09
宴は相変わらず続いていたが、日付が変わる前に電池が切れてきたナマエを女部屋へ連れていった。扉の前ではたと思い出し、明日のことを話す。
「明日は朝飯食ったらマルコんとこ行け」
「え?しばらくはエースが付いてくれるんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどよ……おれはもっかい食糧調達に出ることになった」
「そうなんだ……」
残念そうにしゅんとするナマエを見て、うっ……と胸がつかえる。なんだよ、やめろよそういう顔。その顔ちょっと、
「ずいぶん可愛いこと言うのね、うふふ」
「ひゃあっ!?」
そう、可愛い。
女部屋の扉が開き、ナースのクロエが後ろからナマエをぎゅうっと抱き締めた。
「明日からナマエは各部署の雑用係だってマルコ隊長が言ってたわ」
「ざ、雑用?任せて、私がんばる、だから、その、お姉様、お離しくださいませ…………」
「私はクロエよ、よろしくねナマエ」
クロエは白ひげお抱えのナースの中でも古株で、女でも照れるほどの色っぽさが彼女の売りだ。ナマエも例外ではないようでにっこりと微笑んだクロエの腕の中で固まっている。
「5日くらいで戻る予定だからナマエも頑張れよ」
おやすみ、と軽く手を振って別れた。
それが3日前の話。
結局ナマエのことが気になってストライカーを飛ばしに飛ばして帰ってきて驚いた。
「エース、あいつを1番隊にくれよい」
「…………は?」
今なんつった?
「いーーや絶対4番隊に入れる!」
「航海士チームにあの子の籍を置いてくれ」
「ナマエは医療班がもらうわ」
「整備組にはナマエちゃんが必要なんだ!!」
マルコの次に躍り出たのはサッチ。みんな我先にと自分の所属とナマエの需要を次から次へと並べ立てる。
今回は妙に出迎えが多いなと思ったらこれだ。おれの理解が追い付かないのもお構いなしにずずいと詰め寄ってくる。
「ま、待てよお前ら、こりゃ一体どういうことだ?」
「……あいつは金の卵だよい」
「金?」
「雑用係として色んな隊に回してみたら、どこいっても有能で重宝される。そんなこんなでエースが帰ってくる頃には引っ張りだこ、ってわけだ」
うんうんと頷いてるそこのパイナップル、ナマエのこと素性の知れないやつだの寝首掻くかもしれねェだの言ってなかったかオイ?
「な?分かったら4番隊にナマエちゃんをくださいお願いします」
「きっと立派な航海士になるぞ」
「私がナマエを優秀でエロいナースに育ててみせるわ」
「ナマエちゃんには整備士の素質があるんだ!!」
おれにイエスと言わせたもん勝ちと言わんばかりの熱気と強引さにじりじりと後退すれば、ついには船縁に背中が当たった。
そういえば当のナマエの姿が見えないなと思い、甲板をキョロキョロと見渡すと武器庫に繋がる扉が開いた。イゾウがナマエを連れて現れる。おれが声を掛けるよりも早くこちらに気付いたイゾウが「エース!」と叫んだ。
「この嬢ちゃん、火器の扱いの筋がいいなァ!専属にしていいか?」
……おれがいない間にずいぶんとモテモテになってるじゃねェか。
おれとぱちりと目が合ったナマエは、おかえりー!と呑気に大きく手を振っていた。
「〜っ!ナマエ、ちょっと来い!」
「わっ、なに、」
持ち帰った食糧リュックを群がる野郎共と置き去りにしてナマエの元へ駆ける。ここにいたらゆっくり話もできやしない。ナマエの腕を取って甲板から連れ去った。
***
どこを歩いてもナマエー!と声をかけられるもんだから、静かに話せる場所を探してたどりついた先はおれの部屋だった。
ばたんと扉を閉じてようやく一息つく。ここどこ?と無邪気に部屋を見渡すナマエはあいつらの面倒臭さを理解してない。
海賊がどういう生き物なのかまったく分かっていないのだ。
「……すっかり船には馴染んだようで」
「この3日で色んなとこお邪魔したからね!楽しかったよ!いい人ばっかりだね」
「すげェ活躍してたみたいじゃねェか。引く手数多って感じだぞ」
照れ臭そうに笑うナマエに椅子を勧め、おれはベッドに腰掛けた。膝に頬杖をついて3日ぶりのナマエを眺める。どんな手伝いをしたとかやっぱり船内で迷っただとか、にこにこと楽しそうに話している。
船を出る前のマルコやハルタの反応を見て心配していたが、すっかり取り越し苦労だったようだ。そう思ったらふっと口許が緩んだ。
「みんな自分のとこにナマエを引き込みてェみたいだけどどうすんだ?」
「え?どこにも入らないよ。私、次の島で降りるし」
「え、」
がつんと鈍器で頭を殴られたようなショック。
心のどこかで、この3日間でナマエの気が変わったんじゃないかと期待していた。私やっぱりこの船に乗るわ、そんなことを言いそうな笑顔に見えたもんだから。淡い期待はあっさりと切り捨てられ、思わず表情が曇る。そんなおれの様子を見たナマエが取り繕うように言葉を足す。
「あー、でも乗ってる間はちゃんと仕事するから安心して。ね?」
なんでそんな困ったように笑うんだよ。ついさっきまでもっと楽しそうに笑ってただろ。
「この船には居たくないのか?」
「エース……?」
おれが口を出すべきことじゃない。分かってる。
「本当に次の島で降りたいのか?」
「えと、」
ナマエが戸惑ってる。たったいまこいつを困らせてるのはおれだ。分かってる。
「おれたちの船に乗れよ、仲間になろう」
分かっていても、口を衝いて出る言葉は止めようがなかった。
ナマエの瞳が揺れる。目は逸らさない。逃すものか。
よォく覚えとけナマエ。
海賊とは欲しいものを見つけたら容赦しない。そういう生き物なのだ。
「〜〜っ、だめ!降りるの!」
「意地張るな、行くとこねェくせに!」
「島に着いたら探すの!!」
おれの視線に射止められていたナマエは無理矢理顔を背けて、精一杯おれに反論した。乗れ!乗らない!の応酬は不毛に続く。
「い、イゾウさんのとこの雑用まだ残ってるから行くね!!」
あっ、逃げやがった!
捕まえようと伸ばしたおれの手をギリギリでかわしてナマエが部屋から出ていく。軽く浮かした腰を再びベッドに沈め、やきもきした気持ちを持て余した。
ナマエの足音も部屋から遠ざかって――……ん?
「………………」
「うわっ」
「……なにしてんだ」
「…………甲板、どっちデスカ」
気丈に振る舞いつつも気まずそうにおれを見上げる頑固な女。
扉の前の廊下で立ち尽くすナマエにどっと力が抜ける。
「ばァーか、こっちだよ 」
ポケットに手を突っ込んで先導するように歩き出せば、背後から慌ててついてくる足音が聞こえた。
次の島まで最低でも1週間くらいあるだろう。それまでに懐柔できればいいか。廊下を歩きながらそんなことを考えていた。
「……そういえばさ」
「んー?」
「帰ってくるの早くてびっくりした。5日くらいかかるって言ってたから。意外と島近かったの?」
「あー」
遠かった。下手したら6日かかってもいい距離だった。
「ナマエが心配で飛ばして帰ってきた」
「え……」
ぴたりと止まった足音。振り返った先には、目を丸くしたナマエ。驚きと照れが見える。
「あ、ありがとう……」
「……どういたしましてナマエチャン」
散々ぷりぷりしてたのにちゃんとお礼を言うナマエの素直さに、やっぱりこいつ欲しいなァと思った次第である。