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「っわ、」

 突如、ヌッと影が被さる。途端、頭のてっぺんにズムとのしかかった重みに、洗濯物かごを抱えたナマエはなす術もなくよろめいた。
 何事かと慌てて振り向いた先には、何もなかった。目の前には確かに何もなかったが、見上げると壁のように巨大なジョズの体があった。ジョズとナマエでは身長に開きがありすぎて彼女の目線の高さはジョズの股下を通り抜けてしまうのだ。
 そんな巨大な彼は、ナマエのつむじを人差し指で軽く押していた。
 この体格差である。声をかけても聞こえていない様子の彼女を呼び止めるいい方法がほかに見つからなかったのだろう。

「ジョ、ジョズさん?」
「いい加減休め」
「え?」
「休め」

 ジョズはいかつい顔をさらにいかつくしかめて、簡潔に言う。ナマエは「はて……」という顔で緩く首を傾げるだけだ。巨大なため息をつかれ、彼女は自分がなにか気に障ることをしてしまったということだけは分かったので、居住まいを正してジョズへ向き直る。

「休めと言っているんだ」
「ええと、はい。じゃあ…これが終わったら……」
「いまだ、いま休め」
「仕事が残っていますので……」
「それを言いつけたやつは誰だ。言ってみろ」
「い。いえ、誰かにやれと言われたわけでは……」
「そうだよな。だから休めと言っている」
「……?」
「お前、毎日働き通しだろう」

 エースたちがモビー・ディック号を発ったあと、船には山のような仕事が残されていた。
 日々の食事の準備や洗濯と言ったルーティンに加え、負傷者の看護や破損した分艦の修繕、落とし前をつけに出たエースたちの船を待つために停泊する島への航路の再設定。……
 エースたちの出航後から数日間、ナマエは目につく仕事を片っ端から手伝っていた。ジョズの指摘の通り、連日、朝から晩までだ。
 大所帯で暮らす広い船だ。先述したもの以外にも仕事など探せばいくらでもある。あちらで断られればこちらへ、という具合にナマエは自分に所属がないのをいいことに仕事を求めて船の中を渡り歩いていた。
 それを今日、ついにジョズに咎められた。
 誤魔化そうとも思ったが昼を抜いた腹がギュルギュル鳴ってしまえば動かぬ証拠となり、もう一切の言い訳も効かない。気付けばすでにとっぷりと日は暮れている。

「ん」
「はい……ごめんなさい……」
「おう。お疲れさん」

 ナマエは差し出されたジョズの広い掌に洗濯物かごをしおしおと預けた。
 その後、ナマエは気もそぞろなままシャワーと夕飯を済ませ、早めにベッドに潜り込んだ。疲れていたのは確かで布団の柔らかさは身に沁みたが、どうにも眠れなかった。脳みそばかりが覚醒してしまっている。大きなことから些細なことまで考え事が濁流のように彼女の頭の中に溢れていた。
 体勢を変えてみたり、枕の位置を直してみたり、掛け布団の腕を出してみたり、顔を横に倒してみたり……結局、枕を抱きしめてうつ伏せになる。枕に頬を乗せ、度重なる寝返りで皺の寄ったシーツへ視線を落とす。ため息が枕に染み込んでそこだけ温まる。
 早い時間なので女部屋にはまだお姉様達の姿は少なく、いたとしても日中の激務でスッカリ眠りについてしまっている。

「……」

 ナマエはベッドボードに手を伸ばし、目覚まし時計の下に挟みこまれたエースのビブルカードを撫でた。目を離すと健気に主を目指して動いてしまうので、こうして捕まえておいている。ビブルカードによると、エースは今日も元気である。彼の命に翳りがないことは一目でわかる。
 エースたちは遠くの海で元気に頑張っているだろうに、私は何をやっているんだか。
 ナマエは枕に思い切り顔を埋めて深いため息をつく。息を吐き切るとなんだか踏ん切りがついて、「どうせ眠れないのなら」とナマエはベッドを抜け出した。

「……月が明るいな」

 廊下に出ると、丸窓から差し込む月明かりが床を等間隔に白く照らしていた。あちこちから漏れ聞こえるクルーたちの話し声に混じって、分厚い船の壁越しに低くうねる波の音が聞こえる。
 海にいる誰かの帰りを待つのは久しぶりである。母はどんな気持ちで父を待っていたのだろう。ナマエの記憶の中の母は気丈だった。不安な顔を見た覚えはあまりない。
 甲板へ続く扉を押し開くと、ナマエの体を冷たい夜風が撫でた。「さむ、」と小さくこぼしつつ、手摺を気まぐれになぞって歩く。水面に視線を向ける。真っ黒な夜色をした水面は見つめているとそのまま呑み込まれるような気がして、思わず視線を外した。
 先ほど廊下を照らしていた月を探して少し首を傾ければ薄黄の光源は容易に見つかり、そのついでに一際大きな人影も見つけた。
 大きな盃を傾けて乙な宵酒を楽しむその人は、彼女の新たな父だ。
 またナースのお姉様に叱られても文句の言えないことを堂々とやっている。

「おうナマエ。こっちこい」

 背を向けたまま名を呼ばれ、ナマエは驚いて立ち止まる。しかしトタトタ近付いて、言われた通りその隣に腰を下ろす。月明かりが溶けた優しい琥珀色が彼女をチラと見下ろし、すぐに月見酒に戻った。
 乗船したての頃のような緊張の仕方はもうしない。彼女がいま感じているのは特別なご褒美をもらったような、そわそわとしたむず痒さと誇らしさだ。

「今日、ジョズに叱られたそうじゃねェか」
「え、えへへ……」
「グラララ、褒めてねェぞばか娘」
「ごめんなさい……」

 喉を鳴らして酒を飲み下したオヤジはナマエの様子を見てひとつ笑った。
 ナマエは膝を抱え、オヤジに倣って月を見上げる。足元にくっきりと影が落ちるほどのそれは見事な満月だった。

「なんだか、落ち着かなくて、その……」
「いつも以上にあれこれ手出して動き回ってた、ってか?」
「…………その通りです……」
「おめェは分かりやすいやつだなァ」

 叱っているというにはあまりにも優しく緩慢な口調である。とはいえ、日中のナマエの様子を窺っている素振りもないのに、こうも的確に言い当てられては彼女も決まりが悪い。
 ジョズさんに続いてオヤジさんにも怒られてしまった……とナマエは縮こまるように再び膝を抱え、唇を口の中にしまう。
 しかし、続いた言葉は説教ではなかった。

「信じて待つっつーのは、存外度胸のいることだ」

 オヤジはナマエの身長ほどもある徳利を傾けて盃へなみなみと酒をつぐ。

「不安に思うのも構わねェし、心配ならいくらでもしてやれ。でもな、狼狽えるんじゃねェ。——……マルコたちもてめェの腹ァ決めて海に出たんだ。ナマエ、おめェも腹決めてどんと構えな」
「どん、と……」
「そうだ。どんと構えて、ふらつくな」

 そう言ってオヤジは盃をクッと煽る。

「船だって停まるときには錨を下ろす。ひとだって同じさ。腹の底に動かねェもんがひとつありゃ大丈夫だ」

 オヤジはその立派な髭のようにニィと口角をつり上げて白い歯を見せた。ナマエもつられて笑うと胸中にすとんと落ちるものがあった。
 月明かりに輪郭をもらった水平線がきらきらと揺れている。

「さあもう中に戻れ。風邪でも引かれちゃいよいよナースどもがうるせェ」
「ありがとうございます。オヤジさんも程々にしてくださいね」
「そいつはできねェ約束だなァ……」
「あはは」

 おやすみなさい、と頭を下げてナマエは女部屋へ戻った。
 再びベッドに潜り込んで目を閉じる。

 まずもう無理な仕事のこなし方はやめること。周りに心配をかけるようなやり方は自己満足でしかない。働き通しにしたことがバレたらエースは怒るだろうが……マア謝ればいいだろう。
 オヤジの言う通り、信じて待つのは存外度胸がいるものだ。戦地へ応援に行けないナマエは、この船で待つより他ない。待つしかできないなら、せめて船の日常と平穏を保って、帰ってきた彼らに「いつも通りだったよ」と笑いかけて安心させたいと彼女は思う。
 おそらく無事だろうが、きっと彼らはたいそう疲れて帰ってくる。戦況報告もそこそこに帰艦の宴に雪崩れ込むかもしれないし、風呂や睡眠の休息を求めるかもしれない。


——なァ、腹減っちまったよ。なんか食わせてくれ。


 ナマエが思い浮かべた面々の中で、エースがそう言った。


「ご飯、たくさん作らないとだね」


 眠りに落ちる間際、半ば寝言に近い呟きが彼女の緩んだ口からこぼれた。


***


 エースたちが発ってから早1週間、近くの島へ停泊し始めて数日。待てど暮らせど、音沙汰はなかった。
 サッチは朝食の皿を片付けながら、うーんと唸る。

「そろそろ電伝虫でなにか一報があってもおかしくねェんだけどなァ……ナマエちゃん、エースのビブルカードは?」
「えーと、変わりないですね……」
「じゃあマルコたちもぴんぴんしてるってことか……」

 ナマエがポケットから取り出した小瓶にはビブルカードが収まっていた。その紙は小瓶の中でも沖側へ健気に這いずって、エースの居場所を示さんとしている。この小瓶は「これに入れとけば? なくしたくないだろ」とサッチがナマエにくれたものだ。

「片付けはおれらがやっとくから、ナマエちゃんも朝飯食べてこい。手伝いありがとな、4番隊はいつでも君の入隊を待ってるぜ」
「パンいただきますね」
「ねえちょっとくらい聞いてよお」

 ツッコミを乞うサッチに軽く会釈をして、ナマエは少し冷めたバケットを2切れ皿に乗せて食堂を後にした。

 ビブルカードの向かう方向を確認し、足を向ける。
 海風がナマエの前髪を掻き上げていく。今日は風が強い。壁沿いに並んだ船荷の樽に腰掛けて、バケットを一口齧ると良い音がした。ガーリックバターの風味を味わいながら、ナマエは穏やかな青海を見つめる。
 彼女はここ最近、あまり食堂では食べていない。こうして甲板に出てビブルカードの持ち主を待つことにしているのだ。理由はシンプル。いち早く、その姿に気付けるように、である。
 朝も昼も比較的持ち歩きがしやすいメニューになったのは、おそらくサッチをはじめとする4番隊の面々の計らいだ。

 船の上は重傷者のケアとリハビリ以外はすっかりいつもの調子に戻った。エースたちから連絡がないのは気がかりではあるが、ビブルカードに異変がない以上は待機という話になっている。

「いつ頃帰るのかな……」

 ナマエはバケットの欠片を口に放り込んで目を閉じる。
 仇は取れたのかな、本当に怪我してないかな、なんの連絡もないのは何故だろう。様々な疑問が彼女の脳裏に浮かぶ。
 また風が強く吹いた。緩く瞑っていた瞼にぎゅっと力を入れて、風をやりすごそうしたとき、ふと風の流れが変わるのを肌で感じた。
 あれ、と思って目を開けようとしたその時、ナマエの耳に待ち望んだ声が降ってきた。


「ただいま」


 弾かれたように顔をあげる。

「エース……、」
「悪いな、遅くなった」

 待ち望んだ男が、エースが逆光の中で笑っていた。
 いつの間に取ったのやら、彼はナマエの膝の上の皿に残っていたバケットを頬張っている。そんなエースを呆けたように見上げ、帰ってきた、と彼女は口の中で呟く。

「……っ、おかえり!!」
「おう! 良い子で待ってたか?」

 エースは犬にでもやるようにわしゃわしゃとナマエの髪を掻き撫ぜた。いつもなら怒るところだが、彼女はケラケラと笑ってされるがままだ。それに気を良くしたのかエースの手も止まらず、二人はじゃれあい続ける。

「おい、エース! 固定用の縄の用意は……ってなにしてんだい、お前ら……」
「あ、マルコ。忘れてた」
「ったく、終わったらいくらでもイチャついていいから今は迎船準備が先だい」
「イ、イチャついてねーよ、ばか!」
「どの口が言うんだよい、つまみ食いまでしやがって」
「しまったバレた」

 口の端についたバケットのカスを舐めとるエースに反省の色はあまりない。
 エースの後方から現れたマルコの足元には青い残り火が緩くまとわりついていた。エースの脇腹をどつき、空の皿を見て「チクショウ、ねェか……」と目を半分にした。エースのつまみ食いを咎めた彼もまた腹が空いているらしい。
 ナマエは沖に浮かぶ船影を見つけ、エースを背に乗せたマルコが不死鳥の姿で先にモビーへ帰ってきたのだなと推察した。帰艦の際まで連絡なしとは、いよいよ事情が分からず首を傾げた。

「あ!! マルコたち、帰ってきてンぞ!!」
「いま帰ったぜ野郎ども!」
「おー! オヤジに知らせてくる!」

 エースとマルコの声を聞きつけ、沖の船を見つけたクルーたちが嬉々として騒ぎ出した。わらわらと集まってきた仲間たちに笑顔でハイタッチなどをして景気よく応えるエース。二人の周りにはあっという間に人垣が築かれている。
 あっさりと離れたエースの手を少し惜しく思いながらも、ナマエはそそくさと乱れた髪を手櫛で直した。

「よお無事だったかお前ら! 連絡も寄越さねェで電伝虫はどうした? 忘れてったか!? あァ!?」
「ラクヨウー! 詳しいこたァあとで話すが、まったく陰険な手口の連中だったぜ。おかげで電伝虫は全滅だ」
「だっはっは、でも無事にとっちめたんだろ? イゾウはまだ船か?」
「あぁ、ヤニ切れですこぶる機嫌が悪ィよい」

 そりゃまたおっかねェ、とラクヨウは豪快に笑った。
 とにかく元気そうで良かったと目を細めて眺めていると、人垣からひょっこりと顔を覗かせたエースが「なあナマエ!」と彼女を呼んだ。

「朝飯まだ残ってるか? 腹減っちまってよ。なんか食わせてくれ」
「……っぷ、」

 数日前にナマエの想像の中で放ったものとよく似た台詞を思い描いた通りの人が言うものだから、彼女は思わず笑ってしまった。
 怪訝そうに眉をひそめるエースに、なんでもないとゆるく首を横に振り、ナマエは腰かけた樽から立ち上がった。

「みんなの分のご飯、用意してもらうように声かけてくるね」
「頼んだ!!」

 小瓶をポケットに戻し、食堂へ向かった。
 エースたちがいつ帰ってきてもいいように、サッチは食材をしこたま買い込んであるのだ。


***


「逃げる奴さんが戦場として選びたるは、岩礁ばかりの窮屈な入江。これまた怪しいことこの上ねェし、こちらの船の身動きが取りづれェのは百も承知よ。だが、それくらいのハンデがねェと、奴さんが可哀想だろ?」
「ヒュー!! それでどうしたよ!?」

 咄家顔負けの臨場感たっぷりな語り部は、念願の煙管を咥えたイゾウである。
 戻ったクルーたちは振る舞われた料理を瞬く間に平らげた。帰りを待っていたクルーたちも労いの酒を酌み交わし始め、今はイゾウの報告を兼ねた冒険譚に耳を傾けている。もうほぼ宴会である。
 エースは食事の途中で何度も眠りつつ、マイペースにうめェうめェと皿を空けていった。運んだそばから空になっていく皿に苦笑しながらもナマエは厨房との往復を厭わなかった。

 敵の正体は、ここ最近頭角を見せ始めた賞金稼ぎだったらしい。個々の戦闘力は高くないが、その作戦の緻密さと駆使する麻酔銃と毒ガスが厄介で、多くの海賊がその術中に嵌まって没したという。
 まずは自分たちの陣営に誘い込んで麻酔銃で敵の戦力を削いだ後、毒ガスでなぶる。しかもその毒ガスには電伝虫を使い物にならなくする成分が含まれており、襲われた側は応援を呼ぶこともできず最悪の結末を辿る、というシナリオである。生憎、今回は獲物を取り逃がした上、始末し損ねた電伝虫が残っていたせいで母艦の怖いお兄さんたちの反撃を受けることになったわけだ。
 弱い者なりに知恵を絞った巧妙な戦法ではあるが、正面からの肉弾戦を好むエースのような強者には、陰からこそこそ仕掛けてくる陰湿なやり口に感じたのだろう。
 「海賊に卑怯もクソもねェが、無性に腹が立って敵船全部燃やしちまったぜ」とエースは厚切り肉にフォークを突き立てていた。

「そのやり方で上手く狩れてたもんだから、調子に乗っちまったんだろうねい」
「おれらに手ェ出したのが運の尽きだったな」
「なんていうか、その、お疲れさまでした」
「どうってことねェさ」
「電伝虫の調達が面倒だがな」

 どうするかねい、とマルコは仕事終わりの酒を飲みながら既に次の仕事に頭を悩ませている。物資管理の帳簿をつけているクルーを求めて席を立った彼の背中へ、ナマエは心の中からそっと労いの言葉をかけた。

「あ。そうだ、エース」
「ん?」
「これ返すよ」

 ナマエが差し出した小瓶の中身を見て、エースは「あァ、」と声を漏らした。
 無事にエースたちが帰ってきた今、ナマエがこのお守り代わりのビブルカードを持っている理由はなくなった。ならば返却するのが道理だろう、と彼女は素直に申し出たのだが。
 エースはじっと何かを考えるように小瓶を見つめてなかなか受け取らない。その黒い瞳からは何を考えているのか窺えなかった。
 もぐもぐと咀嚼していた肉を飲み下して、エースは口を開いた。

「それ、やるよ」
「……え?」

 あぐっと大きく開けた口で今度は骨付き肉にかじりつく。
 ナマエはあっけらかんと言い渡された内容にぽかんとする。

「いや……いやいやいや待って、返す、返すよ。だって考えてもみてよ? こんな居場所が分かっちゃうもの、ただの雑用係である私が持ってるの変じゃない? ましてやエースは賞金首なんだし、もしも落としたり誰かに奪われたりしたら大変でしょ?」

 おろおろと事の重大さを伝えるナマエだが、いまいちエースには伝わってないようで「それがなんだよ?」とでも言いたげな視線を返される。

「なんだ、いらねェか?」
「いるいらないって言うか、ええと、これ大切なものじゃないの?」
「ナマエなら持ってても構わねェよ」

 またしても軽い返事。
 いまだ手中に収まった小瓶、もといエースのビブルカードに視線を落として、ナマエはエースが言っていた言葉を思い出す。


“ この紙は、おれが生きてるって証だ ”


——……そう思ったら、ほんの少し欲が出た。


「……エースがそう言うなら、持ってる、ことにする…」
「あァ、そうしとけ」

 エースはそう言って、嬉しそうにくしゃりと笑った。
 家族を失うのはもう嫌だ——あの日吐露した彼女の恐れをエースは覚えていた。逸れたくない仲間やまた会いたい人にちぎって渡せ、ヤマトが教えてくれたこの紙の使用用途にも合致している。
 胸の前で小瓶を握って嬉しそうにしている彼女を見れば、これでいいとエースも自然に思えた。
 ナマエはこれは肌身離さずしっかりと持っていようと胸に誓い、小瓶をいつまでも握りしめていた。