いつまでも痛い目みせてよ


7月。始まった全国高等学校野球選手権大会予選。夏がまた、私たちにはじまりを告げる。
青道高校野球部は順調に予選を勝ち進んでいた。そしてついに私たち吹奏楽部の出番がやってきた準決勝。舞台は明治神宮球場だ。
此処を訪れるのは、約四ヶ月ぶり。開幕戦以来のこと。

私はコンクール指導の為の外部講師ながら、毎年こうやって野球部の応援に引率として球場に足を運んでいたらしい。それを考えると…多分、もはや野球が好きだったのだろう。そう思う。
午前中の試合。照りつける太陽の元、首に掛けたタオルで流れ落ちる汗を拭った。
水分補給をこまめに行うように生徒たちに声を掛けていく。手に汗握る試合展開。流石に準決勝ともなると一進一退の攻防が繰り広げられていた。
打者に届く音を!
コンクール前ということもあり代表メンバー達は自主参加という形をとっている。それでも今回球場に足を運んだ雪平さん。そんな彼女が後輩たちを叱咤する。
まるでいつかの誰かの台詞みたいだ。
そんな雪平さんの近くでは、水嶋くんがトランペットを構えて真剣な表情でグラウンドを見つめていた。
誰もがあの地を目指している。それは実際に試合をする球児たちだけではなく、惜しくもベンチ入り出来ずに涙をのんだ部員たちや、それと並ぶようにスタンドで応援する私たち吹奏楽部員。チア部。そして父母会。皆が、それぞれの夢を託して、応援している。

---甲子園、連れて行くから

ずっと私の胸に痼りのように残っていたその言葉。今はもうあの夏に感じた期待も焦燥感も、大きな悲しみも私の中には残っていないけれど。今度はそんな私が、誰かの夢を応援する存在を、応援したいのだと思うのだ。
それは舞台で活躍する彼等から一番遠い存在かもしれない。それでも、と思う。
私の存在が誰かの力になるのであれば。
27歳を歩き始めた私は、心からそんな風に思う。


結果、準決勝の激闘は3ー2で青道高校に勝利をもたらした。
まあ順当だろう、という思いもあるもののやはり勝利は皆に安堵の気持ちを届ける。同じくスタンドで試合を見守っていた礼ちゃんの姿を探したら、目があった。お互い言葉もなく頷き合う。やっぱり嬉しいものは、嬉しい。勝利の余韻に浸ってザワザワと騒がしい生徒たちに声を掛けて片付けを指示する。13時からは本日の第二試合、稲城実業の試合が控えているのだ。
「ま、勝つんじゃない?」との予想は、今朝の鳴の言葉。大して興味のなさそうな態度ではあったけれど、その言葉には、稲実への自尊心が滲み出ている。さすが鳴だ。
「青道も、勝つといいね」と家を出る際に掛けられた控えめな激励。…それは、鳴なりの歩み寄り。それだけで嬉しくなったのは言うまでもない。


楽器や荷物を纏めた部員たちを長尾先生が引率し、私は席に忘れ物がないかどうかの最終確認。ゴミが落ちていないかどうかも忘れずにチェックして、俯きながら階段をのぼる。色々対策してきたものの流石に何時間も炎天下にいるのは疲労感が半端ない。身体は正直だ。歳だなぁ、と溜息を吐く。
そんな私のパンプスが最上段を踏んだ時、「勝ったな」と声を掛けられた。どこかで聞いたことのあるその低音に、顔を上げた。観客の入れ替わりで混み合ったゲートの隅で、"彼"は私をジッと見つめている。えっ、という驚きの言葉は声にはならなかった。変な沈黙が私達の間に流れる。私に声を掛けた彼はその細い眉を怪訝そうに寄せた。その表情が、なんというか、私の記憶に重なる。

「し、しらかわ…」

ようやく、口が言葉を紡いだ。

鳴の同級生である---白河勝之が半袖のワイシャツにスラックス姿で其処に立っていた。相変わらず赤みの強いサラサラな髪の毛を顔の右側に流すような髪型。蒲公英色の瞳は暖かいのに、如何せん目尻が鋭いせいか穏やかさは感じられない。やっぱり記憶の中の彼よりも大人になったな、という印象だけれども。それでもパッと見の印象は変わらなかった。

「…なんだよ」
「な、なんでもない。久しぶり」
「ああ」

当たり障りのない返答。どうやらそれでなんとか誤魔化せたらしい。私はこっそりと心中で安堵の息を吐く。
白河勝之は、高校生の私にとって成宮鳴の次に苦手な存在だった。理由なんてひとつしかない。白河が、一也を気嫌いするのと同等に彼の幼馴染というだけで私のことも嫌っていたからだ。とはいえ、そう話をした思い出もないことは確かで。こんな風にわりとフランクに話し掛けられるなんて思ってもみなかった。

「今年も忙しいな、吹部」
「そ、そうですね…」
「………お前」
「なに…?」
「……いや、…今日成宮は?」
「デイゲームで登板だけど…」
「そうか」

白河は私の言葉に、僅かに顎を引いて頷いて見せた。……気まずい。どうして白河がここにいるのか、その理由がはっきりとわからなかったし、私との関係性も謎だ。いや、まあ、成宮鳴と結婚した時点で彼は夫の友人になったわけだから、それなりに話す間柄になったのかもしれない…とは思うけれど。ただ鳴が白河に私の事情を話しているかどうかが定かではないので、なにを話していいのかわからなかった。

「成宮先生!」
「白河コーチ!」

そんな気まずい(のは私だけかもしれないけど)私たちの名前をそれぞれ呼んだのは、青道の吹奏楽部員と稲実の野球部員。

「白河って稲実のコーチだったのか」

ついポロリと、そんな言葉が口端から零れ落ちる。私が、あ、と思うのと、左腕の手首を掴まれるのは同時だった。白河の手は、意外にも指の関節が太い…男のそれだった。

「…お前」
「………はい」
「やっぱりなんかあっただろ」

ズバリ言い切った白河の言葉に、私はハハハ、と頬を痙攣らせて笑うことしかできなかった。





「というわけで」

乾杯の音頭をとるのは、鳴だ。各々ソファーやラグマットの上に腰を下ろして、その手には缶ビールや缶チューハイを握っている。私は自分のグラスに注いだウーロン茶。

「稲実の勝利を祝って!」

「乾杯!」との発声の後、それぞれが缶をカチンと合わせる。私もグラスを差し出せば、隣に座っていた鳴は当然のことながら、その反対側に座っていたカルロスくん、テーブルを挟んで向かい側の原田さん、そして締めはこの飲み会のきっかけをつくった白河と乾杯。それぞれが飲み口に口をつけ、グビリ、と喉を潤している様を見ながら、私もウーロン茶を飲んだ。

白河と再会した私は、どこをどうしくじったのか分からぬまま…彼にそれまでの私と違うことを見抜かれてしまった。その場ではお互い生徒がいる手前、深く追求されなかったが…白河がその日のうちに鳴に連絡したらしく「バレたの?」と帰宅後苦笑まじりに鳴に頬を摘まれたのは一昨日の話だ。
まあ白河ならいいか、と鳴が彼に電話越しに事情を説明した際、折角だから月曜日の球団の移動日(鳴は休息日だ)に久しぶりに集まるかという話になったらしい。
メンバーは現在稲実で教師(担当は生物)兼野球部コーチを務めている白河と、千葉が本拠地の球団で活躍中のカルロスくん、そしてたまたま明日からの試合で関東を訪れていた北海道の球団に所属している原田さん。そこに飲み会の場所として自宅を提供した鳴と私を付け加えて総勢五人。後もうひとり参加者がいるらしいが、その彼は会社が終わってから途中参加予定と聞いている。というわけでメンバーが揃い次第、ひとまず乾杯の運びとなったわけだ。
鳴の乾杯の発声からお察しの通り、昨日行われた全国高等学校野球選手権大会予選 西東京大会 決勝戦は稲城実業の優勝で幕を閉じた。青道高校は惜しくも準優勝。結果だけ見れば、十年前の再来。
青道に身を置く立場としては悔しさがないわけではないし、なんとなくこの飲み会に参加するのも場違いかと思ったけれど、まあ鳴が楽しそうだからいいか…と感じる違和感は喉に呑み込んだ。

「ぶっちゃけ青道だったらさぁ、紗南の負担が半端ないんだから稲実が勝って良かったと思うよ」

なんてことを言ってしまうのだから、鳴は相変わらずとしか言いようがない。それを聞いて「そんなこと言ってやるな」と原田さんが苦笑している。まあ確かに、(私の負担というよりは吹奏楽部の負担だが…)コンクール前の甲子園への遠征は長尾先生が以前そう形容したように「地獄」なのだろう。

「二年前、それで体調崩したし。俺としては心配してるわけ!」
「そうなんだ」

私に十年間の記憶がないことは、もうこの場では周知の事実となってしまったので私は特に何も考えず肯く。つまり2年前は青道が甲子園に出場したということ。…なんとなく、今年3年生---雪平さん達がコンクールだけではなく野球部の応援に力を入れている理由がわかった気がした。彼女達は私が成し遂げなかった甲子園の地を踏んだ経験があるのだ。…そりゃあ、もう一度、と思うよなぁとやはりまだ胸に悔しさが滲む。それは私自身のものというより、教え子達の願いが叶わなかった事実に苦しさを感じているような…そんな感覚。

「青道の分も頑張ってね、白河」
「当たり前だろ」

昨日の祝勝会で酒を注がれてわりと二日酔いらしい白河にそう言えば、彼はフンと鼻を鳴らして応える。学生時代の私を嫌う態度はすっかりなりを潜めているけれど、刺々しい物言いは相変わらずだ。でも多分これが彼にとっての普通なんだろう。白河も大人になり、(相変わらず一也のことは嫌いらしいけれど)私とはそれなりに良好な関係を築いていたらしい。積極的に連絡を取り合う仲ではないけれど、こうした飲みの場であったり、球場で顔を合わせれば近況を話したり。
変われば変わるなぁと思うけれど、一番私のことを嫌っていたと思っていた鳴と結婚してる時点でもう大体のことは驚かなくなったのは事実。

(…もう、半年になるのか…)

今週末には、暦は8月を迎える。



飲み会は終始和やかな雰囲気で進んでいた。特にシーズン中の骨休め的な位置づけだからか、飲みすぎてハメを外すこともない。皆いい大人だし、それになりよりプロ意識が高い。
そんな感じなので、酒よりもどちらかと言えば食事が減るペースの方が早かった。乾杯した当初は、私が作ったおかずと近所のスーパーで買ってきた惣菜が大体半分半分で並んでいたのだけれど、一時間ほど経つ頃には空き皿が目立つようになってきたものだから、私はそっとソファーから立ち上がる。

「手伝う」
「えっ、大丈夫ですよ…!」
「紗南、甘えちゃえばいいよ〜」

申し出たのは原田さんで、それに甘えるように私に言ったのは勿論鳴だ。私は思わず鳴の言い分に眉を顰めた。原田さんはお客様なのだからそんな風に手伝わせるわけにはいかない。だけど既に原田さんは空き皿を持って立っていた。
座っていてください、と言っても座ってくれないものだから、もう諦めて彼と一緒に台所へと向かう。
なんとなく台所で原田さんとふたりきりになった居心地の悪さを感じながら、私は(足りなくなることを考え作り置きしてあった)おかずを冷蔵庫から取り出し、空き皿にまた盛り付けた。ついでに飲み物が少なくなっていたことを思い出し、新しい缶ビールも一緒にテーブルの上に置く。

「あの、すみません。お手伝いしてもらって…」
「いや。…前からこんな感じだから気にするな」

原田さんが苦笑まじりにそう言った。
その言葉で、なるほど、と肯く。どうやら以前からこういう関係性らしい。それにしても原田さんは先輩だぞと思うが、やはりそのあたりも鳴らしいと言えば鳴らしいのかもしれない。

「…大変だったな」

ふいに原田さんが口を開いた。私は思わず菜箸を持って動かしていた手を止めて、顔を上げる。彼の凛々しい眉毛の下にある粒らな瞳と、私の視線が混じり合った。
飲み会の前に鳴から私の事情を聞いた原田さんとカルロスくん。原田さんの先程の言葉が、私の人生に起こった不思議な出来事を指していることはすぐに理解できる。そんなことあるわけない、と否定せずに彼がじっくり話を聞いていたその姿がまだ私の網膜に焼き付いていた。

「……そうですね。でも…私より鳴の方が、辛かったと思うので…」

私がそう言えば、原田さんは苦笑を浮かべる。

「あいつの業の深さを考えれば、……当然だと俺は思うけどな。…でもそれに巻き込まれた紗南さんは溜まったもんじゃねぇだろ」
「……もう過ぎたことですから」
「…相変わらずだな」

彼の物言いから考えれば、多分今までも私たちの関係に対して何かしら思うところがあったのかもしれない。そんなことを考える。
私にとって原田さんと言えば、高2のあの夏。神宮球場でスタンドから見下ろしたその大きな背中がすごく印象的だった。あの当時、成宮の女房役は大変だろうなぁなんて考えていたけれど…どうやら今でもそういう関係性でいるらしい。この歳になってまで面倒かけてすみませんと内心で謝罪。そんな私の考えを察したのか、「あんまり気にするなよ」と優しい言葉を掛けられる。……なんていうか、この人は本当に"いい人"なんだろうなぁと思った。

「これからも鳴のことよろしく頼む」
「はい」

頭を下げられ、私は大きく頷いた。

鳴と共に一緒の人生を歩むと決めて、約一ヶ月。私は彼の全てを認め、そして鳴は私を心から信じると誓ったあの夜。
忙しくなる青道の仕事の中で、ちらりと胸の片隅に芽生えた想い。
この際だから原田さんに聞いてしまおうか、とふと思い立った。

「あの…」
「なんだ?」
「……その、鳴の、ことなんですけど」
「ああ」
「鳴はこのまま日本に居てもいいと思いますか…?」

あの日記を読んで、ずっと考えていたこと。
アメリカに行きたい。
メジャーに挑戦したい。
そんな鳴の想いは、私がここで目覚めることになったある種の原因になってしまったからか、……彼が私に直接その熱い思いをぶつけてくることはなく、今のところなんとなくタブーとして私たちの間に横たわっている。でもそれを見て見ぬ振りなど出来ないと思うのだ。私たちは前に進まなくてはいけない。

---メジャー行かねぇのかなぁ
---行く気あるならとっくに行ってんだろ、あの成宮だぞ

いつかの球場で聞いたおじさん達の声が、脳裏で再生される。

「……俺は正直、アイツの野球人生が日本のプロ野球だけで終わることが勿体ねぇとは思う。それほどの逸材だよ、成宮鳴は。…だけど、まぁ、こればっかりは仕方ねぇだろ。独り身ならまだしも、家族がいるんだから」

---やっぱり家族の協力なしには難しいんじゃねぇの?

その言葉もまた、図らずも的を得ていたわけだ。

「…やっぱり、そうですよね…」

原田さんの考えを聞いて、覚悟を決めろ、と誰かが私の耳元で囁いた気がした。

「まあ色々不安なのはわかる」
「……私あんまり英語得意じゃないので…そういう部分の不安が大きいというか」
「鳴に教えてもらえばいいだろ。アイツそれなりに喋れるぞ」
「…え、そうなんですか…?」
「……そういう努力は人一倍惜しまねぇ奴だからな」

つまり、鳴は随分前からアメリカ行きを考えていたのかもしれない、と原田さんの言葉で思い知らされるのだ。
……これは、やっぱり一度ふたりで話し合わないと。新たな決心を胸に刻む。私は原田さんに改めて頭を下げた。
原田さんって、お兄ちゃんみたいだ。
場違いかもしれないけれど、そんなことを考えた。
礼ちゃんもそうだけれど、私はどこか頼りがいのある人に心惹かれるらしい。
……末っ子気質の鳴とは正反対。思わず苦笑する。でもどうしてだか、人生で二度も心惹かれてしまったのだから仕方がない。きっとそれを人は運命と呼ぶんだろう。陳腐な考えかもしれないけれど、そんな風に思うんだ。


私は新しい酒の肴を盛り付けた皿を何枚か乗せたトレーを持ち、原田さんは缶ビールを手に持ってリビングへと戻る。鳴たちは相変わらず盛り上がっているのかな、と思ったがなんだか真剣な顔をして話し込んでいる姿が目に入り私は思わず掛けようとした声を飲み込んだ。

「じゃあお前ら半年以上セックスしてないってこと?」

カルロスくんの、鳴を不憫に思うような言葉に、私の頭はその瞬間真っ白になった。…我ながら、手に持っていたトレーを落とさなかったことを褒めてあげたい。まるで雷に打たれたような、そんな衝撃が私の身を襲う。

「……おい」

原田さんが、呆れたような声で彼らに私たちの存在を知らせた。その低い声に、鳴もカルロスくんも白河くんもこちらを振り返り、そして(まずい)といったような表情を瞬時に浮かべて私を見た。
…もうそういう反応をされると、余計になんだか居た堪れない。

「紗南…」

鳴が眉を下げて私の名を呼んだ。
私は、返事も出来ない。ただ言葉もなくトレーをローテーブルに置く。だってなんて言えば正解なのか。今の私には分からない。もうやだ、逃げ出したい。聞かなかったことにしたい。鳴が立ち上がって私に手を伸ばしたその瞬間、

ピンポーン

タイミングよく、玄関に設置されたインターフォンが来客を知らせた。私はすぐに足を動かす。鳴の腕は空を切った。

「わ、私、見てくるね…!」

そう言ってバタバタとリビングを出る。そのまま玄関扉のドアホールからポーチを確認すれば、遅れてくると言われていた飲み会の最後の参加者の姿。私はすぐにドアの施錠を外す。

「こんばんは、すみません、遅れました」

そんな風に律儀に頭を下げたのは、途中参加と聞いていた鳴の稲実時代の後輩である多田野樹くんだ。現在は社会人野球で大手企業に勤めているらしい。会社の野球部の練習帰りなのか、彼は社名の入ったジャージ姿だった。

「これ、お土産です。良かったら」
「あっ、…わざわざありがとう…!」

有名な洋菓子店のロゴが入った紙袋を手渡される。私はそれを有り難く受け取って、「あがって」と多田野くんを中に案内した。

「…紗南さん、熱あります…?顔真っ赤ですけど…」

玄関の式台に腰を下ろして靴を脱ぎながら、多田野くんは私を心配そうな顔で見上げる。

「…だ、大丈夫…」

自覚していたけれど。
彼の言う通り、私の顔は今茹で蛸のように真っ赤なのだろう。だって頬が焼ける様に熱い。

---じゃあお前ら半年以上セックスしてないってこと?

カルロスくんの言葉が、リフレイン。

(…セ、…セックス……)

私は心中でその単語を吃りながら、確かめるように、呟く。

見て見ぬ振りや知らぬ存ぜぬなど出来るわけがない。これもまた、"夫婦"である私たちの前に立ちはだかる大きな壁、難問なのだった。