雪解け - なんとはなしに

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 包丁の手入れや着替え騒動のあった日から一週間。なんだかよく分からないけれど、付喪神にいくつかの変化があった。行動や態度、小さなものから大きなものまで様々だが、一番顕著なのは彼らが引きこもりを脱出したことだろう。
 ここ最近ずっと、神様のうちの誰かしらが庭や畑の裏など敷地内をうろうろしている。朝から晩まで時間を問わず、ふらーっと歩いて、景色を眺めて、群れた仲間とおしゃべりしながら散歩をして……そんな付喪神をちょくちょく見かけた。
「人間憎い」一色、御殿を出るのは監視の時だけだった神々が自分の時間を持つようになり、とても喜ばしく思う。恨みつらみを胸にしたため、毎日ギスギスドロドロしているよりは、陽の光を浴び自然を愛でる方が遥かに良い。これは好ましい変移である。
 ──しかし、困り事もできた。
 というのも、一部の刀剣男士が時々声をかけて……いや、ちょっかいをかけてくるのである。
 この前私を驚かせに来た白銀の髪の神様を筆頭に、薙刀の付喪神や酒瓶下げた槍の神、方言のキツイ打刀──覚えきれないほど様々な刀剣男士が接触を試みてきた。大抵、こんのすけが上手く間に入ってくれるので、長話にまで発展することはないのだけれど……腑に落ちない。
 人嫌いの癖に、なんで意図的に関わろうとしてくるのだろう。理解に苦しむというか、疑問が残るというか……すっきりしなかった。
「どうして話しかけてくるんだろうね」と漏らした私へ、小さな狐はこんな回答をくれる。
「先日、手入れ部屋でひと時を過ごされたでしょう? あの方たちは主様の人となりに触れ、力の程度を知り、主様を無害だと判断したのではないでしょうか。また、主様のお言葉を聞いて、思うところがあったのやもしれません。皆が皆ではありませんが、警戒を緩めた刀剣男士がいることは確かです。その中の数振りがあなた様へ興味を抱き、声をかけてきているのではないかと……そのように思います」
 聞いて、なるほど、と膝を打つ。奴らの態度が永久に変わることはないと思い込んでいた私にとって、目からウロコだった。
 人間に傷付けられる。過去のトラウマのせいでそう信じて疑わなかった神様たちも、ようやく分かってくれたのか。私に彼らを痛めつける意思がなく、その術すら持たないことを。
 それで、害がなさそうだからもっと近くに行って見てみようぜ! ってなノリで私の周りをうろちょろしているって? ふーむ、薙刀の付喪神の言っていた「見極め」は、まだ続いている可能性があるんじゃなかろうか。
 再三の干渉で、私がどんな人間か、本当に危なくないのか確かめようとしている……なんて。これは名推理? 迷推理?
 私の人間性を知り、危険でないと完全に認めたら、その後はどうなるんだろう。……もっと、声をかけてくるようになるのだろうか。愛想を振りまいてくるのだろうか。柔軟な姿勢をとるのだろうか。
 ……最近、睨んでくる神様が減った。亀吉がこちらに来ようとしても、誰も引き止めなくなった。離れと御殿の境界線に近付く付喪神も増えた。手入れ直後にビシビシと感じていた厳しい視線は鋭さを潜め、代わりに詮索や好奇心の眼差しを向けられることが多くなった。
 これらはもしかすると、和解の兆候なのかもしれない。こんのすけの言った通り、彼らの警戒が和らいでいるからこその変化なのだろう。
 嬉しむべき事なのに、良かったという気持ちはちゃんとあるのに、胸にじんわりと広がるのは得も言われぬ不快感だった。
 ──今の距離感が、崩れてしまったら。
 こんのすけの解説を受け止め、頭では色々と整理ができたのだが、感情の方は──正直複雑になった。
 今更警戒を解いて寄って来られても、どうすればいいのか分からない。もちろん、冷たくあしらうつもりはないし、彼らの風当たりが少しでも弱まるのはありがたい。けれど、仲良しこよしをする気分にはなれなかった。
 お坊さんのような格好の付喪神に、「あなたとも歩み寄ることができればいいと思っています」と告げられた時と同じ心境だ。
 嬉しいような、ありがたいような、ムカムカするような、突っぱねたいような──……相反する感情が、ごちゃ混ぜになっている。
 引きずり過ぎかもしれない。でも、私の心は未だに「あの日」のまま、止まっている。凍てる視線も、無言の圧力も、数の威圧も、鮮明に覚えていて。……忘れられない。
 彼らと仲良くなれば、仕事にも有利だし、職場の雰囲気も良くなるのだろう。親しい間柄になるのが理想だと思う反面、深い溝のある現状を維持したい、とも思ってしまう。
 軋轢が薄らげば楽だ。だが、嫌われ、避けられたままでもよかった。無関係でいることもまた、楽なのだ。
 ……あいつらの変化を素直に喜べないのは、たぶん、私の時間が動いていないから。
 私と神の仲を取り持とうとするこんのすけには打ち明けられない思いを抱え、釈然としないままに日々を過ごす。いつまでもこの調子じゃいけない、ということは分かっていた。
 なんとかしないとなあ、と悩みながらも、心が言うことを聞かない。
 時が経てば私の心も凪ぐだろう、全てうまくいくだろう、と成り行き任せな事を考えていた矢先、政府からとんでもない連絡が入った。

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