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灰色の髪の刀剣男士が仲間の群れに合流したのち、こんのすけが戻ってきた。
思う存分に楽しんだのか、小さな狐は離れに帰るまで満足そうな笑みを浮かべていて──古き仲間との談話は、良い気分転換になったみたいだ。手玉に取られていた長髪の付喪神はほんのちょっと気の毒であったが、可愛い相棒に活気が戻ったので、まあいい。なんだかんだ仲良しなのだろう。
我が家に着いてすぐ、夕飯の支度に取り掛かった。いつもより二時間も遅い。焦りと空腹感に押されてしまい、とにかく手早く調理をしたので、分量や味付けはやや大雑把だ。
愛くるしい式神に直してもらった包丁は切れ味抜群で、少し力を入れただけで硬いカボチャが真っ二つ。……昼間の苦労はなんだったんだ。
いつもより雑な割烹ではあったものの、出来上がったカボチャ料理はそりゃあもうおいしかった。ほっぺが落ちるくらい。色んなことを乗り越えたからか、余計に旨味を感じる。頑張って良かった。耐えて良かった。いやあ、ほんっと、濃密な午後だったなー。
カボチャ料理ばかりが並ぶ食卓だったけれど、朱い胴鎧の件で意気消沈していた小さな狐のために、彼の好きな油揚げをカリカリに炙って出してあげた。これは生醤油につけて食べるとおいしい。
好物を食べて興奮したのか、こんのすけは「うんまい!」を「うまんい!」と言い間違えていて、お腹がよじれるほど笑った。その後の照れ笑いがすごく可愛くて、食事中だというのについつい抱き締めてしまう。「苦しい」と言いつつ恥ずかしそうに微笑む小さな狐が、好きで好きでたまらなかった。少しでもこんのすけが元気になり、心の陰が薄くなれば──そう祈らずにはいられない。
皿洗いを済ませて日報を政府へ送り、一息ついたところで小さな狐がある話しを始めた。
……例の、朱い胴鎧のことだ。
ブランケットにくるまりながら聞いた話は、ひどく悲しく、重く、不幸で……胸を突き刺す内容だった。
あの朱い胴鎧を装備していた刀剣男士は、短刀の付喪神。明るく素直で、かくれんぼが得意な子だったらしい。なんでも、黒髪の子や水色の髪の神様の弟にあたる刀なんだとか。
その子は過去、この本丸に存在していた。前の審神者によって人の体を得て、責務を果たすため敵と戦って、そして、──前の審神者によって消された。誰も現場を見ていないので詳細は不明なようだが、ある日を境に朱い胴鎧の子はいなくなったそうだ。
刀剣男士の一人が先の審神者へ所在を尋ねたところ、「消した」と、ただ一言だけ返ってきたと。
「折ったにせよ、木っ端微塵にしたにせよ、秋田藤四郎の反応は消え失せました」
小さな狐は憂いに沈みそう言った。
……神様が消える。それは、いったいどういうことなのだろう。
私の中の「神」といえば、不老不死で、強くて、賢くて、人知の及ばない存在で──その「神」が消えるって、何?
無言で考え込んだ私へ、こんのすけは瞳を曇らせたまま、泰然と説明を始めた。
「刀剣破壊。人で云う、死に近いものです。しかし、刀剣男士は付喪『神』。本体の刀剣さえ入手すれば、顕現によって何度でも受肉します。人とは異なり、替えがきくのです」
一旦言葉を切って、悲しげに目を伏せる管狐。小さな体が小刻みにふるると震えた。
「されど、それはあくまで別の個体。同じ刀だとしても、一度消えた神魂は──二度と戻りません」
別の個体。二度と戻らない。
どのワードもとてつもなく重くて、衝撃が走った。神に死の概念があるのか疑問だったが、まさか、二度と戻らないなんて、そんな……そんなの、本当に「死ぬ」事と一緒じゃないか。
朱い胴鎧の子がまたここに来たとしても、その子は前居た子とは違うんでしょ? こんのすけや他の付喪神と過ごした記憶も、思い出も、何もないんでしょ?
女物の衣装を着た神様が言った、「あの子は帰って来やしないんだ」という台詞の意味が、今ならはっきりと解る。こんなにも、胸が軋むくらい。
この地には、現在確認されている刀剣男士のほとんどが揃っている。それは資料で知っていた。
──五十九口。以前、こんのすけと共にパソコンで確認した詳細な数だ。そして、現在時の政府に確認されている刀剣男士は、六十。足りないのはたった一振り。
そう、朱い胴鎧の子だけが、いない。
「主様、申し訳ありません。そのような御顔をさせるつもりでは」
気遣う声にハッとすれば、黒いどんぐり眼が私を見上げていた。言われて初めて、己が全身に哀愁を漲らせていることに気付く。
悲しくて、苦しい。自分のことではないのに。彼らをろくに知らず、彼らと不仲な私に辛がる資格などないのに。
朱い胴鎧の子の消滅は、兄弟である黒髪の子や水色の髪の神様にとって、家族を殺されたようなものだ。……人を恨み、憎んでも仕方がない。私だって弟を誰かに殺され──……ああ、嫌だ。想像するだけで身の毛がよだつ。
私に対する冷遇への溜飲が下がったわけではないけれど、神々が抱く憎悪の理由を一つ知り、憐憫の情が強まった。「人嫌いになっても仕方がない」と、改めて思った。
私を嫌う刀剣男士のことは苦手で、あまり良い感情を持ってはいなかったが……彼らを襲った悲劇を知り、とても居た堪れない気持ちになった。
あいつらは好きじゃない。あの日のこともまだ辛い。許せもしない。
でも──足りない一振りのために、私に何かできればいいのに。その一振りを、なんとか元に戻すことができればいいのに。
神様と関わりたくない私の胸に、もどかしい想いが刻まれた。矛盾していると分かっていても、それは決して消えず……ずっと心に残ることとなる。
「主様がこの地で審神者を続けられる限り、あの方たちはいつかまた、秋田藤四郎に会えましょう」
管狐の丸いどんぐり目には、悲しみと、一筋の期待が混じっているように見えた。
御殿の刀剣男士が次に会う朱い胴鎧の子。
──それはきっと、昔居た子ではなく、「新しい子」なのだろう。思い出も記憶も何も持たない、別の個体。それでいいのか疑問に思ったが、尋ねたところで私に何ができる?
一度折れた刀剣は、二度ともとには戻らない。神の力でも、審神者の力でもどうにもならないのに、「それでいいの」とは聞けなかった。
「さあさあ主様、辛気臭い話は終わりです。湯浴みの前に御殿へ参りましょう」
しんみりとした話が半ば強制的に終わらされる。こんのすけはもう辛そうな顔をしておらず、いつものように穏やかで、柔らかい面持ちをしていた。
この子はいつもこうだ。上手に隠そうとする。
なんとかしてあげたいのに、できることがないって……苦しいなあ。やるせない。
小さな狐の掛け声に促され、苦い心持ちのまま葛籠の回収に向かうことにした私は、半纏を羽織って土間へ降りる。胸に刺さった深い棘が、ズキズキと疼いた。