空想バスルーム

グッドナイト流星群

 居酒屋でバイトをしていると、日付が変わるまで働くなんてしょっちゅうだ。働き始めてすぐの頃は、さすがにクローズまで入るのは怖いと思ってできるだけ避けてきたが、慣れてきたら何てことはない。時給も少し割り増しになるし、終電には間に合うから平気の平左だ。

「おっ、なまえちゃん、今日も遅くまでありがとねー!お疲れ!」
「お先に失礼しまーす」

 個人経営の小ぢんまりとした居酒屋だから、切り盛りはほぼほぼオーナー夫妻がしてくれるが、一日に二人くらいはバイトが入る。開店前の仕込みから手伝う早番と、レジ閉めなどクローズ作業まで担当する遅番だ。居酒屋といっても、和食だけでなく洋風の料理やカクテルも提供しているので、ごちゃまぜにおしゃれな多国籍ダイニングといった様相のこのお店は、看板のデザインが素敵だったから応募を決めた。いつか二十歳はたちになったら、初めてのお酒はこの店で飲ませてやるからな、なんてオーナーが言ってくるものだから、早くお酒を味わえるようになりたくてしょうがない。

 秋の夜風は少し冷たくて、コートを着てくればよかったかも、なんて思った。足早に駅へと向かう。バイト先から一人暮らしのマンションの最寄り駅までは2駅ほどだが、少しでも早く家に着くに越したことはない。そういえば、大学の掲示板に、最近この近くでの不審者情報が載っていたな。自分には関係ない、と思うけれど、用心して足りないことはない。寄り道せず、スマホもいじらず、真っ直ぐ帰路につく。

 住まいの最寄り駅は、同じ大学に通う学生が多く住む学生街だから、着いてしまえば多少の安心感もあるけれど。夜の時間はコンビニの前で缶チューハイ片手に屯している不良集団がいたりと治安は若干悪めだ。田舎だからなあ、仕方ないなあ、と思いつつも、もう少し落ち着いた街に住んだ方がよかったかなあ、とも思う。地元は遅くまで営業しているお店なんてほぼなかったから夜は静かだったが、便利がいいのも考えものだ。

 二年住んだら引っ越しかな、いやいや住めば都とも言うしな、なんて脳内会議をしながら電車に乗り込むと、見知った顔に声をかけられた。

「みょうじ」
「……東堂くん」

 同じ高校から同じ大学に進学した、数少ない同級生だった。秋学期が始まってからは、同じ教養ゼミを取っているので、その打ち合わせで毎週顔を合わせているから、最近急に話すことが増えた。

「遅いな、こんな時間まで出歩いているのか?」
「バイトがね、遅番だとこの時間になっちゃうの」

 そういう東堂くんは?と尋ねると、彼は少し渋い顔をしながらこう答えた。

「……自転車競技部の女子マネの先輩に付き合わされていた」
「えっ、あの美人の?」

 自転車競技部の女子マネの先輩、と言うと、昨年度のミスキャンパスでファイナリストに残ったという、才色兼備で有名な人だった。今年の春から急に自転車競技部に入部したと聞くけれど、もしかして。

「……デートに誘われたんだ?」
「部の買い出しに付き合ってほしいと言われたから予定を合わせたのに、ほとんどあの人個人の買い物に付き合わされたんだ。さすがに辟易とするな……」
「……さすが東堂サマ、おモテになることですね」
「からかうな、さすがに困っているんだ。練習中も付きまとわれてな……男からも疎まれるし、いいことなんてないぞ」

 あはは、大変だね、と笑うと、こっちは本気で困ってるんだぞ、笑いごとじゃない。と返された。東堂くんは昔からファンクラブができるくらいモテモテだったけど、そうはいってもここまで露骨に一人からアタックされるのは慣れていないらしい。さすがにミスキャンパスファイナリストだ、学内では有名人だから、彼女が狙っていると知ったら皆身を引くのだろう。

「もう、諦めて付き合っちゃえばいいのに」
「よく知りもしない相手と、そう簡単に付き合えるか。そんな不誠実な態度は俺は取らんよ」

 憮然として返されたその言葉に、東堂くんらしさを感じた。そうだ、彼は女子に囲まれるのは好きだけど、そういえば誰かと付き合ったりした話は聞かなかった。

「今日も、泊まっていきたいなんて言われたんだ。さすがにそういうわけにはいかんから、明日一限から授業があると断ったがな。どうしたものか、困り者だよ」
「……そこまで来ると、はっきり断らないと、かもね」
「そうだよなあ、やっぱり」

 話しているうちに、電車が最寄り駅に到着する。二人とも同じ駅で降りるので、一緒に下車した。なまえのマンションの方が少し駅に近いので、必然的に送ってもらうような形になる。

 他愛もない話を続けながら、家までの道のりを並んで歩く。十分少々のその道を一緒に過ごすのは初めてではないけれど、こんな遅くに歩くのは今までなかった。普段ちょっと怖い、不良が屯しているコンビニ前も、街灯の少ない細道も、二人なら怖くないんだなあ、なんて呑気に思いながら歩いた。

「あ、流れ星」

 ふと空に一閃の光が流れた。一瞬で消えてしまったが、それは確かに星の欠片のようだった。

「ね、願い事言わなきゃ!」
「もう消えてしまったぞ」
「ううぅ〜〜〜」

 流れ星に願い事を三度言うと、それが叶うと言ったのはどこの誰だろう。絶対に無理な速さだった。流れ星なんて、なかなか出会えないのに。悔しい限りだ。項垂れるなまえに、彼はふわりと笑いかける。

「ほら、もうお前の家の前だぞ。夜は冷え込むのだから、暖かくして寝ろよ」

 そうしてぐずぐずといじけているなまえの頭に手を置き、とびきりに優しい声で「おやすみ」と言った。

 おかしいな、お願い事はまだしていないのに。今夜は、ぐっすり眠れそうな気がした。

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