎてしまった…」

ダイニングテーブルにずらりと並んだ料理の数々。日持ちするものを中心に、下味をつけて冷凍するもの、今日明日で食べるもの。様々だ。それらを全部冷蔵庫にしまい、後片付けを済ます頃には身支度を開始するちょうどいい時間になっていた。
寝室にしている客間で着ていく服を選ぶ。ちょっとラフな方がいいのか、と動きやすいジーンズとトップスを選んだ。
高校生の頃は絶対このブランドがいいと中高生の間で人気だった名前を友人たちと話していたのに、「今」の私の手持ちのワードローブは随分地味だ。タグを見ると全部あの頃から存在していたファストファッションブランドの名前が印字されている。
変わったことと、変わってないこと。
やっぱり変わってしまったことの方が圧倒的に大きい。

服を着替え終わると、洗面所へ向かった。週末何処かに出掛ける度に背伸びして施していた化粧。大人になった「今」、それは日課に変わった。化粧台に並んでいる化粧水、乳液、美容液。母が使っていたものとは違うけれど、その並びを見ると既視感を覚えた。眉毛をかいたりマスカラをしたりアイシャドーを塗ったりするだけでは足りない。土台からつくっていかなくてはいけない。27歳とはたぶんそういう歳なのだ。
最初こそおっかなびっくりだった私の手つきも、料理と同じように一ヶ月も経つと手慣れたものだ。なにも考えなければ、身体が覚えている。ただただ手を動かした。
初めて「今」の顔に化粧をした時。成宮は私の顔を見て「綺麗だよ」と微笑んだ。その言葉に安堵すると同時に、私の知らないその甘美な響きに心臓がどくりと高鳴ったのを覚えている。成宮は私のことが本当に好きなんだ、と実感した。だから誤魔化すように「お世辞でしょ」と返したのだけれど、真剣な顔で「いつもそう思ってる」なんて言葉が返ってきてしまったものだから余計に照れた。真正面から成宮と向かい合うのは、いつも心臓に悪い。
化粧を終え、簡単に髪をセットする。後ろでひとつに結んだ。
それから、今日持っていくかばんの中にハンカチや化粧ポーチなど必要と思われる物を詰め込む。勿論成宮から受け取ったチケットも忘れずに。全ての準備を整え、最後にパーカーを羽織って玄関で靴を履いた。スマートフォンで時間を確認すればあと15分ほどで17時。ちょうどいい時間だろう。玄関の鍵を閉め、いざ出発。

最寄り駅から、外苑前駅まで。電車に乗ること自体に抵抗はない。特に子供の頃から慣れ親しんだ東京生活。これが見知らぬ地方の土地だったら難しかっただろうけれど。
帰宅ラッシュにはまだ早い時間。乗り込んだ電車はそこまで混んではいなかった。学生の姿も少ない。そういえば今は春休みか、と腑に落ちる。車窓に流れる夕焼けを眺めながら、ただぼんやりと過ごした。
ふ、と。パーカーのポケットが震える。スマートフォンの通知。取り出して画面を見たらラインメッセージの新着通知が表示されていた。
差出人は、成宮。
「ちゃんとチケット持った?」と短い文章。私はすぐに「持ってきたよ」と返信する。するとすぐにスタンプが返ってきた。……試合前なのに余裕だなぁと顔を顰めた。成宮らしいといえば、成宮らしい。
私はそのスタンプには返信せず、スマートフォンをまたポケットにしまう。
四ツ谷で一度乗り換えて、赤坂見附でまた乗り換え。その頃には成宮のチームの球団ユニフォームを身につけた人たちが電車の中でちらほらと目につくようになった。勿論一也の球団のファンの人たちも。目指す場所は皆おんなじだ。

外苑前に降り立った時、やはり思い出すのは10月24日のこと。あの時は第二球場だった。明治神宮球場は……7月以来。夏大予選の決勝の日。惜しくも届かなかった甲子園。思い出して思わず唇を噛んだ。
午前中テレビ越しに目にした甲子園。そして目の前にそびえる神宮球場。その全てが、一也に繋がっていく。
そんな私の心情など誰も知りはしない。駅から球場にむかう人々の足取りは軽く、開幕戦という一種のお祭りに胸を躍らせていた。試合前から球場の前でイベントも行われていたのだろうし、試合開始前のセレモニーは既に始まっている。球場に辿り着けば既に満員御礼といった様子で、私はチケットに記載されたゲートを探して歩いた。プロ野球観戦はいつも一也と一緒だったから、彼の背についていくだけだった私。ひとりで球場に来るのは初めてだ。それに周りはだいたい家族連れやカップルばかり。緊張するなという方が無理な話。
そんな中で、球場外のグッズ売り場が目に入った。成宮の背番号と名前が印刷されたタオルやユニフォーム、Tシャツ、球団マスコットの人形などが所狭しと並んでいる。それを軽く横目に流して7番ゲートへ。
慣れない私は入場後、一度自分の席を確認してから、ネット裏の売店で軽食と飲み物を買った。
成宮が用意してくれたチケットはバックネット裏の席で、多分所謂「いい席」だ。周囲の会話を聞いても玄人の野球談議。席に戻った私はその中でひっそりとフライドポテトを摘む。
グラウンドではセレモニーに続き、始球式が始まっていた。白球を投げるのは可愛らしいアイドルの女の子。勿論私が名前も知らない子だ。そして定刻通りに試合開始。

成宮がマウンドに上がるその姿を真正面から見下ろすのは初めてのことだった。そして思い出すのは、あの夏の日差し。思わずギュッと指先に力を込めて握りしめる。
成宮は、ずっと、私にとって、一也にとって、壁だった。大きな壁。だからだろうか…ここまで来ていう言葉ではないが、応援、という気持ちにはあまりならない。
それよりも私は、久しぶりに見た一也のマスク姿に胸が高鳴る。

(一也も出るから、見においで)

胸の内でなぞる成宮の言葉。そんな言葉に釣られてきてしまった私。重たい溜息を吐いた。

試合は初回から息の詰まる投手戦だった。成宮も相手チームの投手も気迫あるピッチングを重ねていく。
試合中盤、「成宮調子いいな」などと後ろに座るおじさん達が話している声が耳に入ってきて、思わずどきりと胸が跳ねた。

「メジャー行かねぇのかなぁ」
「行く気あるならとっくに行ってんだろ」

あの成宮だぞ、という言葉が続く。私は(確かに)と心の中で頷いた。成宮はいつだって頂点を目指す男だ。高校生の時は甲子園、そしてその先のプロを見据えていたのは誰もが知る話。…じゃあそのあとは?夢を叶えた今、やはりそういう選択肢もあるはずなのに成宮は日本にいる。日本で野球をしている。

「やっぱり家族の協力なしには難しいんじゃねぇの?」

その言葉を効いた瞬間、ガツン、と鈍器で頭を殴られた気分だった。おじさん達は私の正体など知らないだろうけれど、それでも自分に向けられた言葉であることは間違いない。考えたこともなかった。そんなことまで考える余裕などなかった。成宮自身がアメリカで野球をすることなど眼中にない可能性もあるけれど、彼の性格上その可能性は低い。

(……成宮が、メジャー…)

もしそうなったら勿論私も渡米することになるだろう。想像もつかない話に、胸が騒ぐ。

(いや、でも……別にそうと決まったわけでもないし……)

野球ファンのおじさん達がただ世間話をしているだけ。自分自身にそう言い聞かせる。幸いだったのは、その直後、成宮のチームの四番が2点タイムリーを放って試合の均衡を破ったことにより先程の会話など一気にどこかへ行ってしまったことだ。球場全体が歓声に沸いた。
そのまま試合は燕優勢に進み、八回には更に四番が3ランホームランと畳みかける。成宮のピッチングも回を追うごとに威力を増し、得点を許さない。

「このまま完封だろ」

そんな安堵の言葉がどこからか耳に届いた九回表。しかしそんな観客の期待とは裏腹に先頭打者から三連打を浴びた成宮。満塁だ。一気に空気がピリつく。そんな中、私は打席に立ったその姿にハッと息を呑んだ。

(…かずや…)

思い出す。
夏のあの炎天下。
あの時も、私は祈るような気持ちで彼の打席を見守っていた。見慣れた構え。左打席に立って成宮と対峙するその後ろ姿。よく見えないけれど、成宮はどこか楽しそうだった。私はパーカーの袖をギュッと握りしめる。

(かずや、打って、お願い)

あの時の、九回表の、打席のように…!
私の夏を清算して!

そんな私の強い願いを汲み取ったかのように、一也のバットは成宮の初球を捉えた。小気味いい音が耳に届き、三塁側外野席、相手チームの応援団の鳴り物がこれでもかと響き渡る。白球が一塁と二塁の間を抜き、その間に三塁ランナーがホームに返って一点。成宮が悔しそうにマウンドの土を蹴り、惜しくも一塁でアウトになった一也を睨んでいる。ああ、こういうところはちっとも変わってない。けれどその後は続く打者をふたりとも打ち取り、そこで試合終了となった。

開幕戦、白星を飾ってスタンドはお祭り騒ぎだ。お立ち台が用意されてヒーローインタビューの準備が着々と用意されていく。やはり、というか。そこに立ったのは本日完投した成宮とホームランを打った四番の選手。早々に立ち上がって帰る観客たちもいる中、私はなんとなく腰を上げられずにいた。バツが悪いとでもいうのだろうか。マイクを向けられる成宮の姿をぼんやりと眺める。

「成宮選手!完投おめでとうございます!」
「…いや〜、正直悔しいですね。完封目指してたんで…」

快勝と言ってもいい点差、投球内容も決して悪いものではなかったはずだけれど成宮は苦笑交じりにインタビューに応えていく。

「なんであそこで打っちゃうかなぁ、一也ァ」

成宮のぼやきに観客は敵も味方も関係なく手を叩いて笑っている。成宮と一也。このふたりの関係性は対して変わってないんだろう。昔馴染みであり、ライバルであり、そして同志。多分それをみんながわかっているからこそ、成宮の言葉に喜ぶ。インタビュアーもどこか楽しげに言葉を続けた。

「今日は開幕戦ということもあり、随分気迫あるピッチングでしたね」
「そうですね。昨年に続き、開幕投手に選んで頂いたんでいつも以上に気合は入ってました。それと……今日結婚記念日なんですよ」
「そうなんですか?!おめでとうございます!」
「今日の勝利を奥さんに捧げまーす!」

至る所から、おめでとー!という声が聞こえてくる。成宮のインタビューは結局『成宮らしい』言葉で締め括られ、そしてマイクは隣に立つ選手に渡った。私は、呆然と、成宮の姿を見下ろすことしか出来ない。

(結婚記念日…?)

無意識に右手が、左手の薬指を撫でていた。その付け根にはないもない。そこでようやく自分が指輪をつけていないことに気がつく。化粧をした時に外して、洗面台に置きっぱなしにしてきてしまったそれ。胸が罪悪感で一杯になる。
結婚記念日だから、成宮は私に来て欲しかったんだ。ようやく腑に落ちる。だからチケットを用意して、一也の名前を出してまで、私をここに呼んだ。

(成宮……)

思わず心の中で呟いた彼の名前。それに応えるようにお立ち台に立つ成宮が、バックネット裏を、私をじっと見つめていた。間違いじゃない。成宮は私を見ている。

私は堪らなくなって慌てて席を立った。「いい試合だったなぁ」なんてファンの声を聞きながら、足早に球場を去る。駅に向かう人の波に乗って歩きながら、騒ぐ胸を押さえつけるように掌を押し付ける。呼吸が整わない。頭が痛い。今日は、成宮と「今までの私」にとって間違いなく大事な日だった筈だ。それなのに私は試合の最中一体何を望んでた…?

かずや、
打って、
お願い

自分自身の言葉が心中で反響する。
「今」の私を。
いつだってこの心を。
つき動かすのは、マウンド上の王様じゃない。心臓を抉るような焦燥感は、貴方のくれた痛みじゃない。

「……ごめん、成宮」

東京の明るい夜空を見上げて、私はぽつりと呟いた。

私はやっぱり一也が好きだよ。
好きで、好きで、たまらないんだ。