08


 宴が始まって早々、イゾウが放った勘違い発言の訂正におれとナマエは奔走する羽目になった。3分の1ほど回ったが、照れんなだの可愛い彼女じゃねェかだの見当違いな反応が山程返ってくる有り様だ。

「面倒なことになったな……酒の入った連中にどれだけ伝わってるかも怪しいところだぞ」
「これ本当に訂正しきれる……?」
「しねェわけにもいかないだろ……」
「そうだね……」

 がやがやと楽しく宴に興じるクルーたちを眺めておれは途方に暮れた。

「なんだおめェら浮かねェ顔して。せっかくの宴だぱーっとやれ、ぱーっと!!」
「オヤジ!」
「船長さん!」

 船長室から現れたオヤジの姿に救われた心地になる。オヤジの声ならみんな聞くはずだ。事情を話してオヤジからナマエのことを説明してくれないかと頼めば、仕方ねェやつらだなと甲板に用意されたいつもの椅子に腰かけてでっかく笑った。

「聞けェ野郎共!!!!」

 空気が震えるような声にみんなオヤジを振り返る。

「ナマエはエースの嫁でもなんでもねェ!!エースが世話になった上に身寄りがねェっていうからおれがこの船に乗せることにした!!」

 冷やかす声も聞こえない。いいぞオヤジ!!


「ちなみに、ナマエは"異世界"からきたっつー変わり種だ。詳しく聞きてェやつはナマエんとこに来い」


 オヤジはにやりと笑って違う爆弾を落とした。隣から「へ……?」と間抜けな声が聞こえる。
 甲板のやつらはその目に星を光らせ、興奮ぎみに「異世界、だと……!?」とうわ言のように呟いてナマエを見ている。
 幸か不幸か、すっかりクルーたちの興味は"エースの嫁さん"から"異世界"に上書きされたようだ。わっと詰めかけるクルーにビビるナマエを見て思わず笑いが漏れた。

「笑ってないで助けてよエース!!」
「すまん、これはこれでおれには止められねェ」
「異世界ってどんなとこなんだ!?」
「ロボはいるのか!?」
「ろ、ロボットはいるにはいる……?AIとかかな…」

「「「「おーーーー!!!!」」」」

 ナマエが気圧されながらも真面目に答えるもんだからクルーたちの異世界熱はさらに加速する。

「オヤジ、確信犯だろ」
「グララララ、ハナッタレの扱いはおれが一番よく知ってらァ」

 いい宴になりそうだな、とオヤジは愛用の徳利を傾けた。
がたいのいいクルーたちに囲まれナマエの姿はもう見えず、粗野な熱気に掻き消されないように精一杯張り上げた声だけが聞こえてくる。やり方は手荒だが、手っ取り早くみんなと仲良くなれそうで良かったんじゃねェかな。
 オヤジと一緒に酒を飲んでいると、先ほど集まっていた面子も新しい料理と酒を片手にやってきた。おれ同様、オヤジの回りに陣取ってこちらも宴を再開する。

「オヤジ、あんな異世界からきたっていう怪しい女、乗せてもいいの?」
「グララララ、なんだハルタ、お前は反対なのか」
「おれも手放しでは賛成できねェよい。いくらなんでも素性が分からなさすぎる。おれたちの寝首を掻こうっていう海軍や敵のスパイかもしれねェ」

 ハルタやマルコの言い分もこの船と仲間を守る隊長格の意見としては尤もだろう。頭ではそう理解しても、二人の言葉におれは眉間に皺を寄せてしまう。

ナマエはそんな奴じゃない。

「そうかもしれねェが……おれにはでけェ海に放り出された頼りねェ、しかも弱っちい小娘にしか見えねェな。おれの寝首を掻こうってんなら迎え撃ってやるまでよ」

 グラグラとオヤジが笑ってくれて、眉間に入った力がふっと緩んだ。

「ナマエの面倒はおれが見るから!」
「犬や猫を拾ってきたみてェに言いなさんなよ、エース」
「そんなつもりじゃ……」
「エースは駄目だよい」
「なんでだよマルコ!おれが連れてきたんだからおれが……っ」

 反論するおれにマルコは頭をぽりぽり掻きながら、お前なァ……と呆れ顔だ。

「エース、お前にゃ明日からもっぺん食糧調達に出てもらうよい」
「えっ」
「食糧が足りねェかもっつってエースを使いにやったのに、宴なんか開いてちゃ元も子もねェだろい」
「おっまえ、仲間が増えるんだぞ?めでてェ日に宴をやらないなんてそんなの海賊じゃねェよ!」
「そーだそーだ!!」

 拳を上げてやいのやいの言うおれとサッチをマルコはうるせェと一蹴した。

「とにかく、明日には補給できそうな島の海域に入る。またストライカーでひとっ走りいってこいよい」
「……じゃあナマエは……?」
「おれがお目付け役をやるよい」

 マルコが?
 思わぬ展開に首を傾げると、ラクヨウがゲラゲラと笑い出した。

「お目付け役がマルコじゃあの嬢ちゃんもビビっちまうんじゃねェか?顔こえーし」
「お前が言えた台詞かよい……お目付け役っつっても、日替わりで各隊に回して雑用こなさせるだけだよい」
「あー、この船には雑用なんていくらでもあるしね」
「この船に乗る以上、タダ飯食らいはいただけねェしな」

 ウンウンと頷くハルタとイゾウ。横にいるオヤジも何も言わずに酒を煽ってる辺り、マルコに一任するつもりなのだろう。
 ナマエを一人船に置いていくのは気がかりだが、食糧を予定の半分しか買えなかったこともこの宴で予定外に消費していることも事実だ。

「……分かった、明日からまた出てくる……ナマエのことはマルコに任せっから、あとで海図見せてくれ」
「お?ナマエちゃんと離ればなれにされて寂しいのかエースゥ?」
「…………」
「あっちィ!!!」

 懲りないリーゼントを少し焦がした。


***


 とっぷりと日が暮れた頃、ようやくナマエが「喉嗄れそう……」とおれの元へ逃げ帰ってきた。丁度マルコもサッチも他の連中に呼ばれたり、新しい酒を取りに行ったりで席を立ったところだ。
 異世界に関する質問会は途中から野郎共の自己紹介を兼ねた身体能力披露大会に変わったらしく、遠目に見てもナマエの周りは終始騒がしかった。戦闘員のみならず、ナースや船大工といった非戦闘員らにも取り囲まれてさぞ疲れたことだろう。労いの意も込めて、手付かずの肉料理を差し出す。ありがとう、とナマエはひょいとつまみ上げた肉を口に放り込んだ。

「えらく長いこと捕まってたな」
「みんなロボット好きすぎない?あとビーム……」
「ビームあんのか!?!?」
「エースまで食いつかないでよ……」

 正直詳しく聞きたかったがナマエもへとへとなようだったからぐっと我慢する。今度教えてもらおう……。
 おれの隣に座ったナマエが宴の熱気に包まれた甲板の男たちを見て、ほうと息をついた。

「こんなに賑やかな夜は初めてかも」
「海賊の宴はいつもこんなもんさ」
「いいね、楽しい」

 ナマエは目を細めてこの時間を慈しむように、でもどこか寂しげに呟いた。手元に残った酒を傾けて横目でナマエを眺める。
 海賊船には似つかわしくない、小さな女。

「――……おれもナマエのこと聞きたい」
「えーとね、私がいた世界ではビームは……」
「ビームじゃなくて、ナマエのこと」
「私?」

 首を傾げておれを見るナマエに頷いてみせる。私のこと……と視線を彷徨わせたあと、ナマエはゆっくり話し始めた。

「平々凡々に暮らしてたよ。毎日学校とバイト行って、録画したドラマとか見てさ。少なくともチンピラに絡まれるような生き方はしてなかったかなあ」
「……危ない目に合わせて悪かった」
「確かにあれは怖かった」
「……」
「ごめんって、冗談だよ」

 今でこそけらけらと笑ってるけど、あの時のナマエは本当に怖がっていた。引っ張りあげるために握った手は強張って冷たかった。

そんな怖い思いをしてたのに、なんでおれのことなんか庇ったんだよ。
会ったばかりの奴のために、どうして、そこまで。

 腑に落ちていないのが伝わったのか、ナマエは眉をハの字にして再び話し出す。

「私にはもう家族いないんだよね」
「……」
「両親は小さい頃に他界、育て親のおばあちゃんも去年風邪でぽっくりと死んじゃった。親戚もほとんど縁が切れてるような状態で、あー、いわゆる天涯孤独ってやつ?」

 軽い口調でナマエは話す。

「エース、"家族"大好きでしょ」
「――そうだな、かけがえのねェ大事なやつらだ」
「ふふ、ストライカーの上でエースの話聞いてて私もそう思った。だから絶対に離ればなれにさせちゃいけないなぁって……偉そうだけど、エースのこと守らないとって必死だった」

 大好きな人と離れるのはつらいもんね。
 ナマエは膝を胸の前できゅっと抱えて、消え入りそうな声でそう言った。

 自分で言うのもなんだが、おれは多少のケンカでは負けたりしない。敵船と戦っても海楼石か覇気でもない限り怪我をすることもない。
 だから、誰かに守られるなんて感覚は久しぶりだった。

 なんだか胸がこそばゆい。

「ま!あれだけエースが強かったら私が何かするまでもなかったのかもしれないけど!」
「……そんなことねェよ、ありがとう。ちゃんと礼言ってなかったよな」
「いーえ、こちらこそ」

 ナマエの大きな目がこちらを見つめる。


「エースが居てくれて良かった」

「え、」


 ナマエが膝に頭を乗せるようにこてんと首を傾げ、おれに笑いかけた。その柔らかい笑みに心臓が跳ねて、思わず間抜けな声が出た。

「そもそもあの高さから海に落ちてたら私間違いなく死んでたし!」
「あ……あァ、そうだな。あんときは何かと思ったけど間に合ってよかったよ」
「ほんとびっくりした!なんでこんなことになったのか、いまだによく分からないけどさ。とりあえず次の島まで、よろしくねエース」

 次の島まで。

「……おう」

 おれは複雑な気持ちを抱きながらも、グラスを掲げて乾杯を求めるナマエに樽ジョッキをかち合わせて応じた。